桜の季節に向けて②
その日も、気に入った女の人が来たらしく伏せしていた体を、お座りに替えて私に向かって「クゥ~」と甘えた声をだす。一応向こうも呼ぶ意思があるか確かめないと、いくらペット同伴カフェとはいえ中には間違って入って来る人もいるから。
ロンの行きたがっているほうに顔を向けると20代後半から30代前半の主婦系雰囲気の美女が手を振ってこっちを見ている。
どこか見覚えのある人だなと思ったら持田先生の奥さんだった。
里沙ちゃんに持田先生の奥さんが来ていることを告げ、ロンと一緒に挨拶に行く。
「山の上のキャンプ場ではお世話になりました」
「いーえ。持田から鮎沢さんのことはいつも聞いていて是非ご一緒させてもらいたかったから、私のほうがお世話になりましたわ」
えっ……私の事、持田先生の家で話題になっているんだ……。
って、どんな話か気になる。
「持田先生の奥さんはヴァイオリンを習っていたんですか?」
奥さんはニコッと笑って首を縦に振った後「麻子で良いわよ。いちいち“持田先生の奥さん”が名詞では話が長くなるでしょ」と名前を教えてくれた。
麻子さんは持田先生の出た音大の後輩にあたり、先生が大学四年でオーケストラの副部長をしていた時の新入生だったそうだ。
「へぇー持田先生も副部長だったんですね」
私が驚いていると、麻子さんが教えてくれた。
「だから鮎沢さんの苦労が良く分かったんでしょうね」
「苦労なんて」
「あら、あんなにヒネクレた部長の下なんて、私は絶対に出来ないわ」
融通の利かない江角君の顔が浮かんで二人で笑った。
暫く音楽の話をしていたけど、時々麻子さんの視線が何となく里沙ちゃんに向けられている気がしたので呼んでこようか?と言うと「今日はいい」と返され「そうか、受験勉強ねぇ。懐かしいわぁ頑張ってね」と言って、ロンとドックランで遊んでいいか聞かれたので「ぜひ!」と答えて席に戻った。





