僕がオーラム星を去る日
この惑星の湿布薬は物凄く強力で、冷蔵庫に豪快に大外狩りを掛けた僕の右足は、翌日になると魔法のように良くなっていた。
そして数日後、いよいよ僕がオーラム星を後にする日がやって来た。
それでその日の午後、セリア君が僕を寮まで迎えに来てくれた。
最初にここへ来た時と同じように、僕はパジャマ姿でスパイクを履いて寮を出た。
チームメートたちも一緒に出て来て、僕を見送ってくれた。
「サファイア星、じゃなかった、ええと、『ち、ち、チキュウ』のみんなによろしくな!」なんて冗談半分に言ってくれる先輩もいた。「俺は『チキュウ』の話、信じるぞ!」なんて言う先輩も。
エナッツ君やギューリキ君も出て来て、みんなの寄せ書きを僕に手渡してくれた。
「夜間練習で勝負出来て、とても楽しかった」とか「ティーバッティングは捕ってくれる相手がいたから励みになった」とか「お前さんのホームランは見ていて惚れ惚れしたぞ」とか、いろんな思い出を添えた、みんなの名前が書き込んであった。
これは僕にとって一生の宝物だ。だから大切に緑のナップサックに仕舞い込んだ。
そして僕はセリア君と歩き始めた。
振り返るとみんな手を振っていた。
それで僕は何度も何度も振り返り、いつまでも見送るみんなに何度も何度も手を振った。
ちょっぴり涙がにじんできた。
それから両わきにウメとサクラを足して二で割ったようなピンク色の花が咲く小道を歩いて(もう花は散ってしまっていたけれど)、球団の駐車場へと向かった。
その途中ふと僕は、この星の植物を記念に持って帰りたい言った。するとセリア君は、
「地球の生態系を破壊するからやめておけ」と言い、そして、
「でもこいつならいくら持って帰っても構わないぜ」とか言って、にやにやしながら例の食鳥植物のトリトリ草を指差した。
冗談じゃない。あんなゲテモノ、誰に頼まれたって持って帰るものか!
それはさておき、それからセリア君のコメット250で僕らは空港へと向かった。
宇宙線の駐機場へ着くと、まずオデッセイに乗り込み、あの「替え玉作戦」以来そのまま三列目シートに載せてあったタイムエイジマシンで、僕は半年だけ若くしてもらった。
少し背が縮んだし、セリア君が手渡してくれた鏡で僕の顔を見てみると、少しだけ幼くなっているのが分かった。これがあの「七月二十日の夜」の僕の姿だ。
それで、そのままオデッセイで出発するのかと思ったら、セリア君がアクエリアスで行くと言うので、そちらに乗り換えた。僕を送るだけだからアクエリアスで十分だ。
空港からアクエリアスが離陸すると、小犬市の街並みがこの星の太陽に照らされ、黄金色に輝いていた。
そして山を越えると、大犬市の街も見え始め、エリアちゃんと一緒にドライブした、セントバーナード山もはっきりと分かった。
どの山も緑一色。つまり「緑葉」の季節だ。
そして僕はこの星のいろんな景色を眺めながら、
〈もう二度とこの星に来ることはないかも…〉
そんな感傷に浸り始め、するととても悲しくなってしまい、涙がこぼれた。
それで僕はいつも手首に巻いていた、もしかするともう二度と逢う事のないエリアちゃんからもらった、あの木綿のリストバンドで、何度も何度も涙をぬぐった。
アクエリアスがスピードを上げ、そして大気圏を出ると、オーラム星はすみれ色に輝いていた。
青い地球も綺麗だけど、すみれ色のこの星も素敵だった。
〈さよなら、すみれ星さん…〉
そんな感傷に浸っていた僕だけど、悲しい事ばかりではなかった。僕は球団からお金をいっぱいもらっていた。
だけど大変な事に気付いた。
このお金、地球では通用しないじゃん。お札に印刷されていた人物はオーラム星の大統領なんだけど、どう見ても浜崎あゆみだ。おしゃれして石炭のペンダントなんか着けちゃって。
「それじゃトンネルのサービスエリアでお菓子を好きなだけ買えば?」
セリア君が良い事を教えてくれた。
現金なもので、僕は「お菓子」という言葉を聞いて、悲しい気分が少しだけ良くなった。
それでサービスエリアに着くと、早速僕はお菓子を買いまくった。
それと記念に土産物屋さんでサファイア球も買った。キーホルダー型になった、ピンポン玉くらいのサイズだ。
ところでどのお店も「閉店セール」なんかをやっていたので、とても安く買う事が出来た。
それから僕はグレープジュースにきなこもち、セリア君はお決まりのメロンソーダにエクレアを買い、二人でトランペットの咲く説明しようのない木の脇にあるテーブルにつき、話を始めた。
ところがセリア君はエクレアを食べながら、いきなり重大な話を始めた。
「実はこのトンネル、もうすぐ崩壊するんだ」
「何だって!」




