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第84話 死神の王

 空間に映し出された五年後の未来。


 二人の死神の指示の下、二つの軍勢がぶつかり合っている。


 一方は魔術師に強化された人間の軍。それぞれ魔術で強化された簡素な槍を手にしていた。


 もう一方は死神が使役する球状に大きな口の付いた妖魔の大群。


 戦いは妖魔の軍が優勢で、人間が大口に食い散らかされていく。


 場面が転換する。


 ヴァルキリーに恭順していた吸血鬼の軍が決起している。


 彼らを管理し、自身の兵として扱っていた死神が討たれた。


 吸血鬼を取りまとめていたと思われる少女も共に死んでいる。


 場面が転換する。


 二人の死神が切り結んでいる。


 一方は名の知れぬ死神。名を挙げようと、領土を奪おうと双刀を振り回す。


 対するはかつて“新たな英雄”とも呼ばれたことのある死神。人間を積極的に保護する彼は小さな領土を守るべく刀を振るう。




 ベオウルフはその光景に絶句する。


 かつて彼が事前にシモン・マグスの力で見た未来はヴァルキリーが現世から撤退し、死神を管理する権能をベオウルフが手にする未来だったからだ。


 その五年後がここまで狂った世界になるとは新たな管理者たる「ウロボロス」が討たれたとしか考えられない。


 だがヴァルキリーが不在の世界で「ウロボロス」を、自らを討つことのできる存在などいるのかどうかを必死に考える。もしくは裏切り者が出たのか。


 だが混乱した頭では考えがまとまらない。今彼にできるのはシモン・マグスを詰問することだけ。


「どういうことかなシモン・マグス。お前が僕に見せた未来ではヴァルキリーは去り、手向かう者は皆死んでいたはずだったね。その先の未来がどうしてこんな、地獄のような光景になるのかな。まさか、こんなまやかしで僕を止めようなどとは思っていないね?」


「まやかしじゃないし、君の見た未来は間違っていないよ。『ウロボロス』が決起を始める時点ではね。でも君は『プレローマ』の本質を理解していない。なぜお師匠さんがかかり切りで『プレローマ』の管理をしているのかわかるかい? それだけの手間をかける理由はね、二つの世界にずれが生じるからさ」


 本来最も「プレローマ」を理解しているシモン・マグスはベオウルフを恐れて奥に引っ込んでいる。


「ずれなどと言える範疇ではないだろう。我々『ウロボロス』の管理する世界が五年で滅びてたまるもんか……!」


「お師匠さんの魔術ではヴァルキリーの行動までは補足できない。その行動がそのままずれとして二つの世界を乖離させていたとしたら?」


 特にヴァルキリーが自発的にした行動がよりそのずれを大きくする。


 この「ウロボロス」が起こした戦乱でヴァルキリー自ら起こした最も大きな行動。


 まりは張献忠を派遣した虐殺である。さらにシュヴェルトライテはその蛮行を「ウロボロス」の所業として仕立て上げた。


 これが現世と「プレローマ」を分かつ大きなずれとなった。


 必要以上の未来の観測は結果の変動を起こしうる。


 それ故にベオウルフは勝利を確信して以降「プレローマ」の観測をしてこなかった。だが結果としてそれが仇となったのである。


 次第に冷静になってきたベオウルフがアオイに対して冷ややかに言い放つ。


「つまり僕の見た勝利から未来は大きくかけ離れたということだ。僕たち『ウロボロス』の妨害をするために君らはどれほどの犠牲を強いたのやら」


「さあ。私に聞かれてもね。でもシュヴェルトライテの取った手段は容認できるものではないけど」


 そう言われたベオウルフは目の前に広がる惨状をしばらく眺めていた。その上でアオイに問う。


 ベオウルフの見た未来と現実の未来にどれほどの誤差が生じたのかということを。




 アオイがシモン・マグスに命じて世界時間を加速させて見た真実。


 それは死神たちの野心の暴走だった。


 シュヴェルトライテは張献忠のような歴史に悪名高い怪物を複数擁している。


 彼を知る腹心たちは新宿での虐殺が張献忠によるものであるとよく理解していた。


 そしてそれを「ウロボロス」によるものとして喧伝する主君シュヴェルトライテに便乗し、その場に居合わせなかった死神たちにも率先して広めた。


 死神たちの反骨心を煽る目的ではない。


 ヴァルキリーが負けた際に支配者となる「ウロボロス」の正当性を否定するために悪評を広めていたのである。


 彼らは新たな支配者に従うつもりなどなく、新たな死神勢力を発足させようとしていたのだ。


 その中核となるのは汚れ仕事を躊躇なく遂行できる死神たち。


 彼らは決して表立って戦闘に参加することなく保身に努めていた。


 ベオウルフたちの快進撃は続いた。


 彼らは目的通りヴァルキリーの命の保証と引き換えに死神を制御する権能を明け渡すように迫り、その交渉に成功した。


 が、その寸前。各ヴァルキリーの権能を集め結晶化したそれを、ベオウルフへと渡る前にシュヴェルトライテの子飼いたちが破壊してしまったのだ。


 正当な死神の管理者はいなくなった。


 強力無比ではあるが「ウロボロス」は少数精鋭の組織である。日本中に散らばった死神を統制するようなことは到底できず、その上民間人虐殺の濡れ衣が着せられており統制力はなかった。


 仮面兵のように元から結束の強かった死神勢力、多数の死神を囲い込むように動いた勢力等がそれぞれの思惑の元で次々と日本を分割するように占拠していった。


 死神による戦国時代の幕開けである。




 アオイから簡潔に「五年後の未来」に繋がる流れを聞き、ベオウルフはとある決意をした。


 シュヴェルトライテやその取り巻きに貶められたとはいえ、自身が率いる「ウロボロス」を中心とした死神による統治が否定されたのは事実だ。


 それが彼の、かつての王としてのプライドに火を付けた。


「ならば僕が死神の王になる」


 ベオウルフは声高に言ってのける。


「結界の破壊による脅しが王らしくない振る舞いだとすれば、やり方を変えよう。玉座を狙う者がいれば正々堂々と僕を打ち倒すがいい。僕は自らの正当性を武力で証明しよう」


 ベオウルフは再び王として目覚めた。


 アオイは嫌な汗をかきながら通信を切る。死神の戦国時代よりはましだが、最悪の敵を覚醒させてしまったかもしれないからだ。

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