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第46話 歴史的災典

 ルーマニア。


 ドラキュラ伝説でも知られ、現代でも比較的多くの吸血鬼が発生する地域。「ヴァンパイア」という言葉の発祥の地とも言われる東欧の一国。


 雲が月を覆った夜。


 人間社会でも名門とされているレオポルトの所有する城の庭園。


 そこを埋め尽くさんばかりの吸血鬼が詰めかけていた。


 外から内部を隠匿する結界が複数の術師によって張られている。内部で行われているのは貴族主義派閥と繁栄主義派閥の歴史的和解を祝した祭典である。


 仲介人は「血戦派」の頭首ロデリック。


 吸血鬼狩りの死神のほとんどを世界から消し、ヴァルキリーすら打ち破った彼は吸血鬼の救世主と称えられていた。


 そして長年関係性の悪かった二大勢力が手を取り合うことで、死神勢力を完全に打倒すべきという内容の演説を双方が行った。


 繁栄主義の有力者アランと貴族主義筆頭のレオポルトは固く握手を交わす。歓声と拍手がそれを歓迎する。


 今回の和解は戦勝ムードだけでなく、かつてそれぞれの派閥に所属していた「血戦派」構成員が各派閥に働きかけ取り成した部分が大きい。


 今や彼らは吸血鬼の英雄だからだ。


 繁栄主義は世界に吸血鬼という種を広げるという性質上、世界各地に広がっている。


 それ故に集まったのは一定以上の階位の吸血鬼たちに限られているが、それでも繁栄主義の中核を占める層を集めることが出来た。


 対して貴族主義は中堅から上層部までの多くが祭典に参加している。レオポルトが直々に参加を促したことに加え、その多くが東欧を拠点にしていたことが大きい。


 まさに歴史的な祭典であった。


 これが真実の和解であれば。


 貴族主義の上層部は「貴き血」(ブルーブラッド)のためなら同族殺しも厭わない。


 それだけ彼らは力に飢えていた。その一方で繁栄主義の有力者たちはこの和解を心から歓迎している。


 元々吸血鬼に貴族制度などなかった。


 強い吸血鬼に血を吸われ眷属となった吸血鬼が、勝手に人間社会の真似事を始めたのがきっかけなのだから。


「本当に計画は上手くいくのだろうな? ロデリック」


「ええ。全てが計画通りですとも」


 突然庭園を包む結界内の空気が重くなる。


 その変化に気付いたレオポルトがロデリックを問い詰めようとすると、複数の銃声が庭園に響き渡る。


 夜の庭園で次々と銃口が光り、銃弾が降り注ぐ。


「何事だ!?」


「貴族主義の罠か!?」


「繁栄主義のだろう!」


 次々と撃たれる吸血鬼たちの血が庭園を汚す。


 「血戦派」の兵による射撃だ。参列者に紛れた「血戦派」の吸血鬼が扇動を開始する。


血牙(けつが)を出せ! 貴族主義を殺せ!」


「この際構わん、反撃を許す! 繁栄主義を根絶やしにしろ!」


 血牙とは吸血鬼が血液で作成する武器であり、獲物に突き刺し血を吸うための牙でもある。


 銃弾の雨の中で各々血牙を生成し戦いを始める両陣営。庭園を埋め尽くしていた吸血鬼は今や戦争状態に入りつつある。


 戦わずに室内へと逃れた吸血鬼はロデリックの直属が始末していく。


「ど、どういうことだ! 裏切り者め! すぐに生き残りが増援を呼び、貴様らを殺しに来るぞ!」


「増援など来るものか。『血戦派』以外の吸血鬼がここを出ることは叶わない」


 ロデリックがレオポルトの首根っこを掴み、室内に放り込んだ。


 中には逃げ込んだ吸血鬼の死体の山と「血戦派」の幹部。


 黒髪長身の着飾った男と手斧型の血牙を手にした黒いフルフェイスメットの人物。


「術式発動までにはまだ血がいる。それまでに私の真意でも聞いてもらおうか」


「黙れ! いくら貴様らでもルーマニア中の吸血鬼を集めれば……!」


「見ろ」


 ロデリックがレオポルトの頭を掴んで引き起こす。そして強制的に窓の外を見せた。


 銃弾を浴びながら血牙で殺し合う両陣営とその死体から流れる血が庭全体を濡らす。


「私は元より繁栄主義以上に貴族主義というものが嫌いでね。人間を下に見ながら『貴族』などという人間の真似事をする。かといって高位の人間のように責務を果たすわけでもない。唾棄すべき存在だ。だから繁栄主義ではなく貴族主義を滅ぼすことにした」


 そう。ここにいる吸血鬼が全滅すれば、中堅から上層部までの多くが参列していた貴族主義の方が痛手を被る。


「うるさい! 私は真祖の直系に血を吸われ吸血鬼になった尊い血筋だ! 私だけでも助けろ!」


「言うべきことは言った。大血界魔術を発動しろ」


「御意に」


 部屋に声が響く。「血戦派」の術師である。


「殺せ」


「やめ……」


 黒ヘルメットの投げた手斧がレオポルトの首を切断した。流れ出た血は意思を持つように庭へと流れ出る。


 庭に流れた血液が流れるように集まっていく。


 生き残りの吸血鬼からも強制的に血を奪っていく。


 その血は宙の一点に集中し、血を徴収され干からびた吸血鬼は死ぬ。


 「血戦派」の吸血鬼にはこの術式から逃れる護符が与えられている。


 庭園中の吸血鬼の血を集め尽くすと、宙には赤黒い血液の球体が浮かぶ。


 高位の吸血鬼の血液の塊である。含まれる霊力も絶大だろう。


「シュワルツ、ビアンカ。お前たちはこいつらの財産を元貴族主義の『血戦派』に回収させてほしい。叡智主義に金を積んで使えそうな血の技術を買い取る必要がある」


 二人の幹部が頷いて場を後にする。


「吸血鬼の世に貴族などいらない」


 血液の球体を眺めながらロデリックはつぶやくように言った。




 ロデリックによる貴族主義の大粛清が行われている間、日本では死神勢力が二分されるという大事件が起きていた。


 ヴァルキリー・ロスヴァイセと彼女に従う死神が一斉に離反したのである。


 元々ロスヴァイセを慕う死神は少ないが、今回は彼女が権能で無理やり従わせているわけではなかった。


 離反した死神の多数はグリムゲルデに従う死神たちだ。


 戦線復帰が見込めないヴァルキリー・グリムゲルデにどう対応するかで、末妹ロスヴァイセと彼女の姉であるヘルムヴィーゲが真っ向から対立したのである。


 きっかけはヘルムヴィーゲによるグリムゲルデの廃棄処分宣言。


 吸血鬼との戦いに備え、戦えないグリムゲルデの代わりに次なるヴァルキリーをこの世界へ召喚しようという算段のものであった。


 それに反対したロスヴァイセが決起したのだ。




 グリムゲルデがヴァルキリー姉妹の要であることはロデリックにとって既知の事実だった。


 そこを突けば、ヴァルキリーの死神統治など容易に瓦解するとまで読んでいた。


 故に「血戦派」は貴族主義を大粛清する前にグリムゲルデを排除した。ヴァルキリー勢力への対処など彼にとってそれで十分だったのだ。

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