11 お屋敷へ、出立
あの部屋から退出し、俺はジョナという男に連れられて屋敷の地下道を進んでいた。
「少しでも怪しい動きを見せれば、即刻斬る」
「しません」
ここに至るまでに、このやり取りに似た会話が既に何度か繰り返されていた。
彼も口下手なようだし。俺も人見知り。
会話なんて生まれる余地がない。
「それで、ポータルはどちらに?」
「町の中央だ。ここからは十分ほどで付く」
「そうですか」
気まずい。セレナであれば話しやすいし、むしろ向こうから話しかけてきてくれる。
こんなにも無言がつらい相手なんて久しぶりだ。
現実でも無言が続いても、ここまでしんどいことはなかった。
――はあ、やっぱり案内断ってしまっても良かっただろうか。いや、ダメか……っ
ハッと殺気を感じその場を飛び退く。
【ショートカット】で麻痺毒のついたナイフを呼び出し構えた。
この狭い空間では、刀は振り回せない。
「何のつもりですか!」
いつの間にかナイフを持っていたジョナに問いかける。
俺は何も怪しい動きはとっていないはずだ。
「そのナイフの毒はセレナお嬢からもらったのか?」
しかし、彼は俺の質問には答えずに、逆に質問で返してきた。
「はい」
「お嬢がいつも持っている日暮草の猛毒もあるのか?」
「あります」
そう正直に答えると彼からは殺気が消えた。
「……お前のハイドは強力すぎる。気配が消えた。何か話し続けろ」
「は?」
「お前は何かをしゃべっていなければ気配が消える。気配が消えたから、逃げたと判断してナイフを抜いた。だから何か話し続けていろ」
どうやら、ジョナがナイフを抜いたのは、ハイドにかかって俺の気配を見失ったかららしい。
だからと言って、何か話し続けろというのは、俺にとってはとても酷なんだが。
「では、そのナイフしまってくださいます?」
「ああ、悪かった」
「では私も」
互いに武器をしまい、ポータルへの歩み戻した。
「それで、よかったんですか? 私への警戒を解いてしまって」
「解いてはいない。少しレベルを下げただけだ。お前が素人だから分からないだけだ」
「そうですか」
そう言われても俺には分からない。
さっきまでのような殺気はなくなったし、警戒心も感じられない。
ま、護衛のプロにはわかる何かがあるのだろう。
「それにお嬢が自作の毒をやり取りするのはお嬢が信頼する人間だけだ。だから、お前も一応信用してもいいと考えた。旦那に【情報遮断LV.10】をかけてもらって情報が出にくいとはいえ、お嬢の毒を不用意に使って、そこから足がつくと面倒なことになるからな。俺もいただいたことはない」
「……嫉妬?」
「違う」
地下道を抜け、酒場の建物に戻ってきた。そこから上下に移動して、玄関にたどり着く。
「お出かけですか」
先ほどの店員が顔を出す。
「一時間ほどで戻る」
「かしこまりました」
そうして、酒場の外へと出た。
「私のハイドは、どの程度のレベルなんですか?」
「……自分では分からずにやっていたのか?」
「ええ、まあ。あまり対人の経験は少ないものですから」
「そうだな、暗殺者としては二流だな」
「二流ですか……」
「ハイドの腕前は一級品だろう。人間相手ならそうそうばれない。モンスター相手にはどうか分からんがな。だが、お前は行動に移す時に気配が漏れ始める。さっきも、俺たちは初めはお前の存在に気が付かなかった。気付いたのは、お前がこちらを警戒し始めたからだ。そこでようやくお前の気配に感づいた。そのあたりでも隠せるようになれば、プロの護衛をすり抜けて暗殺することだってできるだろう」
暗殺者を目指すつもりはないが、プロの意見として、今後改善する方がいいだろう。
人に気付かれているようでは、それ以上の感覚器官をもったモンスター相手では太刀打ちできないようになる。
「ここが、この町のポータルだ」
「ありがとうございます」
ポータルを登録っと。
『カレアント帝国マレリンド領中央広場。ポータルに登録しました』
よし、これでいつでもこの町に戻ってこられる。
後は……
「そうだ、砥石を買える場所はありますか? 後は投げナイフ」
「砥石は、商人街の行商人のところでいい。投げナイフはさっきお前が持っていたやつがいいだろう。あれはゾルーディア家から支給されるものだ。さっきの店にある。金は払えよ」
「もちろんです。ありがとうございます」
一時間ほど町をぶらつき、暇をつぶしてから叔父さんの部屋へと戻った。
「セレナ。もう大丈夫ですか?」
「ええ、叔父様とも今後のことはお話ししましたし、御義父様とも連絡を取りました。これから赴くことも伝えてあります。おそらく今日中には付けるだろうと」
「でも、本当に今日中につけるのかい? 馬を使ったって、半月はかかるだろう」
「ええ、一晩で、シゼストからここにたどり着きましたから。何も問題が起きなければ、今日中には」
「ならいいんだけどね。それでだね、コハク君だったかな。セレナのこと、頼んだよ。セレナから君のことも多少は聞いた。命の恩人だそうだね、私からも礼を言うよ。ありがとう」
「い、いえ、その偶然によるところが大きかったりするのですか……」
「そうかな。それでも、感謝を感じるのはこちらで、礼を言うのもこちらだ。君の行動の過程がどうであろうと、その結果については変わることはない。君はセレナの命の恩人。ことのしだいによっては、ゾルーディア家の恩人となりうるんだ。君はそれだけの命運を握っている。頼んだよ」
「わ、わかりました」
なんだか、大きなものを背負ってしまったように感じる。
帝国の裏を牛耳る大きな家の未来だって?
悪いがそんな大きなもののために奮い立つことができるほど、器の大きな人間ではなさそうだ。
でも、セレナのためになら。
彼女とその家族のための考えるなら、頑張れそうな気がする。
セレナがエリーゼちゃんと幸せそうに笑って暮らしていけるのなら、俺の微力も奮い立つというものだ。
悪いが俺のイメージの中に旦那の姿はない。
時々思うのだ。どうして俺の冒険の初めての仲間が、既婚者なのかと。
別段、甘酸っぱい展開が欲しかったわけじゃない。ゲームにあまりそれは求めていない。
それでも、こうあるだろう。言葉でどう表せばいいのか分からないが。
俺にもそれくらいのロマンを求める気持ちはあったようなのだ。
「こちらでも動いてみよう。情報の収集は任せてくれ。お義兄さんのところは少し距離があるからね。でもリレーフの足取りは向こうの方が掴んでいるかもしれない」
「そうですね。今までリレーフ、リレーフと騒いではいましたが、あの男としては自分はフルハートさんの失踪に関与していないと思わせたいでしょうし、離れたところ、それもクレイストの近くで自分の存在をアピールしている可能性もありますね」
なるほど、アリバイというやつか。
確かに、今までリレーフの居場所というのはシゼストや旦那さんの向かったという町の近くに潜伏しているものだと思ってはいたが、そんな遠くにいる可能性もあるのか。
どちらにせよ、この後、クレイストに向かうことに変わりはないようだ。
「そうだ、コハク君。ちょっと覚悟をして行ったほうがいいかもしれない。お義兄さん、セレナのことも本当の娘のように可愛がっていてね。ちょっと突然、セレナから大親友と紹介された正体不明の君に関心があるようだから」
おっと、突然ノーマークのところから、フックが飛び出てきた感じなんだが。
「大丈夫よ、コハクなら。こっそり忍び寄ってざっくりやっちゃいなさい。私が許可します。やってもいい相手は私が指示しますから、伝家の宝刀、コハクの秘剣でバッサリと。これならインパクト抜群ですわ」
なんだかよく分からないが、俺は向こうの屋敷に到着してすぐに試しを受けることになるようだ。
「では、叔父様、色々とありがとうございました」
「いや、まだこれからだよ、セレナ。フルハートの居場所が分かればいいが、その後助け出すところまで行けるかどうかは分からない」
「いえ、なんにせよやってみないことにはわかりません。情報お待ちしております」
「ああ、もちろんだ。なに、これでもセレナよりは伝手は多いんだよ。期待しておいてくれ」
「はい、よろしくお願いします――行きますわよ、コハク」
「待ってくれ、その移動手段とやらに、空きはあるかい? もしあるのなら、ジョナを連れて行った方がいい。護衛は多い方がいいだろう? どうやら、コハク君は護衛の専門家ではないようだから」
「では、お言葉に甘えて」
俺たちは、ジョナをパーティメンバーに加えて出立した。




