第三章 第一節 熱の大魔との戦い
ミスラ神殿跡地には雛の声が響いていた。卵から青黒い毒物が流れ石を溶かしていく。親は急いで三匹の顔をなめて呼吸を確保する。そしてわが子を神殿から遠く離れた草むらに置いた。そこには毒草がさらに進化し上部が女性の裸体を持ち、下半身が毒草という魔族らがいた。長年ザリチュの息に吹きかけられたことよって産まれた毒草達だ。ザリチュは植物をも魔に変えていたのだ。
「わが父の子をお預かりします。どうか神官様、この闇の神殿をお守りくださいませ」
「この地はやがて熱の地獄と化す。早く逃げるのだ。遠い場所へ」
「神官様……」
出そうになった言葉をこらえながら羽を出してはばたいていく毒草達。
(人間は闇の福音を知らない。ならば福音を広めるのが神官の務め。我は闇を守る魔族の神官なのだ)
(その福音の教えが人間によって壊されようとしている。ならば熱の魔として滅ぼすまで――!)
◆◆◆◆
ファリドゥーンは滅びた民家で一夜を明かした。幸い魔よけの呪文も利いたようだ。
ミスラ神殿から咆哮《方向》が聞こえる。竜だ。
ザリチュとうりふたつだが、腹部の色が青く黒い。違う竜だ。
「わが名はタルウィ! 元々は人間にしてミスラ神官なり!」
(なんだって? 元人間が絶望に犯され魔になることはこの大陸ではよくあるがまさかミスラ神官が魔、それも大魔だなんて――!)
「その顔を見る限り驚いているな。ふっ……ふっ……ふっ……。権力闘争に敗れたザッハーク王子と私は戦むなしく死を目前にしていたところ魔としての命を吹き込まれたのだ。そして私は悟ったのだ。闇こそ平和。闇こそ福音。闇こそが永遠のやすらぎを与えてくれるということを。そして魔族や元人間の魔族に神官として新たな聖職についたのだ。ここは廃墟などではない。神殿だ」
(なんだって、ザッハーク王子はやはり元人間だったのか――!)
「さあおしゃべりは終りだ。闇の福音に害をなすものは死んでもらおうか。」
轟音とともにタルウィの周りに炎と熱が吹き荒れる。すかさず印を結び自分の周りにバリアを貼るファリドゥーン。
「そんな障壁は消し飛ばしてやる」
(師ザリチュ様みてください。これが貴方からさずかった光線です)
次の瞬間、口腔から青黒い閃光が次々たまっていく。
タルウィは周りながら閃光を吐き出した。砂漠にクレーターがさらにひろがっていく。それだけではなかった。直接被害を与えてない遠くの場所ですら石などが熱で溶けていくではないか!
閃光を吐き終えると口から得意げに己の呼吸にあわせながら黒き煙を噴きだす。
だが――!
「お前らの攻撃って本当に単純だよな」
そこにいたのは玉のようなバリアに守られていたファリドゥーン。しかも剣の周りには氷まで出来ていた。
「そう思ったのか? ばか者め!」
次に吐き出されたのは高熱のブレスであった。玉のような水のバリアが徐々に蒸発していく。
(なっっ! いったいどのくらいの温度のブレスなんだ!)
どうした勇者よ。お前の攻撃なんぞお見通しだ。師ザリチュ様と同じ方法で我を殺そうとしたのであろう。
得意げに言いながら直噴の高熱ブレスをさらに吐くタルウィ。
「隙あり!」
尾でなぎ倒される勇者。水のバリアがごと吹き飛ばされた。床に投げ出された勇者の目には周りの景色がまるで陽炎のように見えない。
やがて見えたのは巨大な黒竜の揺らぐ影――!
ゆらぐ黒影がどんどん近づいていく。
倒れたファリドゥーンを足の鍵爪でバリアごと押さえ込む。
「この熱でバリアが壊れたらお前も死ぬな」
淡々と語る黒竜。
さらに足の鍵爪の力が増す。
丸いバリアが変形していく。
と、そのとき唾の糸を引いた巨大な顎がせまって来る――!
バリアを食いつぶそうとする牙で細かい傷が次々生まれた。
そんな時、竜鱗剣が光りだす。防衛反応であった。
絶叫をあげるタルウィ。
黒竜の足に切り刻まれる傷。思わず顎を引いてしまった。
勇者が再び立ち上がる!
「熱よ、消えろ!」
剣をおもいっきりふりまわすファリドゥーン。
「ヴァルナ様、力を!」
そう言いながら吹雪の竜巻を作り出していくファリドゥーン。
黒竜が吹き飛ぶ。
それどころか周りの熱も蒸発していくではないか!
白い煙だらけとなった神官の廃墟周辺。
「今だ!!」
そう言うと印を結び剣から巨大な槍のような刃を作り出す。その刃は黒竜の眼に向かって行った。
絶叫が木霊する。
そしておもいっきりファリドゥーンは跳躍した。
様々なブレスはファリドゥーンの体をそれていく。水色の刃が竜の首を吹き飛ばす。
やはり暗黒の闇がタルウィの体から出て行くではないか。
――こやつの体の借りたのが失敗。二度も失敗するとは!
なんと思念が煙を通じて言葉となって伝わっていく。
首と切り離された黒竜の体が青黒い血を神殿に流し込む。
ミスラ神殿が闇から人間の手に戻った瞬間であった。
「そうだ! ミスラの剣!」
石棺は熱で溶けてしまいすでになかった。なんと熱で石化をも溶かしてしまったのだ。なんという皮肉であろうか。その剣は光あふれる剣とさやであった。なんと美しい剣なのであろう。
ファリドゥーンは再び白竜の姿に戻るとヴァルナ神殿へと向かった。
翼をはためくたびに痛さが全身を伝わっていくが、気にしている場合ではなかった。




