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第85話 それは死神よりも悪質な

 ベオウルフの宣言と共に突如として東京から「ウロボロス」が撤退した。


 しかしヴァルキリー側が気を抜く暇などなかった。


 ヴァルキリーたちが死神を集めるのに用いる謁見の間。


 「ウロボロス」はそこに繋がるゲートを生成する場でもある国会議事堂をヴァルハラ化して転移してきたのだ。


「僕はもう未来の観測などには頼らない。玉座を賭けて僕と戦いたい者がいれば出てくるといい。そちらは何人がかりでも構わないし、準備が整うまで、勝負に納得がいくまで、ここで待とう。いつまでもね」


 ベオウルフは功名心に駆られ転移してきた死神を一人、二人と殴り倒しながら告げる。


 オルフェウスは気乗りしないと姿を消した。


 本心のほどはわからない。が、結界の破壊が彼の役目であったからベオウルフも無理には引き止めなかった。


「あの口達者な女魔術師はいるかい? これが君の狙いか、想定外かは知らないけど感謝するよ。僕の時代の王とは武を示してこそ王足り得た。そのことを君は思い出させてくれた」


 アオイの返事はない。既に別の仕事に取り掛かっているからだ。




 謁見の間にてシュヴェルトライテによる作戦会議が始まる。


「あのまま結界を破壊するため二手に別れた彼らを阻止するのは困難を極めたでしょう。この状況は好機と言えます。残るは人選だけです。まずはカイン。先の戦いで彼を圧倒したレックスが適任かと思われますが、レックスはベオウルフにぶつけます。代わりとしてグリムゲルデ、ロスヴァイセ。あなた方が相手をなさい」


 突然の宣告にロスヴァイセが驚きの声を上げる。


 歴史だけの話であればカインは「ヴァルキリー」成立以前の高位の存在である。末の姉妹二人がかりでも確実に勝てるかは不明だ。


「委細承知しました。ヴァルキリー第八女・グリムゲルデ、死力を尽くしましょう」


「お、同じくヴァルキリー第九女・ロスヴァイセ、頑張ります!」


 そう言うとグリムゲルデとロスヴァイセが戦支度を始める。


「私も前線に出たいのは山々ですが、最終防衛線として死神を指揮する責務があります。そして、ベオウルフにはレックスとアマガセ・カズヤ。この二人を再度彼にぶつけます。ベオウルフは本気です。アマガセ、戦いながらどうにか彼の権能の発動条件を満たしなさい。そうしなければ勝てません」


 レックスは無言で頷く。一矢はシュヴェルトライテに当然の疑問を投げかける。


「ヴァルキリーとして、ベオウルフの権能について知っていることはないのですか?」


「残念ながら。彼はこれまで権能を使ったことがないのですよ。相手を見くびっているといった理由ではありません。それだけ発動条件が複雑なものだと私は考えます」


 一矢は今までの戦いに考えを巡らす。彼の権能を借り受けた際、一矢は権能を使用することができなかった。


 おそらく一矢だからではない。彼自身もあの場面では権能を使えなかったのだ。


「最後にサカノウエ・タムラマロですが、彼の対戦相手は現在調整中です。グリムゲルデ、ロスヴァイセ、レックス、アマガセは戦闘準備に入りなさい。明日戦闘を開始します」


 シュヴェルトライテがそう宣言すると各々が装備の霊力調整といった準備に入った。


 一矢は周囲を見回したが椿の姿がない。彼女も自身の役割をこなしていると判断し、彼は必要以上に考えないことにした。




 一方アオイは謁見の間から遠く離れた場所にいた。距離的な意味でもそうだが、次元が少し現世からずれた場所に存在するのだ。


 その地は「アヴァロン」と呼ばれる伝説の地。アーサー王が息を引き取ったとされるモルガン・ル・フェの拠点。


「我が王とわたくしの終着点に勝手に上がり込むとは随分な度胸ね。人間の魔術師……!」


「その王様を滅ぼしたのは君じゃないか」


 モルガンの周辺に黒い騎士の影が複数体出現する。かつてアーサーに仕えた騎士たちのコピー。


「死になさい」


「君の『終わりのない死神』としての生に終止符を打ってあげようと思ってきたのに、あまり歓迎されていないみたいだね。だが生憎私は戦闘向きじゃないんだ。どう? やれるかい?」


 アオイの隣にいるのは車椅子の魔術師、ジョシュア・クロウリー。「助手として言うことを聞く」という契約を交わすことで「ラグナロク」の残党として追われる彼を匿っていたのだ。


「僕を誰だと思っている? ほこりを被った旧時代の魔女にこの僕が負けると思っているのなら、これ以上ない侮辱だよ」


 そういうと彼の両足が膨張し、甲殻類のような硬く刺々しいフォルムへと変形していく。


 それまで車椅子に座っていた彼は立ち上がると騎士の影に跳びかかる。蹴りの直撃がその内の一体を霧散させる。


 すぐさま新たな一体が召喚されるが、激しい蹴り技の連撃で騎士達を撃破していくクロウリー。


「この女、あえて質の低い幻影を無尽蔵に召喚するつもりだぞ。僕の霊力が尽きない間にお願いしたいものだね」


「音を上げるのが早くないかい? 君が望むなら私による徹底的な再教育を施してもいいんだけどね」


 アオイとモルガンは互いに微動だにしていないが、水面下でアヴァロンの領有権の奪い合いという高度な魔術対決を行っている。


 長年に渡って自身の領土としてアヴァロンを管理していたモルガンにアオイの勝ち目は無い。


 だが今回連れてきたクロウリーの存在がアオイの切り札だった。


「今だ! ぶっ潰せ!」


 一度に三体の騎士の影を消滅させたクロウリーにアオイが告げる。


 新たな影の召喚に魔力が流れ、一瞬アオイが彼女のアヴァロン管理を乱したのだ。


「どうなっても知らないぞ!」


 クロウリーは祖父であるアレイスター・クロウリーの創り上げた人造悪魔コロンゾンと契約した魔術師だった。


 だがコロンゾンの研究結果の多くは祖父の死と共に闇に葬られていた。ジョシュアはその悪魔をより深く理解するために自らの両足を媒介として契約したのだ。


 そして彼は今やコロンゾンの量産化に成功している。


 だが召喚する媒介が無いため、普段は魔術によって作り出した閉鎖空間に閉じ込めていた。


 が、それをアオイの指示で一斉に解き放ったのだ。


 古代から存在する霊力の濃いこのアヴァロンであれば、コロンゾンの群れは空間を媒介に実体化することができる。


 空間ごと削り取るように彼らは顕現し、本能のままアヴァロンという楽園を喰らい尽くす。


 一気にモルガンの霊力が乱れる。


 彼女の霊力の源はこの島そのものであり、アヴァロンが破壊されればいくら古代の魔女といえど「ウロボロス」をサポートするだけの力を発揮することはできず、存在すら危うくなる。


「わたくしから何もかもを奪っておいて、まだ奪うというの!? 死神!」


「あいにく私は死神じゃないよ。もっと悪質かもしれないけど、ね」


 そう言うとアオイとクロウリーはアヴァロンから転移する。


 モルガン・ル・フェにとってアオイは憎らしい女であったが、心中にようやく滅びることができるという安心感があることに自分自身で驚く。


 そして訪れた彼女に訪れた眠りは、死神になってから初めての安らかな眠りであった。

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