七月三日 日曜日⑤
カラン、カランと二つの音が自販機の中で響く。ミイカのお金と、自身のお金で飲み物を二本買ったのだ。
周りに人はいない。ほとんどの観客が会場内に入ったからといううのもあるが、炎天下の下にあるちょっと遠めの自販機を選んだのが主な理由だろう。
「何やってるんだか、俺は」
その一人という利点を使って、独り言を口の中で噛みしめる。
先輩なのに後輩にいいところを見せれないとか、便りがいなさすぎるだろ。‥‥‥月姫の大会を見るにあたって、無意識に緊張しすぎているのかもしれない。死に戻りを一回で取り除こうと、必要以上に力みすぎてしまっているのかもしれない。
だから、言葉を重く感じすぎてしまって、過剰に反応しすぎてしまっているのだ。そう、自己分析をする。
これだから俺は‥‥‥
「待て。それは、駄目だ」
自分を過剰に攻めすぎたって意味は無いって、中三のころに理解しただろ。自己否定が一番、無意味だと。
できないことは、誰しもよくある。だからと言ってできないことを、なぜできないんだと責めるのは意味がない。
月姫雪菜を殺せないことを、無限に試行回数積み上げても殺しきれないと悟って、自分を責めて、意固地になって、血反吐吐いて吐いて繰り返して繰り返して、無意味に己をすり減らした時のように。それはただ、怠惰に気持ちを暗くさせるだけだ。
やるべきことは、できないことを責めて自分を傷つけることではない。挽回のチャンスを作ることだろ。
‥‥‥というか、ミイカとの関係にここまで重い感情を持つな。先輩後輩のフラットなものに、これは重すぎるわ。
「もっと軽くいけ、責めすぎるな。でも、気を付けろ」
それでいいそれだけでいい、そんな感じで良いから話は終わりだ。終了閉廷解散。
と、そうやって気を取り直して自販機から飲み物を取り出した時だった。
「‥‥‥ん?」
気配がしたのだ。人の気配、誰かが後ろに立っている。
途端、さっきの独り言を聞かれたのではないかと恥ずかしさで顔が真っ赤になりそうになった。
だが、はずがしがってる場合ではない。後ろに立っているのなら自販機を使おうとしているはずだ。
早く交代しなければ、そう思い振り返った時。
確かに誰かは立っていた。
緑の豪華なドレスを着た少女が。
そのドレスは白い百合の意匠と明るくそれでいて控えめの緑のレースからなっていて、あまり詳しくは知らないが、クラシカルロリータという服に分類される物だろう。
連想したのは月姫の衣装。
しかし、ドレスから連想したのであって、その衣装と意匠は月姫のとは全く違う。
月姫のドレスを、月姫本人が持つ儚さからくる『美』を淡く優しく引き立たせる大人びたものだとするなら、その服は着る人の持つ『可愛さ』を強引に引きずり出す無邪気な凶暴さを秘めたものだ。
つまりは着用者を選ぶのだ。引きだたせるものが無ければ、この服は着飾りもせず恥をかかせたうえで無慈悲に切り捨てる。そんな冷酷さが秘められていた。
目の前の少女はそんなドレスの冷酷さを手懐けて着こなし、絹の様な黒髪を赤い百合のドレスヘッドで飾り、仁王立ちで立っている。
人の手が加わっているのではないかと思うほど不自然に美しい黒色の目で、俺を無言のまま鋭く値踏みするように睨みつけながら。
「あー、えっと。何か用でしょうか?」
「‥‥‥」
返答はない。目の前の少女は瞬き一つせず、表情さえも変えないまま人形のようにこちらを睨むだけだ。
怖いわ。せめて何か言ってくれ。
「えっと、あー、邪魔だよね。今すぐ退けるか‥‥‥」
「34点」
「ん?え?」
「34点」
ぼそりと、無言少女がしゃべる。
何が34点?テストか?‥‥‥いや、まて、俺はこの声をどこかで聞いたことがあ‥‥‥る!?
「お前まさかあのt!?」
「面が34点、ですわ。うそですわよね、雪菜ちゃんの殿方がこんな半端者の人間だなんて。いえ、わかってます。これは現実ですわ。私的には嫌だとしても、受け止めなきゃいけない。なので、私が納得するために、今から公演開始までの15分間の内10分間、私と手合わせしていただきますわ」
「‥‥‥は?ちょっと待て!は、話が滅茶苦茶だぞ!?手合わせ!?拒否権は」
「ぐちぐちうるさいですわ!んなもんないですわぁああ!!」
怒号で啖呵を切ったと少女が同時に右足を踏み出した。
コンクリートが砕かれたのではないかと錯覚するほどの音と衝撃波が、足の骨を小さく震わせる。
ーー瞬間、17年間死に戻りで培ってきた死の直観が今すぐ動けと体に叫んだ。
その直感に従い、左へと体を反らして。
全力で振りかぶられた右こぶしのストレートが、先ほどまであった頭の空間をぶち抜いた。
発生した風が頬をなで、肝が冷え、ブワッと鳥肌が立つ。
たとえ食らっても死にはしなかっただろう。だが、病院送りなのは間違いない威力だ。
「ふざッ・・・・・・!?」
抗議の意味を含めた絶叫が喉からひねり出されようとした刹那、今しがた眼前を過ぎた右腕、それが関節を無視して直角90度に折れ曲がった。
それは即興で生み出された、ばね仕掛けじみた爆発的な瞬間的加速と直撃の軌道を併せ持つ裏拳。
すべてがスローモーションの世界で、思考をかなぐり捨てて勘と反射と走馬灯に身を委ねた。
「マトリックスゥッ!?」
もろに食らう寸前、ギリギリで背を逸らして拳の一撃から逃げたのは自分でもよくやったと言いたい。
だが、海火先生のたまに言っている意味不明な戯言が口から飛び出たことと、体制を崩したのは馬鹿野郎ッ!!
体制が崩れ、尻もちをつく。致命的な隙が生まれてしまう。
しかし、少女は追撃してこない。見下ろしながらただ見ているだけだ。
それを良いことに、そのまま後退りをして警戒しながら立ち上がる。
静観する少女は、関節が逆に曲がる腕を180度回転させ弄びながら真剣な顔持ちで。
「ふむ、機転と反射は優れていますわね。でも、減点で‥‥‥中身の点数は77点ですわね」
「減点方式かよ。あれか?尻餅ついたのと、変な言葉言ったのが悪かったか?」
「いえ、減点理由は拳を避けたうえで柔道の締技やらなんやらのカウンターで、私を追撃しなかったことですわ」
「えらく血気盛んだなぁ!?したところで人間が亜人の幽霊族に勝てるわけねぇし、球体間接に締技は意味ねぇだろ!」
冷や汗が背中を流れていくのを感じながら、軽口で平常心を取り戻そうとする。
俺はこいつを知っている。というか、一昨日会っている。
月姫とのロッカー事件の発端。関節を滅茶苦茶に弄繰り回し、合理をきわめて動き回っていたあの魔獣もどき‥‥‥確か名前は、メリィだったか?
「一部なんかひっでぇ認識されている気がしますが、まぁ許しましょう」
「そりゃどうも。で、なんで攻撃するんだ。俺を人間と、絶滅危惧種だと知っての蛮行か?」
「蛮行?何を言ってますの?これは選定です。あなたが、同じ絶滅危惧種である人間の雪菜ちゃんの殿方に値するかの見定め。決してただの暴力じゃないですわ。これで死ぬなら、まぁ、それまでという物ですし」
「・・・・・・」
言葉が出なかった。鏡があるわけではないが、顔も引きつってる気がする
選定だろうが蛮行だろうが理由は関係ない、故意で人間に攻撃したことを認めた。つまりそれは、人間に攻撃するということは、魔王直属の人類保護機関を敵に回すことと同義だ。
それを理解した上で月姫のためと言っている。
意味が分からないし、理解できない。怖い。
「では、次ですわ。まだ時間はあることですし、反応速度の次は腕力比べと行きますわよ」
腕が骨ごとへし折られる幻想が頭をよぎった。
「拒否権!!拒否権を要求する!!」
「ないですわ」
じりじりと、手をわきわきしながら、真顔でにじり寄ってくる亜人の異常者。
どうにかしたい、切り抜けたい。だが、人間が亜人にかなう術は、無い。
このまま好き放題に嬲られる。そう、覚悟した時だった。
「‥‥‥あ、秘織君と、メリィちゃ‥‥‥ん?」
カツ、とヒールがコンクリート床を叩く音を奏でながら来た存在に、二人は目をくぎ付けになった。
偶然に、ただ飲み水を買いに来たというごくごく普通の理由で硬貨を握りながら、来たのだ。
髪型と化粧それら大会の準備を整え、そして、赤を身に纏って。
「あッあぁ!やっぱり雪菜ちゃんは素晴らしい可愛い美しいッ、百点中一万点ッ!!‥‥‥あんの粉もん野郎が妬ましいですわ」
メリィは、その姿に体を震わせるほど歓喜しながら、その光景に自分が関与できていない事に憎悪を乗せた不満を吐露する。
対する俺は、すべての雑念が消えた頭でただ一言だけ。
「綺麗だ」
ドレス姿を見るのは2度目だと言うのに、万全に整えられたその姿は、1度目は思わせただけだった言葉を膨らませ溢れさせ口から零させるに至った。
ロッカーの時、あの時の月姫を宝石そのものの美しさと例えるなら。
それは、職人が宝石を加工し万全を引き出した芸術品の域と呼べよう。
二人の視線を奪った存在は‥‥‥月姫雪菜は。
「‥‥‥ありがとう?」
困ったように、小さく首をかしげて感謝を述べた。




