20 そして巻き込まれる
「コハク様はどちらへ!?」
「朱良様? どうかされましたか?」
「コハク様が来られたでしょう? どちらへ行かれたか分からない?」
「……申し訳ありません。玄関の掃除をしておりましたけど、出て来られたお客様はおりませんでしたよ」
「そう……ありがとう――もう、気配をお隠しに……」
俺を追って外に飛び出した朱良さんは、ちょうど玄関にいた女将さんと鉢合わせた。
その表情は焦っているように見える。
そんなにも、俺のことを信用していなかったということだ。
朱良さんのその様子を俺は後ろから眺めていた。
友好的に感じていたあの時間を思い出すだけで、腹が立ってくる。
それも全て、彼女の魅了のスキルによって魅せられた偽りのものだったというのに。
朱良さんが伊阪屋の外に出たのを確認して、俺もそれに続いた。
さて、ポータルに行こうか。それとも城門から出て海から大陸に戻ろうか。
朱良さんがポータルの方に進路を向けたのを見て、俺はその反対。城門の方へと向かうことにする。
せっかく、こんな東の果てにたどり着いたのだ。他のプレイヤーとは違って東から大陸内部へと進んでいくのも楽しいかもしれない。
「――おぉ、朱良殿!」
朱良さんの名を呼ぶ男の声が聞こえて、俺は思わず振り返った。
「赤根? いったいどうしてお前がここに」
「殿を見舞いにですよ、殿には一刻も早く回復していただかなければ」
朱良さんと話しているのは、一人の若い男。これが赤根という名前のようだ。
その周りには、十人程度のお供たち。供周りとかいうんだろうか。
赤根の言う殿とは朱良さんのお兄さん、紅条永良のことだろう。ということは、赤根は紅条家の傘下……家中のものということか。
「黙りなさい。あなたは、兄の病状など何の興味もない。ただ、兄の生きている間に、私に輿入れさせたいだけでしょう」
輿入れ……? それって、お嫁さんに行くってことか?
朱良さんが、あの男に?
朱良さんは嫌がっているようだが、この会話を聞く限り彼女には婚約者がいたということになる。
きっと政略結婚ということなのだろうけど、そんな人がいるというのに俺と共にこの国を出ていこうとしていた……政略結婚というからにはお家の存続のために、必要なことのはずだ。聞けば紅条家は今や没落寸前だという。戦国時代には明るくはないけれど、政略結婚は家の生存戦略の一つだろうと思う。
本人が嫌がっていたとしても、お家のためならばと朱良さんは嫁ぐだろう。
そんな大事な役目があるというのに、そんな縁談を破断にしてまで俺と外に出ていくことに最後までこだわり続けていたのか。
そんなにも、俺は危険視されていたのか!
「酷いですねえ。私はこうして、紅起城から参っているというのに。あなたに会いにね」
「そんな見え透いた嘘を。あなたが欲しいのは私じゃない。私のこの眼よ」
朱良さんは吐き捨てるように言った。
朱良さんの眼はすべての偽りを見抜く目。彼女の前では、どんな謀も暗号も無意味になるだろう。たとえ戦国の世ではなくたって、権力者であればなおさら、喉から手が出るほど欲しがるだろう。
しかし、そんな重大な存在の朱良さんを他家に嫁がせなければならないほどに、紅条家は崖っぷちギリギリに立たされているのか。
「おや、今日はいつにもまして、突っかかってきますねえ。どうかされたのですか?」
「どうもしません。急ぎの用があるのです。では、これで」
どうも、朱良さんは赤根を蛇蝎のごとく毛嫌いしているようだ。
雰囲気だが俺も嫌いだ。
「ええ、では、あなたを紅起城で迎え入れる日を心待ちにしていますよ」
「邪魔です、どきなさい!」
朱良さんは語気を荒げ、行く手を遮っていた赤根たちの横を通り抜ける。
何事もなかったようだし、俺も行くとするか。
「……待って。いや、待ちなさい! 赤根!」
しかし、突然朱良さんは大きな声を出し、城へと向かった赤根を呼び止めた。
その声に俺も振り返る。
遠巻きに彼女たちを見ていた町人たちも、何事かと息をひそめている。
赤根を呼び止めた朱良さんのその表情は、強張っていた。
いったい、どうしたというのか。
「しゅ、朱良殿? どうかしましたか?」
「あなたの供周りの持っている、その荷。中身を見せなさい」
「え、ええ。もちろんですよ。おい、お見せして差し上げなさい」
「はっ」
赤根は荷物を持つ部下に視線を向け、そして意味深に一人の部下に視線をやった。一瞬のことだ。どうやら朱良さんは気付いていないらしい。
ここまでされて、朱良さんが気が付かないだなんて。この赤根という男は、朱良さんの眼をごまかす何かを知っているのだろうか。
部下の一人、朱良さんからは他の部下の背になって見えない男。
そいつが朱良さんに向けて、筒のようなものを口に当てて構えた。
吹き矢か!
――まずい!
それが見えた瞬間に俺の体は動いていた。
俺の手元には今、<風>がない。
俺の持てる全速力を発揮できない。
それでも、間に合え!
【ショートカット】<疾走の丸薬>
セレナに味の調整をお願いしたこの丸薬。効果の方は申し分ない。ギュンと速度が上がり、一瞬俺の視界がゆがむ。
小さくきらりと光った何かが、朱良さんへ飛んでいく。
【飛閃・一文字】
いつものような俺が居合となずけた技ではない。
鎧通しとして、弱点に打ち込むのではなく。本来の魔法の刃を飛ばすという使い方。
しかし、それに培われた俺の抜刀スピードと、スキルの精度はかなりのものだと自負はしている。
俺の太刀から飛んだ白い光の刃とあたり、それはキンと音を立てて勢いをなくして地面に落ちた。
朱良さんの元へ駆けながら、確認すれば針のようだった。
俺の鑑定では、詳しくは分からないが、おそらく毒物が塗ってあるだろう。
「……? どうしたの、早く見せなさい」
「なに……? どういうことだ!」
朱良さんは自分に吹き矢が撃ち込まれたことに気が付いていない。
赤根は朱良さんに何も起こらないことに驚く。
どちらも俺には気が付いていない。
「何の話です……? 毒針? あなた、私に眠り毒を討つ込むつもりだったのですね!」
ようやく赤根の行動を、自分に何が起きようとしていたのか察したようだ。
嘘を見破る魔眼で何が起こったのかを把握する。
やはり、赤根は朱良さんの魔眼を無効化する術を知っている。
「なっ、何を……違います。朱良殿」
「違うも何も、もう私には見えていますよ。でも、いったいどうして……まさか、コハク様ですか?」
そこでようやく、朱良さんは俺がここにいることに気が付いた。
気付かれたのなら姿を見せた方がいいだろう。もう手を出してしまったし、このまま黙って見過ごしていていい雰囲気ではないようだ。
「貴様、何者だ!」
突然姿を現した俺に赤根は驚いている。だが、こいつは無視だ。
「どう、すれば……?」
赤根たちに対して、どうすればいいのかと朱良さんに尋ねようと思ったが、ぎこちなくなってしまった。
しかたがないだろう、さっきの今だ。むしろ、話しかけることができただけ、俺は頑張ったといえる。
「コハク様……この者たちは、赤居と手を結び紅条を滅ぼすつもりです。首をはねます」
「な、何を言うのですか、朱良殿。長年、紅条の家を支え続けた赤根に対し、あまりの仕打ち」
「紅条を支えてくれたのは、お前の父君、赤根成宗殿。決してお前などではない! 病床の兄に<病魔の囁き>を見舞いの品として持ってくるなど、謀反以外のなんだというのです」
「……もうごまかせないということか」
赤根の口調が荒くなる。
もはや、偽る必要がなくなったということ。
いったいやつは、どう動く。
「油断しましたね、赤根。普段は惨いことを考えて、私に深く思考を読ませないようにしていたのでしょうが、いざ兄に止めを刺そうとした日に私に会ってしまったことで、焦りましたか」
「もう一年も大陸から帰ってこない、すでに死んだものと思っていたが。突然、帰ってくるとは。赤居殿にも早くしろとせっつかれていてな。日を早めたのが、間違いだった」
「いったいいつから、赤居と繋がっていたのです」
「そんなもの、先代が仏になる前よ」
「貴様……」
「お前たち、時間を稼げ。俺は逃げる」
「はっ」
数人の部下を連れ、赤根は駆けだした。
「待てっ!」
赤根の後を追おうとする朱良さんの行く手を、残った部下たちが遮った。
「コハク様……」
「何ですか?」
「……虫のいい話だとは分かっております。ですが、お手をお貸しいただいても、よろしいでしょうか」
確かに、俺は今でも朱良さんが嫌いだ。あそこまでのことをされて、未だに好意的に感じることができる人がいるのなら、生粋のお人よしか彼女に本気で惚れた人間か。それとも……後は分からないけれど。
嫌いだ。嫌いだけれど。
ここでむざむざ見放すことができるほどには嫌ってはいない。
彼女の死を望むほどに憎んじゃない。
この人には、この人の幸せを。
俺とは関わりのない所で、楽しく生きてほしいと。
そのくらいには、好意的に思っている。
「……わかりました」
「ありがとうございます」
赤根の部下たちが刀を抜いた。
朱良さんも腰の太刀を抜く。
【鑑定】
<朱鬼の兵> LV.45
人数は八人。
対して俺は相棒の<花鳥風月>を持っていない。
そして、既に見つかった状態からのスタートだ。モンスターでない知性のある相手に姿を見せた状態で始めた経験はあまりない。
しかし、相手は人型、しかも鬼。
俺の今までの戦い。そして、このコハクというキャラクターなら。
効果の切れてしまった速度上昇を、もう一度<疾走の丸薬>を服用して補う。
ここで赤根を取り逃せば、さらに面倒なことになるだろう。
絶対に捕まえる。
そのために、この前座を一瞬で片付ける。




