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取らぬ田中の皮算用  作者: 加ヶ谷優壮
第一章 〝取らぬ田中の皮算用〟

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1/2

前編 〝Last Namedalist〟


 20XX年現在、eスポーツは世界市場規模10兆円を超え、更なる盛り上がりを見せていた。特にやりたいこともなく、昔からゲームが得意だったオレはそのビッグウェーブに乗ることにした。


 eスポーツで飯を食うには、プロゲーマーにならなければならない。昔より間口が広がったとはいえ、プロになるのは至難の業だ。


 推薦や公募などいろいろな方法はあるが、兎にも角にも大会で自分の実力を示さなければ話は始まらない。


 そこで、オレは『Last Namedalist』(ラストネームダリスト)というゲームのプロ・アマチュア混合大会に参加することにした。


 このフルダイブ型VRゲーム、略してラスムダを選んだことには二つの理由がある。

 一つは単純にラスムダが得意だったこと。


 そして、もう一つはゲーム性にある。

 ラスムダは、複数の参加者が最後の一人になるまで戦い続けるバトル・ロイヤル形式を採用しているゲームだ。


 生き残るためには、プレイヤーに与えられる特殊能力が重要となるのだが……なんと、このゲームは自らの名字と選択する系統によって能力が決まるのだ。


 例えば鈴木というプレイヤーが〝創造操作〟という系統を選んだ場合、鈴と木を手の平から生み出し、操作できる――という能力を得る。


 反対に鈴木が〝現物支配〟という系統を選んだ場合、マップ上に存在する鈴と木を手元へ転送し、操作することができる能力を手にする。


 アップデートによって変わるかもしれないが、今のところ系統はこの二つしか存在しない。そして、系統は試合開始時にどちらかを自由に選ぶことができる。また、試合終了時まで系統の変更は認められない。


 ――と、このようにラスムダはプレイヤースキルだけでなく、自らの名字によっても勝敗が左右されるのだ。


 別に自分の実力に不安があるわけではないが、オレはまだプロゲーマーの実力を身をもって知らない。


 絶対に勝つためには念には念を入れることが必要だと判断し、プレイヤースキルだけで勝敗の決まらないラスムダをオレは選んだ。


 その判断もあってか、オレは予選Aブロックを五位通過し、今現在進行中である決勝大会に参加することができている。


「――――」


 辺りを見渡し、敵がいないことを確認すると、オレは補給ポイントを目指して走り始めた。


 補給ポイントとは、MP(マジックポイント)を満タンに回復することのできる唯一の場所だ。ランダムに指定されるその場所に合計三分間滞在することで、MPを回復することができる。


 補給ポイントはその役目を終えると消滅し、二度と同じ場所には現れない。

 MPの初期最大値は一律20。

 上限を引き上げるには、敵プレイヤーを倒す必要がある。


 MPとは、特殊能力を行使する時に必要なものである。創造操作系ならMPを2ポイント消費し、現物支配系ならMPを1ポイント消費する。


「――――」


 ミニマップ上で確認しているから、補給ポイントのおおよその場所はわかっている。


 記憶を頼りに、足を進める。

 5分ほど走ると、最寄りの補給ポイントを見つけることができた。

 森の開けた場所。


 そこに直径1.5メートルの青いサークルがある。

 敵プレイヤーの気配は感じない。


 警戒を緩めずに、青いサークルの中に入る。

 視界の右上――現在のMP量の左横に、『3:00』という表示が追加される。この表示が消えたら、MPは全回復する。


 特に何も起きないまま、時間がぬらりと流れていく。


 1分経過。

 1分30秒経過。

 2分経過。

 2分30秒――、


「――ッ」


 前方にあった木々が、なぎ倒される。

 直後、高さのあるものがオレの命を奪い去ろうと躍動した。背筋にひやりと冷たいものが走る。


 それと同時に、胸中に浮かび上がるのは高揚感。

 敵と、出会えた。

 こいつを倒せば、オレの計画はまた一歩実現へと近づく。確実にプロになるための切符ができつつある。


 その相反した感情。

 それを自覚しながら、オレは〝身体強化〟を発動した。


 ――身体強化。

 MPを1ポイント消費することで、発動時から一秒間だけ身体能力を底上げすることができる。これは名字に関係せず、全てのプレイヤーが行使可能な唯一の特殊能力だ。


 勢いを弱めることなく、眼前へと迫る茶色の何か。オレは強化した身体能力で地面を強く蹴ると、体を右に逃がした。


 直後、体のすぐ横を巨大な凶器が通過する。風切り音、風圧、草地の匂い――本当にリアルだ。何度経験しても、ここがゲームの世界だということを忘れそうになる。


「驚いた……まさか避けられるとは」


 男が、姿を見せる。

 頭上に浮かぶ『高橋_2543』というプレイヤーネーム。やはりか。


 さっきオレに向けて放たれたものは、木製の橋だった。大会参加者100人のうち『橋』の字が付いていたプレイヤーは『高橋_2543』と『三橋_23751』のみ。この男の名字を推測することは難くない。


 そして、ヤツの系統は間違いなく創造操作系だろう。

 なぜなら、このマップに存在する橋は三つだけだからだ。

 メリット、デメリット、不確定要素を考えると、余程の莫迦(ばか)じゃない限り、現物支配系は選ばない。


「――――」


 高橋の能力は恐らく、普通の橋と〝高い橋〟を生み出し、操るという単純なもの。このゲームにおいて、名字の語源や成り立ちなどを考える必要はない。


 運営はゲームを、ゲームとして成り立たせる必要がある。能力に専門知識の要素を盛り込んでしまえば、大部分のプレイヤーが敵の能力を推測できなくなってしまうだろう。


 それは〝万人における楽しさ〟が重要視されるゲームとして、あるべき姿ではない。


 故に、ラスムダの特殊能力は非常にシンプルだ。

 古い記憶を引っ張り出す必要がなくて、オレも都合がいい。


「水梨(みずなし)――ね」


 高橋がプレイヤーネームを見て、オレの名字を読み上げる。

 そう、俺の名字は水梨。水と梨を操ることができる。


 まあ、操れると言っても、水を圧縮して相手にぶっ放す――のような高度な使い方は、初期の状態ではできない。


 敵プレイヤーを倒すことで特殊能力の質は上がるが……上記のようなことをするには、何十人もの敵プレイヤーを倒さないといけないだろう。あまり現実的ではない気がする。


 そのため、紙野さんも紙を42回折って、月に行くことは難しいだろう。


「――仕掛けてこないのか?」


 高橋の問いに「ああ」と答えて、次の言葉を付け足した。


「すぐに倒してしまったら、つまらないからな」


「……そうか、よ――ォオオ!」


 高橋が咆哮を上げながら、オレに再び橋を放ってくる。

 先ほどと違い、近距離。

 身体能力を上げても、避けられないだろう。

 ――そんなことを考えながら、オレは『身体強化』を発動した。


「――ッ!」


 手に持ってるナイフを、振り上げる。

 刹那、橋をめがけて鋭い剣圧が放たれた。


 ――剣圧。

 またの名を、飛ぶ斬撃。

 身体強化中の一秒間だけ行使できる特殊アクションだ。


 飛ばした剣圧が、橋を斬り裂く。

 半分に分かたれた凶器が、オレの両脇を通っていった。


「――チッ」


 橋を斬り裂いただけでは、満足せず。

 高橋までをもを斬り裂こうと、オレの剣圧が鋭く――動く。

 それを避けるため、高橋は腹部に手を当てながら、空中で倒れ込むような動作を取った。


「来い――橋!」


 手の平から生み出された橋が、高橋の体を上空へと突き上げる。

 ダメージを食らうこと前提の動き。

 流石は決勝大会の参加者というべきか。

 損切りの判断が早い。

 

 剣圧によって橋を途中でちょん斬られながら、高橋がなおも上空へと上がっていく。そして――、オレが身体強化を発動した直後に、


「――16番目の天気(ファフロツキーズ)!」


 上空から、瓦礫の雨が降ってくる。

 恐らく、高橋が自分で生み出した橋と橋をぶつけ合わせたのだろう。

 広範囲の殲滅(せんめつ)攻撃。


「底が見えたな――残念だ」


 ナイフを操る。

 降り落ちてくる木片の尽(ことごと)くを無力化する。

 心の裡(うち)で、刻(とき)を数え――〝11秒(る)〟。


「――身体強化」


 振り向きざまに、剣圧を放つ。

 刹那、高橋の右腕が切断された。


「――ッ!」


 切り離された右手が見当違いの方向に――高橋の両足に向けて橋を放った。

『驚いた……まさか(先の発言から)避けられるとは』(わかっていたが)、やはり反射神経が悪い。

 高橋の体が大きく吹き飛ぶ。


 残された右手を踏み潰すと、オレは高橋の元へと歩を進めた。

 しばらく歩くと、橋の残骸の下敷きになっている高橋を見つける。

 瀕死の高橋が口を開いた。


「なんで……俺の居場所がわかった?」


「瓦礫の雨を降らした時点で、お前の狙いは読めたからな。相手の視界を悪くして、奇襲を仕掛ける。背後を取るのも、よくある手だ」


「違う! それだけじゃ説明が付かないっ! お前は俺が着地した瞬間に剣圧を放ってきた! あれはどういうことだ!?」


「お前が落ちてくる時間を計算しただけだ。このゲームは、現実の物理法則をほぼ再現しているからな」


 空気抵抗と着地動作の時間に関しては、勘だが――と付け足す。


「ふざけるな! 計算だと? 目視で正確な高さを把握できるわけないだろうが!」


「身体強化があるだろ」


「そういう話をしているんじゃねぇ! クソッ、やっぱり着地した時の音が聞こえてたのか……」


 着地した時の音?

 大方、小さめの橋を出してうまく着地したんだろうが――そんな音、瓦礫の雨で完全にかき消されていた。


「まあ、お前には少し難しい話だったか」


「て――!」


 ナイフを高橋の額に突き刺す。

 瞬間、高橋の体が青白い光となって霧散した。


『高橋_2543を倒しました』と、システムメッセージが流れる。


 木製ではなく、金属製の橋を生み出すことができていたら、もう少し手こずっただろうが――


「あいつの実力じゃ、プレイヤーをたくさん倒すのは無理だな」


 創造操作系の欠点。

 現物支配系とは違い、初期状態では攻撃力の高い武器を使うことすら許されない。


 思考を切り替え、オレは補給ポイント――青いサークルの元へと向かった。



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