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22 紅条永良

「コ、コハク様!?」

「朱良さん、永良がいるのはどっち?」


 俺は紅条城の天守へと乗り込んでいた。

 かなり人の行き来があるし、警備も厳重だ。城下町があんなことになっているのだから当然だ。

 しかし、俺の傍らには朱良さんがいるし、この城を訪れるのは本日二度目。あっさり、ここまで来れた。


「兄はまだ体調が戻っておりません! 本気で行かれるおつもりですか?」

「当然でしょう、赤根は謀反。俺は永良を一発殴りたい。これは行ってきちんと知らせないと」

「何故にコハク様が憤られるのですか! 私のことなど疎ましくお思いでしょう?」

「はい、朱良さんのことは嫌いですよ。そして、永良はもっと嫌い。赤根はそれ以上に嫌いです」

「どうして……」

「どうしてって、そんなの私があなたにこっぴどく騙されたのは、紅条の家のためならあなたがどんなことでもやるから。でも、そんな朱良さんでも嫌がることを永良は強要した。嫌いになって当然では?」

「それは……」

「赤根はもっと簡単。人としてあんなクズ、許しておけない。それに、あなたの婚約者だったというのが、一番気にくわない」

「はい?」

「ん? ああ、気にしないで。今、気が立っていて何話してるかよくわかってないから」

「そ、そうですか……」

「で、どっちですか?」

「こちらです」


 前回、案内してもらったのは客室まで。紅条永良の居る所までは、行ったことがない。


 朱良さんに、その部屋に案内してもらった。


「兄上、よろしいですか?」


 朱良さんが襖の外から声をかける。


「朱良かい? すまないが、今はお前と話をしている時間がない。後にしてくれないか?」


 部屋の中から、男の細い声が返ってきた。今日までずっと、病で臥せっていたのだ。まだ、体調も万全ではないだろうに。


「それは良かった。ちょうど、お伝えした方がいいことがあるんですよ」

「な、なんだ?」


 しかし、今の俺にはどうでもいいことに感じてしまう。

 返事など待つこともなく、礼儀も一切考えず襖を乱暴に開け中に入った。


 部屋の中には男が一人。

 布団に体を起こして、地図やいくつかの書面を広げている。


 病だったためか髪は白く、その身体はやせていた。


 彼の前に俺は座り、とりあえず名乗った。


「初めまして、コハクと言います」

「コハク……ああ、君が<月華薬>を届けてくれたという。そのことに礼は言いたいが、いささか無礼にもほどがあると思うが?」


 彼の目が鋭く細められる。

 さすがは戦国大名家の当主。病で臥せっていた時期が長くとも、威圧感はばっちりだ。


 でも、俺の頭は冷めはしなかった。


「なにしろ、緊急なものですから。赤根成重、謀反」

「……なんだと?」

「ではもう一度、赤根成重、謀反。城下で暴れたのちに紅起城へ逃亡。つきましては、あなたを一発殴らせていただきたく、まかり越したしだい。よろしいか?」


 何を言ってるんだ。自分でもこの口がどう回ってこんなセリフを吐いているのかさっぱりだ。

 これはいささか、やりすぎだろう。少し落ち着いた方がいい。


 一度深呼吸だ。


「なにをどうしてそうなったのかさっぱりだが……朱良、この者が言うことは本当か?」

「はい、兄上。赤根成重、赤居と内通し紅条を乗っ取るつもりだったかと。兄上への見舞いと称して、<病魔の囁き>を持ち込む算段だったようです」

「なんだと……」

「そろそろ報告があるかと思いますが、先程も城下で目論見が暴かれた途端、肉傀儡なる瘴気を放つ化け物を放ち逃亡しました」


 妹の報告にようやく信じたのか、彼は考え込む。

 まあ、確かに突然現れた俺みたいな人間の報告を鵜呑みにするような馬鹿はいないか。


「まさか、成重がそのようなこと……」

「これは誠のことです。兄上」

「くそっ」


 ドンと永良は床を殴った。

 

「そうならぬよう、お前を成重の元に嫁がせ、より紅条との繋がりを密接にしなければならなかったのだ。紅起城も赤根の家臣たちもこの紅条とこの城を守るうえで重要なものだったのに!」

「も、申し訳ありません、兄上」

「お前が、一年も家を空けずにもっと早うに帰ってきておればっ――グアッ」


 新技、縮地。


 きれいに決まった。

 俺の右ストレートが、奴の左の頬をクリーンヒットだ。


「失礼。ちょっと、退治したくなりました。この鬼を」

「コハク様!」


 朱良さんが悲鳴を上げる。


「安心してください、朱良さん。私の攻撃力は0。0に何をかけても0ですから。ダメージなんて1も入りませんよ」


 俺が蹴っても殴ってもダメージは加わらない。

 しかし、AGIが高ければ貫通力つまり加わる衝撃力が上がる。俺の全速力は男を吹き飛ばすだけの速度はあったようだ。


「こっの、無礼者!」

「無礼者で結構。だが、あなたは愚か者だ!」


 目をむいて起き上がった永良に、俺は負けじと言い返す。


「朱良さんがあるかどうかも分からない薬を海を渡って大陸にまで探しに来たのは、あなたのためでしょう? あなたのためか、お家のためか。そんなのはどっちでもいいですけど。そこまでできる朱良さんを、自暴自棄になるほどに追い詰めたあなたの罪は重い!」


 こんなにも大きな声で怒鳴ったのは初めてだ。


「俺が朱良を追い詰めた、だと?」

「なんだ、そんなことも知らずに、嫁に行けと言っていたのか」

「俺が何を知らないというのだ!」

「あの男が朱良さんに会うたびに何を考えていたのかを。偽りを見抜くその瞳で、朱良さんが何を見ていたのかをだよ」


 おぞましい、あの男の考えを。


「その両の眼をくり抜いて、傀儡に取り付けようか。ああ、残った体はどうしようか、存分に可愛がってやらんとな、だよ」


 口にすることすらおぞましい、あの男の思考を。


「そんなこと、聞いていないぞ、朱良!」


 一瞬目を見開き、永良は朱良さんに怒鳴る。


 だけど。だけどさ……


「家のためならばと、恩人すらも騙す朱良さんに。家が滅ぶかもしれないけれど、あの男は気味が悪いから嫁には行きたくありません。なんて言えると思うのか!」


 永良はそれを聞いて押し黙る。

 彼は朱良さんの兄だ。俺なんかより、彼女の性格は知っているはずだ。


「……すまなかった、朱良。私が生きているうちにどうにかして、紅条家を立て直さなければと、焦りすぎたようだ」

「いえ、兄上。私の方こそ、申し訳ありませんでした。武家の女の責務を全うすることすらできず」

「いや、お前をあんな男の元に嫁がせずに済んで、よかった」


 どうやら、この二人の仲では政略結婚問題は解決をしたようだ。

 俺の中ではまだくすぶっているものがあるにはあるが。二人の仲で解決したのなら、もう俺がとやかく言うことではないだろう。


「……しかし、紅起城はこの地を守る要所。赤根の家臣たちも先代から我が家を支えてきてくれた忠臣たち」

「その忠臣とやらに最近、お会いしました?」

「なに……?」

「あの悪趣味な男なら、すでに全員、傀儡と化していてもおかしくないでしょう。特に自分に逆らうものなんて生かしておく必要は感じない。そんな男でしょう?」

「兄上、高庭殿も佐平殿も傀儡となり、赤根成重に操られていたのかと」

「そうか……」


「殿ー、殿ーっ!」


 永良を呼ぶ大きな声が、廊下から聞こえた。


「なにか!」


 永良が外へと声をかけると、襖が開かれ小姓が一人、入ってきた。


「敵襲にございます! 紅起山の中腹よりこちらに向かう天馬を発見。武装した兵が騎乗しております! その数、十」

「奇襲部隊か! こちらも天馬を用意し急ぎ、防衛の支度を! 城の結界を発動し、対空防御を固めよ!」

「しかしながら! 天馬の厩は何者かに襲われ、すぐに用意できる天馬は二頭のみ。また、城下にて発生した瘴気によって、霊脈が寸断され、結界の発動ができません」

「なに!」


 それって、かなりまずいのでは……?


 話の感じ、空から一方的に空爆を受けそうな……


「朱良さん、案内してもらってもいい?」

「え?」


 朱良さんはぽかんと口を開けている。

 <月華薬>の話をした時と同じ感じだ。


「空で待ち受けるんでしょう?」

「っ! お味方してくださるのですか?」

「この状況でさよならを言えるほど、私はあなたを嫌ってはいない」


 あの時から、俺のことを騙すことも視野に入れていたんだろう。


 でも……


「この城下は好きなんですよ。関わったのは伊阪屋さんと兼芳さんのところだけですけど、この桜並木もあの渓流での釣りも。本当は私はまだここでのんびりしたいんです。あなたに騙されなければ、そのつもりだったのに……ほら、行きますよ。サクヤを呼びますから、攻撃しないでくださいね!」


『クエスト<紅条城を防衛せよ>を受注しました』

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