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ヤンキー戦隊 グラスマン  作者: りったんばっこん(原案:小波奈子様)
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エピローグ 全て世は事もなし

 茶川さがわ博士ひろしはますます悲哀に満ちた目で、醜く太った身体を震わせて、まだ強がりを言い続ける明野明星あけのみょうじょう貴久子きくこを見た。


「いいこと? 人間はこの地球上の全ての生物の頂点に立つ存在なの。故に天敵がいないのよ。だから、人間自らが、人間の天敵として機能した結果が、戦争という淘汰手段なのよ」


 血走った目で口角泡を飛ばして講釈を垂れる貴久子は、ヤンキー戦隊の面々には、狂気を帯びた人物にしか見えていない。


(この人、何を言っているの? それって、人間は傲慢な生き物だと言っているようなものじゃないの?)


 小さい頃から友達がいなかったヤンキーパープルこと村崎香織は、話し相手と言えば、小学校で飼育していた金魚、亀、うさぎ、あひるだけだった。そのせいか、人間が生態系の頂点だという主張には他の誰よりも強い拒絶反応を示すのだ。


「増え過ぎた人口を効率良く淘汰するには、戦争が一番なの。何故なら、戦争は一番のビッグビジネスで、しかも、役に立たない人達を合理的且つ合法的に抹殺する方法メソッドだからなの!」


 貴久子の口調と表情はまた一段と狂気を増していく。


(僕達が正しいかどうかはわからないけど、このヒキガエルが間違っている事は確かだ。戦争をビジネスだと言って、役に立たない人を抹殺するなんて、悪魔の所業じゃないか)


 ヤンキーレッドこと赤井真一は、いつもいじめられる人生を歩んできたので、強者が弱者をしいたげ、駆逐する社会が当たり前になる事の恐怖を常に抱いていた。


「いい? 地球はその役に立たない人達が増え過ぎたせいで、環境破壊が進み、住環境が劣悪化し続けているのよ。どうすればいいと思う? そんなゴミみたいな存在の人達の事を?」


 貴久子は皆の冷めた目に気づかず、自分の「演説」に陶酔したかのように笑みを浮かべている。


(こんな人が、世界の経済や政治を左右する存在なのか? 怖過ぎて気を失いそうだよ!)


 ヤンキーパンサーこと黒田パンサーは、心の中で悶絶していた。だが、


「このババア、頭おかしいんじゃねえか?」


 表のヤンキーパンサーは相変わらずの毒舌だった。


「お母様……」


 ヤンキー戦隊だけではない。貴久子の次女である美奈子も、自分の母親のあまりにも支離滅裂で自分本位で独善的な主張に呆れていた。


(明野明星一族はそんな浅ましい一族でしたの?)


 美奈子はパンサーと結婚したら、家を出る事を決意していた。


「奥様……」


 ヤンキーグリーンこと笹翠ささみどり茉莉まりに介抱されながらも、明野明星家の御庭番衆の首領である宵野明星よいのみょうじょうおさむは、一族の頂点に立っている貴久子の変貌に驚いていた。


「地球の役に立たない人達は、黴菌ばいきんと同じ。消してしまうに限るでしょう? それが一番効率的なのよ!」


 貴久子はだらしなく口からよだれを垂らしながら、薄気味悪い笑みを浮かべて、茶川達を見渡した。


「地球じゃなくて、明野明星一族の役に立たない人達、の間違いでしょ、貴久子さん!?」


 もう我慢ができないという顔で、茉莉が怒鳴った。するとそれに反応した貴久子が鋭い目つきで茉莉を睨みつけた。


「そう言い換えてもいいわね、お嬢さん。貴女もどうやら、我が一族の役には立たないようですから、抹殺するしかなさそうですわね?」


 茉莉の反論に怯むどころか、逆に嬉しそうに言い返してきた貴久子を見て、茉莉の方が怯んでしまった。


「役に立たない人達を選別するために、鮒津高校の生徒会を実験ケースとして検証を進めていたのですが、私の長女の美祢子みねこは私に似ずに才能がなく、計画遂行にはなりませんでした」


 貴久子は肩を竦めてみせてから、美奈子を見た。美奈子は思わずビクッとし、今や婚約者フィアンセであるパンサーにすがりついた。


(美奈子さん、美奈子さんの胸ががが!)


 表のパンサーはそんな美奈子を優しく抱きしめたが、中の人のパンサーは気絶寸前だった。美奈子の隠れ巨乳がギュッと身体に押し付けられたからである。


「その点、次女の美奈子は私が思った以上に成果を出してくれました。ところが、そこに余計な者が登場したのですよ」


 貴久子は次に茶川を睨みつけた。しかし、茶川はどこ吹く風という顔で、無反応である。


「お陰で、美奈子まで計画を頓挫させてしまいました。悲しい限りです」


 貴久子は茶川の無反応にムッとしたが、敢えて何も言わずににこやかな顔でもう一度美奈子を見た。


「でも、美奈子。貴女はまだ取り返しがきくわ。美祢子は貴女へのコンプレックスから、貴女そっくりに整形して、アンチエイジングの試験薬を大量投与した結果、若さを辛うじて保ってはいるけれど、いずれその反動が出て、寿命が尽きてしまうわ」


 美奈子は姉の美祢子の事はこの世の誰よりも嫌いだったが、今それを母が取って代わったと感じた。


「夫の楽生都らいとはあの通り、もうほうけてしまって役立たずだから、私には貴女しかいないの。わかりますね?」


 母の薄気味悪い猫撫で声は、美奈子にとって嫌悪の対象でしかない。美奈子が一番尊敬していた父親を操り人形にした母とこれから手を取り合って生きていくという選択肢は断じてないのだ。


「いいえ。私は貴女を今日限りで母と思いません。明野明星家を捨てて、生きていきます」


 美奈子は隣で自分を支えてくれているパンサーを目を潤ませて見つめる。


(美奈子さん、もう限界です!)


 中の人のパンサーは美奈子の無意識の「おっぱい攻撃」に撃沈寸前である。


「何ですって!? 貴女、自分が何を言っているのか、理解しているの!?」


 貴久子の目に再び狂気が宿った。


「美祢子は役立たず、楽生都は精神破綻。もう貴女は私と力を合わせて明野明星グループをもり立てていく人生しか残されていないのよ?」


 血走った目をカッと見開いて、貴久子は美奈子をめつけた。ところが何故か、美奈子は、


「お母様、逃げて!」


 絶叫していた。貴久子には美奈子の言葉の意味が全くわからず、呆然としていたのだが、次の瞬間、彼女の脇腹の厚い脂肪に激痛が走った。


「うぎゃああ!」


 痛みが全身を駆け巡り、貴久子はその場に倒れ、転がった。


「お母様、よくも私を! よくも私を見限りましたわね!」


 地面をのたうち回るトドのような母親を鬼の形相で睨みつけているのは、出刃包丁を握りしめた美祢子だった。


「治さん!」


 茉莉が咄嗟に治と目配せし合って走り、尚も貴久子に包丁を突き立てようとする美祢子を抑えにかかった。


「お母様!」


 口では絶交を宣言しながらも、美奈子は涙を目に浮かべて、地面を転げる母の元へと走った。


「美奈子!」


 それをパンサーが追いかけた。香織と真一は茶川と顔を見合わせ、同じく貴久子に駆け寄った。


 こうして、ヤンキー戦隊と明野明星家との激闘は幕を下ろした。


 


 貴久子が刺されて終息した戦いから、一週間が過ぎた。


 貴久子は、茶川の機転でヤンキーブラウンの特攻服を装着されて刺された傷を回復し、取り乱していた美祢子も、美奈子と治の説得で何時間か後に落ち着きを取り戻した。


 そして、Z県立鮒津高校の校舎を破壊するまでになった戦いは、御庭番衆の首領である治の暗躍で闇から闇へと葬り去られ、何もなかった事にされてしまった。


 ヤンキー戦隊の面々はと言うと、以前の日常を取り戻しつつあった。


 村崎香織は、クラスの女子達の無視に堪える日々を送っている。真一に告白された事があったが、


「ごめんなさい」


 秒殺したのは、香織の良い判断だと茉莉に賞賛された。


 赤井真一は、前と同じく、クラスのろくでなし共のノートを代わりに作る日々を送っている。


 クラス委員の桜林さくらばやし里実佳りみかは、真一が香織に振られるのを見てガッツポーズをとっていた。だが、真一はそれを知らず、里実佳も未だに真一に告白できていない。


 黒田パンサーも、クラスの男子達にいじめられる日々を送っていたが、


「貴方達、私のフィアンセに何しているの!?」


 生徒会長の美奈子が駆けつけて助けてくれるので、次第にいじめられなくなり、挙げ句の果てに、すり寄ってくる気持ちの悪い者まで現れている。


(頑張るぞ!)


 パンサーはパンサーで変わろうとしていた。明野明星家は貴久子が警察で事情聴取をされており、美祢子は貴久子への殺人未遂の容疑で取り調べを受けている。貴久子の夫の楽生都は、マインドコントロールの後遺症で精神が破綻してしまい、長い入院生活を送らなければならない。


(僕が美奈子さんを支えるんだ!)


 パンサーはとうとう美奈子の思いを受け入れ、結婚する決意をしたのだ。


「博士ったら、どこに行っちゃったのかしら?」


 保健室の窓からぼんやり外を見ている茉莉。その左手の薬指には、治からもらった婚約指輪が光っている。


 この一件の全ての「元凶」である茶川は、戦いが終息した直後から行方がわからなくなっており、御庭番衆が全力を挙げて行方を捜していた。


「あいてて……」


 生徒会副会長の二東にとうはやては腫れ上がった左頬をさすりながら、廊下を歩いていた。彼は、美奈子がパンサーと婚約したと知り、完全に美奈子を諦めた。


 それを知った第一会計の三椏みつまた麻穂まほが颯に告白したので、


「あり得ないから。絶対に無理」


 かなり失礼な振り方をして、麻穂に思い切り、ビンタされたのだ。


 また、第二会計の巨漢、士藤しとう四郎しろうは、


(麻穂さん、可愛いよな)


 密かに狙っていた。


(赤井君、一年五組の子に振られたみたいね)


 わずかな希望を見出した第一書記の五島ごとう誓子せいこはニヤリとした。だが、彼女も里実佳も、真一が香織を諦めていないのを知らない。


(香織さん)


 一方、香織に思いを寄せている第二書記の六等むとう星太せいたは香織が真一の告白を受け入れなかったので、


(もしかして、僕の事が好きなのかな?)


 真一に負けないくらいの妄想を膨らませていた。


「宿題をやってきた者は、ノートを出すように」


 数学教師の矢野やのあらたも、治のお陰で、何もお咎めなしで教壇に立てていた。もちろん、また妙な真似をできないようにヤンキー戦隊のスーツは茉莉が取り上げている。


(出所したら、美祢子さんを支える)


 美祢子とホテルにいたのは、矢野だったのだ。彼は美祢子を利用して明野明星家に取り入ろうとしていたが、失敗に終わった。そして、ヤンキー戦隊に結果的に惨敗したのを切っ掛けにして、心を入れ替えた。


(私は美祢子さんを心の底から愛している)


 矢野は生徒に見られないように携帯の待ち受けにした美祢子の画像を見た。


(笹翠先生、いいなあ)


 英語教師の津野原つのはら那菜世ななせは茉莉がイケメンの元同級生と婚約したのを知り、彼女を敵視するのをやめていた。


(私も恋したい!)


 ふと周囲を見回すと、疲れ切った中年男達しかいない現実を思い知る那菜世であった。


 


「地球はしばらく大丈夫なようじゃの。イーヒッヒ」


 遥か上空を浮遊する謎の飛行物体の中にいる人物が呟いた。

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