美樹さんの秘密⑥
四月……。
桜の花が散りはじめた頃、美樹さんはニュージーランドへ旅立っていった。
空港まで見送りに行きたかったけど、ロンくらいの大きさの犬だと盲導犬などの介護犬ではない限り公共の交通機関は利用できないし空港にも入れない。
だから兄がわざわざ美樹さんを家まで連れてきてくれて、そこでお別れした。
車には美樹さんのお父さんとお母さんも一緒に乗っていて、ロンを見つけるなり「この子がロンですか、どうりで娘が惚れるのも仕方がないくらい精悍で賢そうですな」とロンを撫でていた。
『美樹さんが、ロンに惚れていた?』
初めて聞いたその言葉に美樹さんの顔を見ると、美樹さんは口を滑らしたお父さんにふくれっ面をして見ていた顔を私に向け、頬をほんのり赤く染めて年下の様に恥ずかしそうにしていた。
最後じゃないから泣かない。
と自分に言い聞かせていたのに、なんにも知らずにいつも通り美樹さんに甘えているロンを見ていると堪えきれなくなって、さよならを言う前から悲しくて涙が止まらなくなった。
ロンには地球儀もないしカレンダーもないから、目の前の美人で優しいお姉さんが、地球の反対側まで行ってしまい3年もの長い間会えなくなるなんて想像もできないだろう。
おそらく君が玄関で楽しみにして待っていた、あの活き活きしたリズムで奏でられる美樹さんの駆けて来る足音も、清潔感あふれる爽やかな香りも、当分玄関を潜ってこない。
それをロンはどんな気持ちで待つのだろうか。
美樹さんは、泣いている私の肩に優しく手を置いてくれた。
私が美樹さんに抱きつくと、美樹さんは私の体を沈めるようにしゃがんで、二人の間にロンを入れてくれた。
三人で一つの塊になった。
美樹さんも泣き出してしまい困ったロンは私と美樹さんの頬を優しく舐めていた。





