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10 空の旅人

「風が気持ちいー」

「ですわねー」


 俺たちは、なかなかに快適な空の旅を続けていた。


 サクヤはとても賢く、俺たちが揺れないように走ってくれている。本当に振動がない。筋肉に天然のサスペンションがついているようだ。


 それでいて、かなりの速度で進んでいる。


 風属性魔法のスキルをとっているので、風圧も散らしてくれている。

 快適だ。


 ただ、それも【騎乗】スキルをとってからだったが。


 初めの十分ほどはサクヤの背に乗るだけでやっとだった。


 セレナは元々【騎乗】は持っていたようだ。貴族階級のたしなみらしい。

 確かに、乗馬のイメージはあるし。この世界では、どこに行くにも馬に乗れた方が便利だろう。


 サクヤをテイムして上がったレベルアップで得たSPもサクヤに乗るために消費してしまったが、まあ、SP1くらいでこの快適な移動手段を手に入れられたというのだから、文句を言えば罰が当たるというものだ。


 すでにこの旅が始まってから2時間が立っていた。

 そのうちの一時間はログアウトさせてもらった。この体はセレナに預けておいた。

 もし無理なようなら、ゆっくり進むか地上に降りるように言ってはいたが、問題は起きなかったようだ。


 この空の旅で唯一難点があると言えば、空を飛ぶモンスターのレベル帯が高い事だろう。


 先ほどから出会うモンスターのレベルが30から35のモンスターが現れる。

 ただそれも、ステータスDown状態のサクヤでも容易い相手だった。

 その大きなツメでざっくり引き裂いて、光属性の魔法の白いビームのようなもので、焼き焦がしていた。


 なんだか、遊園地のアトラクションに乗っているかのような感じを味わっていた。


 後ろのセレナは、楽ですわーと、ティータイムでも始めそうな感じである。


 そんなこんなで、サクヤの倒したモンスターの経験値も俺に入ってくるようで、刻々と次のレベルアップが近づいていた。


 ドロップもどんどん入ってくる。俺のストレージには<巨大鳥の極上肉>が追加された。


 サクヤにもアイテムストレージがあったので、ためておける数は少ないが、いくつか入れておいた。こうしておけば、好きな時に食べられるだろう。


『レベルが上昇しました。能力値を振り分けてください』


 あ、もう来た。



「もうそろそろ着きますわね」


 十日はかかるかもと言っていた距離が二時間半ほど。

 夜営やモンスターとの戦闘、山道等のことも考えて、十日という数字なのだろうが、それでも電車よりもはやい速度は出ていると思う。


 次にサクヤ特急が止まりますのは、マレリンド~、マレリンド~。お降りの方は――って感じだな。


 そろそろ、街並みが見えてきそうだが……


「お、あれかな」

「ええ、あれがマレリンドの町ですわ。特に面白いものは何もありませんが」

「観光をしに来たわけではありませんよ。普通に入れますか?」

「ええ、私の名前を出せば、あなたもすんなりと入れますわよ」

「それは良かった。シゼストのまちでは、ちょっと時間をくったので」

「子供だから?」

「子供だから」


 サクヤには町から少し離れたところでおろしてもらう。

 流石に、この大きな狼に乗ったまま、城門に乗り付けるのはややこしいことになるだろう。


 サクヤには何かあるまで、上空のおそらくは大気圏のさらに上で待機しておいてもらうことになる。

 【流星顕現】で、それが可能だ。あらかじめ定めておいたターゲットの元に流星のごとく顕現するスキルだ。顕現先には俺とセレナが設定してある。だから、俺とセレナ以外のところには顕現することはできない。


 このスキルをもたない他のハティは満月の日に湖に映る月を通して【月渡】で地上に降りてくるらしい。

 昨夜のサクヤ……言いづらい……もそうだったようだ。


 【流星顕現】は野生のうちは、あまり使われることはないようだ。

 だが、今日からはガンガン使っていくことになると思うぞ。


 光の帯を引いて上空へと駆けあがりあっという間に姿が見えなくなったサクヤを見送り、俺たちは城門の方へ向かった。


「お疲れ様です。ジャックさん、フィリオさん」

「お、メリダちゃんじゃねえか、久しぶりだな」

「元気にしていたかい? 旦那はどうした。喧嘩でも?」

「いえいえ、旦那は仕事ですよ。今日は友人と」

「友人? っと、ちっこくて見えなかったようだ。わりいな、嬢ちゃん」

「いえ、大丈夫です」

「メリダちゃんのお友達なら、話が早い。通行許可書を出すから、名前をお願いできるかい?」

「カテレアですわ」

「了解だ……よし、できた。ほい、これな。なくすんじゃねえぞ。通ってよしだ」

「ありがとうございます。行きますわよ」

「ありがとうございます」


 こんな感じで、門番もドライブスルー並にあっという間。

 メリダというのは、セレナのここでの偽名。いろいろと細かい設定があるようだが、深くは聞かなかった。俺の偽名がカテレアらしい。


「こちらへ」


 そう言って導かれたのは、一本だけ裏通りを入った所にあった酒場。

 店名は<黄金の鹿亭>。看板の店名の裏には薔薇の意匠。


「覚えておいてください。あの七枚花弁の薔薇の意匠。あの紋があれば、うちの傘下です」

「見分け方はそれだけですか? 真似されたり、偶然一緒なんてことはありえそうです。薔薇のモチーフなんてたくさんありそうですが」

「もちろん、他にもありますが、それをあなたに教えていい権限は私にはありませんの。ただ、何か帝国内で困ったことがあれば、あの意匠があるところに駆けこんでいただければ、たいていは私たちの手の者です。偽物はすぐさま潰すようにしてはいますが、たまたま偶然ということもありますからね」


 うん、いや、怖いな、裏の人。

 セレナも町の中に入ると余計に裏の人間の顔になる。


「入りますよ。コハクは何も喋らなくていいですわ。黙って後ろについてきて。リレーフの手に落ちていないとは思いますが、万が一の時はよろしく」

「わかりました」


 カランカランとベルを鳴らしセレナは入店する。俺はその後ろについて、入店した。

 この暗がりだし、誰にも気づかれることはないだろう。


「すみません、お客様。まだ開店の時間では」


 なんだか酒場という割には、優男な感じの目の細いあんちゃんが奥から出てきた。


「そう言わずに、クレイストの葡萄酒の三十九年置いていますか?」


 そう言いながら、右手をさりげなく店員に見せた。いや、あれは指輪だろうか。こちらからは掌しか見えないが、何か意匠のついた黒い指輪。ゾルーディア家関連であれば、七枚薔薇の意匠だろうか。


 店員の薄い目が若干開く。だがすぐに戻った。


「ええ、ございますよ。こちらへ」

「ありがとう」


 店員に促されるまま、二階へ。一度、一階へ降りて、今度は地下へ。おそらく密談用か何かの秘密の部屋に案内されているのだろう。複雑な道を通っている。

 地下を進むまま、おそらく、裏路地の二、三本はまたいだだろう頃に地上に上がった。


 そのまま案内され、一つの部屋にたどり着く。


 ――コンコン


「ああ、入りたまえ」


 中から男の声が返ってきた。

 おそらく、すでに連絡は言っていたようだ。その為の長い道のりだったのかもしれない。


「それでは、私はここで」


 頭を下げて、店員は元来た道を戻っていった。

 盗み聞きはしないというアピールだろうか。


「失礼いたします」


 そう声をかけて、セレナはドアを開けた。


 俺が通れるだけの時間が稼げるよう、若干大きく開かれた。


 しかし、無事に俺が通り抜けても、セレナはこちらを見ていない。

 もしかしたら、セレナも俺を見失っているかもしれない。それならそれでいい。

 敵を騙すならまず味方から。セレナの視線からばれてしまっては意味がない。


 セレナは静かに扉を閉じ、部屋の主に向き直った。


「お久しぶりです。叔父様」

「セレナ。突然どうしたんだい? 君が来たと聞いたから驚いたよ」

「いえ、少し叔父様にご相談したいことがありまして」


 ソファに促され、互いに向き合って座った。


 セレナが会話を続ける。彼が叔父さんで正しいようだ。この町には、リレーフの手はまだ伸びていないか。


 【索敵】を使って、この部屋をくまなく調べる。


 部屋の中には、俺たち三人だけ。


 部屋の外には、二人。

 どうやら壁の一部の材質が違うようだ。いつでもぶち破って入ってこられるように待機している。叔父さんの護衛の人間だろう。

 叔父さんにとって敵の人間なら、ここまで近くに潜んでいるのであれば、俺たちが入ってくる前に彼は始末されている。


 そっと、外の彼らとセレナの間に陣取り、もしも襲い掛かってくるようなことがあれば、迎え撃つことができるように待機する。

 それと同時に、自分が彼女の護衛であることをアピールし、無駄な戦闘にならないよう殺気を抑えた。


「叔父様、今回のリレーフの反乱についてはどこまでお知りに?」

「リレーフの反乱だと? 私のところには、そんな情報は入ってきてはいないよ」


 叔父さんは、セレナの表情を見て素直に回答することにしたようだ。

 なんだか、予想していたのらりくらりとした会話が聞けなくて残念だ。


「リレーフがフルハートさんを亡き者にし、ゾルーディア家の乗っ取りを画策していることについて、何もご存知ないと」

「……リレーフがよからぬことを胸の内に秘めていることは、察してはいたよ。だが、あの男は慎重だった。まだ表立って何もしていない。何をするのかもわかっていなかった。証拠がなかったのだよ」

「ええ、それは私も分かっています。あの男には何を考えているのか分からない不気味さがあった。昨日、彼が動き始めました。フルハートさんはあの男の手の中にいるはずです」

「フルハートはもう?」

「いえ、まだ無事かと。ゾルーディアの秘術を手に入れない限りは」

「そうか……あれを継承するには、フルハートの生き血と家紋のペンダントが必要だ。ペンダントは今どこに」


「――ここに……」


 そう言って、セレナはペンダントをストレージから取り出し、叔父さんに向けて突き出した。


 俺の知らない情報が出てきたが、特に俺には関係のない話だった。

 それに、ゾルーディア家における重大な秘密のようだし、俺がここで聞いていてもよかったのか?


 俺は警戒レベルを最大に引き上げた。


 おそらくこれが彼女のもうけた、叔父さんが敵か味方か確認する最終問題。

 敵方ならば、そのペンダントは喉から手が出るほど欲しいものだ。


 今、この部屋には小娘が独り。自身と護衛を含めた三人がかりならば、簡単に奪い取れるだろう。

 今、この時を逃す手はない。

 ここで彼女を殺してしまえば、ストレージ内の者は殺したもののストレージに移される。


 シャットアウト機能を設定しておけば、不必要なものを手に入れる心配もない。しかし、俺はそんな設定をしていなかったため、あの町でゴルドたちを倒したときに、いろいろと見たくもないものまで入手してしまい、後でストレージを確認した際に即刻破棄した。

 ただ、リレーフからケイネストに当てられた手紙や、リレーフとゴルドとの契約書など証拠品のいくつかは入手している。


 俺が警戒レベルを引き上げたことで護衛たちの殺気も上がった。

 俺が不用意に動けば、向こうも動くだろう。

 だが、これで彼らの注意がペンダントに向いていないことが分かった。

 

「そうか……ならば、大事にしまっておいてくれ。それが奴らの手に渡ってしまえば、大変なことになる」

「……わかりました。すみません、叔父様。疑ってしまって」

「ん? どういうことだい」


 セレナは彼に頭を下げた。


 だが、彼にはどういうことだか分かっていないらしい。

 義理とはいえ可愛がっていた姪に試されているとは露とも思っていなかったのだろう。


「もういいわ、コハク、出てきてちょうだい。私にもあなたが何処に居るのか分からないのだけれど」

「はい。ここに――」

「な……いつからそこに」

「初めからです。もしもの時のために待機しておいてもらいました。疑心暗鬼になっていて、誰が敵で誰が味方なのか分からなくなってしまって。申し訳ありません」

「……いや、君に何があったかはこれから聞くとして、それだけのことがあったのだろう。何でも言ってくれ、私にできることなら協力しよう」

「ありがとうございます……コハク、あれらを私に」


 あれら……証拠品のことか。

 俺はそれらをまとめて彼女に転送した。


「ありがとう。コハクはこの町のポータルに行ってきた方がいいのではないかしら。そのついでに一時間ほど買い物でもしてきなさいな」


 これは……一時間ほど席をはずせということか。


「でも……」

「大丈夫です。この町は私たちの味方です。心配いりません」

「わかりました。何かあれば、サクヤに声をかけてください。あなたの声でも応えますから」

「ふふっ、ありがとう。そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「では――」

 

「ああ、待ちなさい――ジョナ!」


 出ていこうとした俺に待ったがかかり、叔父さんは外に声をかけた。

 既に外には一人分の気配があった。護衛の一人だ。壁際から一瞬で移動していたのか。

 しかも、主人の声がかかる前にだ。プロだな。


 扉が開き、入ってきたのは長身の男。細身の体だが、鋭い目つきが印象的だ。

 うっわ、暗殺者だと言われても疑わないぞ。


「案内してやりなさい、ジョナ」

「かしこまりました」


 どうしたものかと俺はセレナに目で問いかける。


「お願いしなさい、コハク」

「はい。よろしくお願いします」


 だが、これは俺の監視だな。


 ポータルという言葉で、俺が旅人だということをセレナは叔父さんに明かしたわけだ。

 俺の背後には帝国の何者かは存在しないというアピールだ。


 それに対して、叔父さんは正体不明の背後関係も分からない人間を野放しにはしておきたくないと、案内の名目で監視することにした。


 これで、何も怪しい動きを取らなければ、一応信用は得られるということだろう。


 まあ、もともと叩いても埃の出る体ではないし、お言葉に甘えて案内してもらうことにしようか。

 

 まあ、喋ることなどできはしないだろうが。

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