俺とあいつの最悪な出会い
「あ、ウィンストン。もしかしてあなたが例の彼の担当医?」
看護師のロナさんが俺を見るなりそういってきた。ちなみに彼女は俺より一つ年上だ。
「あ、はい。そうです」
「もしかして、もう行ってきた?」
「はい」
「でもいいや、もう一回、今度は私と彼のところに行きましょ」
「えっ…!」
さっきから有無を言わさない状況ばかりだ。俺はロナさんにずるずる~と引っ張られ、もう一度あいつの病室に向かった。
相変わらず意識はないのだが、容態は落ち着いているらしい。
ヤツの体には様々な医療機器が取り付けられている。その様子がなんか痛々しい。
「何があったのかしらね……。まだ、若いのに……」
俺は警察の推測を聞いてしまった。何があったのか、あの警察官の推測通りだったとしたら……。
「……生きてれば、本人の口からいくらでも聞けます。俺たちは患者さんが早く回復できるようサポートしてあげましょう」
「そうね」
俺たちにできることは怪我や病気を治療することだけだ。本人の意思がなければ、回復しないことだってある。
部屋を出て、ロナさんと別れた。警察の言葉はまだ、俺の頭の中をぐるぐると回っていた。
(俺は……生きてる……?なんで……あのとき……俺は……死んだはずじゃ……)
削られた命はぎりぎりのところで残っていた。
〈プログラム緊急事態発生。ユニットパーツ消失。最終救命措置完了後プログラム終了、スリープ状態に移行します。〉
機械的な声がする。これが自分以外の何者かなんだろうか……。
テレビのように映るのは自分の網膜に焼き付いた見たくもない現実。
(嫌だ……!こんなもの……俺じゃない……!俺じゃ……ない、のに……)
自分の意志ではないなにかが殺戮を繰り返した。……もう、逃れることのできない罪。
『死』はもう見えないぐらい遠くに離れていた。だが、大きな罪の償いには『死』しかなかった……。
運び込まれてから三日後、例の患者はようやく意識を取り戻した。
この日もまた珍しく、俺は早くに目が覚めた。だが、これが俺の最悪な一日の始まりを予感してたんだと思う。
俺はロナさんから連絡を受け、ヤツの病室に向かった。
到着するのとヤツが目を開けるのはほぼ同時だったのだが……。
ヤツはガバッと起き上がり、すぐに目のあった俺に見事な右フックを食らわせた。それは顔面にヒットし、俺の意識は飛ぶ。
「ごめん、ウィ……」
必要なものを取りに行っていたらしいロナさんは突然のことで状況を理解していない。
俺は頭を振って立ち上がる。ヤツは医療機器を全てひっぺがし、病室から消えていた。痕跡といえば、血がシーツの上から床、廊下へと続いている。
「え???ど……どういうこと?」
「あんにゃろっ!!」
俺は血痕を目印にヤツを追う。この血はたぶん無理矢理点滴をはずして出血したんだろう。結構量が多い。
……ていうかさ、何アイツ。意識回復したばっかりなんじゃなかったの?何で動けるの?俺ちょっとわかんない。
なんて思っていたら、ヤツは廊下の真ん中でうつ伏せにバタンと倒れていた。腕からの出血は止まってない。
「おい。大丈夫か」
俺はヤツに声をかけた。呼吸はだいぶ荒いが、まだ意識はある。
「……なんで逃げたんだ」
「はあ……はぁ……はっ……はぁ……」
やばい。野次馬根性半端ない患者さんたちがどんどん人集めてきてる。
「おれ……生きて……、ない……」
「あっ!おい!しっかりしろ!」
あ、ほぼ聞き取れなかったぞ。何言ってたんか全然わかんなかった。しかも、もう完全に意識失ってる。
「ウィンストン!彼はっ?」
俺の後をロナさんが追いかけてきた。
「気絶してます。……ったく、死にたいのかっつーの」
何となくこいつの顔にイラッとしたので一発デコピンを当てといた。
ヤツを病室まで運び、元の状態に戻す。ひと段落ついたところで、俺は自分の顔の手当のために一度医局に戻った。