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第45話 大粛清の前日譚

「グリムゲルデがやられただと!?」


 椿探偵事務所でそう叫ぶのは公安の兜。


 ヴァルキリー・ヘルムヴィーゲの分身。


 警察署が爆破されいつまでもその場にいられなくなったので、仕方なく椿が兜や久留間、マクスウェルに事務所を解放したのだ。


 本体からの情報の更新により「血戦派」との戦いでグリムゲルデが倒れたことを兜は知ったのだ。


(バランスが崩れたな……)


 椿が恐れていた事態が起きた。


 ヘルムヴィーゲは有能ではあるがその振る舞いから人望がない。


 ロスヴァイセは死神を管理する上で強力な権能を持っているが短絡的で統制力がない。


 そしてヘルムヴィーゲはロスヴァイセのことを嫌っている。彼女から見て能力不足だからだ。


 椿はその両者を取り持つことのできるグリムゲルデがいてこそ、死神の統治が成り立つと考えていた。


「最早これは吸血鬼狩りの領分ではない。ヘルムヴィーゲ本体とロスヴァイセの身を隠すべきだと思うが」


「わたしに指図するな!」


「グリムゲルデさんが?」


 警察署に駆けつけようとしていた一矢は、椿から待機の指示があってからいつでも戦闘に移れるように備えたままだ。


「死んではいないが、前線で戦えるような状態でもない。至急飛ぶぞ。奴らを迎え撃つ」


「無謀だな。グリムゲルデを打ち倒せるような奴らが生半可な兵力でヴァルキリーの本陣まで攻めてくるとは思えない。私たちを捨て駒にする気ならその契約は無効だ」


「そうは言ってないだろ! 『謁見の間』まで奴らを誘い込む。そうすればヴァルキリーも、高位の死神も本気で戦える」


 兜は明らかに焦っている。


 その提案する作戦は一矢からしても無謀としか思えないものだった。


 当然椿が受け入れるはずもない。


「馬鹿なことを言うな。そのヴァルキリーがやられているというんだろ。自ら退路を断ってどうする」


「ああクソ! ヴァルキリーも、ティルヴィングのような一級の死神もそうだ! 今の不安定な東京でこれ以上権能を好き放題使えば、霊的秩序が崩壊する! その末路は『魔の世』だ!」


「……その話、本気か?」


 兜の話が本当であれば、ヴァルキリー・グリムゲルデは全力を出せない状況に追い込まれたまま倒されたということになる。


「そうだよ! 吸血鬼はそれを見越して行動を開始したんだ! 小賢しいカスどもが!」


 兜は事務所の中を落ち着きなく行ったり来たりしている。見かねて椿が言う。


「私に仮面兵の指揮をさせろ。謁見の間で戦うのは最後の手段だ」


「は? お前、軍を指揮したことがあるのか?」


「ない。が、やれるだろ。ロスヴァイセよりはマシな自信がある」


 そう言うと椿は装備を整え始める。


 つぐみとメイジーと叩き起こして転移に備える。


「いつでも行けるぞ。それにしても背水の陣とは。ヘルムヴィーゲ、お前らしくもない」


「久留間を付けてやる。好きにしろ。死んでも骨は拾ってやらないからな」


 国会議事堂正門前に五人を転移させる兜。


 彼女は来客用のソファーに腰かけ、深いため息をついた。


 しかしヴァルキリー側の予想と反してグリムゲルデが倒れて以降、朝まで吸血鬼は現れなかった。




 一方その頃。


 豪華絢爛とも評すべき洋館の客間の椅子に黒いトレンチコートを着込んだ男、「血戦派」頭首ロデリックが座り、ウェーブがかったロングヘアの男と相対していた。


 その金髪の男は若々しいが、五百年ほど前から貴族主義派閥の盟主として権勢を振るう吸血鬼。


 名をレオポルトという。


 それ以降に長々と家名やら何やらが続くはずだったが、ロデリックは興味がないため覚えていない。


「我々貴族主義は『血戦派』は素晴らしい成果を挙げていると思っているよ。これで我々を脅かす死神の大半はいなくなったのだからね。ロデリック、君の手腕は素晴らしい! だがこんな急に押しかけてくるとは君らしくもない」


「単刀直入に話しましょう。つい先ほどヴァルキリーの一騎を倒しました。死んではいませんが戦線復帰は不可能でしょう。これを機に計画を一段階先へと進めるべきかと」


 ロデリックの報告に目を丸くして驚くレオポルト。


「つまり君は遂にやる気なのか……?」


「無論です。吸血鬼全体にとって邪魔な外敵を排除したのです。次は貴族主義の敵を排除すべきだと考えます。閣下にも事前にご了承いただいていたはずです」


 レオポルトの全身から精神的な緊張による汗がにじみ出る。


 ある日、ロデリックはレオポルト含む貴族主義の重鎮たちに死神狩りを貴族主義に提案した。


 「血戦派」と名乗るはみ出し者たちを率いて。


 始めこそ相手にされなかったが、不自然に強化された彼と彼の手勢は次々と吸血鬼狩りの死神を殺していった。


 それを機に派閥を跨いで「血戦派」に合流する者たちが増えた。


 死神狩りの成果を挙げることで、ロデリックは貴族主義筆頭のレオポルトと対等な関係を築くことができたのだ。


 レオポルトは異能者の血である「貴き血」(ブルーブラッド)をロデリックに要求した。吸血鬼を超えた吸血鬼に進化できる力。


 望まない方が不自然ではある。


 それに対し、ロデリックが突き付けたのは「繁栄主義」派閥の潰滅を自ら手かげることであった。


 選ばれし者だけが吸血鬼となるべきだという思想の「貴族主義」と、より多くの吸血鬼を増やし死神に対抗しようとする「繁栄主義」は対立関係ではあった。


 対立関係とはいえども所詮思想の違いである。犠牲にする理由にはならない。


 だがロデリックは繁栄主義により、新たな地上の支配者たる吸血鬼が無数に増えるという事態を防ぐべきだとレオポルトに進言していた。


 新しい吸血鬼の時代では人間は管理すべき資源となるからだ。


 レオポルトも吸血鬼を増やすという建前で後先構わず人を襲う繁栄主義のやり方を嫌っていた。


 人間の表社会との付き合いのある貴族主義の吸血鬼は、プライド、リスクといった観点から大っぴらに人をさらって血を吸ったりなどはしない。


 時には輸血パックでやり過ごす日もある。有力貴族のレオポルトであろうともだ。


 彼ら貴族主義が思う通りに血を吸うには、無差別に資源を減らすはずの繁栄主義は潰しておく必要があった。


「支援はする。だがもし君たちの計画が失敗しても我々の関与は否定してくれよ」


「もちろん。繁栄主義など死神に比べれば塵芥のようなものです」


 今ここにかつてない吸血鬼勢力の粛清が始まろうとしていた。


 ヴァルキリー勢力を相手取ったまま、吸血鬼の一派閥を潰滅させることは可能なのか。


 その答えはロデリックだけが知っている。

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