第18話 宋江の甥
「はぁ、はぁ、はぁ…。どうやら逃げ切れた様だな?呼延鈺」
「その様だな。他の皆んなは無事だろうか?」
太后や王進などは、そう簡単にはやられそうも無い。きっと無事であると信じて、前へ進む事にした。
しばらく進むと、金軍に出会してしまった。茂みに隠れて様子を伺っていると、背後から声を掛けられた。
「おい!貴様ら、そこで何をしている!」
突然声を掛けられて心臓が口から飛び出るほど驚いたが、平然を装って徐晟は言った。
「お待ち下さい。怪しい者では御座いません。我らは斉軍の将校で、私は弟の張虎と申します。こちらは兄の張龍です」
「斉軍の?斉の者がこんな所で何をしている?」
「はいそれが…宋の賊徒共が飲馬川に立て籠っておりまして攻めたのですが、お恥ずかしい話、敗れてしまい何とかここまで落ち延びて来たものの、手ぶらで帰る事も出来ず途方に暮れていた次第です」
「それは難儀であったな。ではしばらくの間、我が軍中にいられる様に、阿黒麻様の許可を得よう」
劉猊が飲馬川で敗れた情報は、金軍にも入っている。軍の機密情報であり、それを知るのは当事者しか居ない。その為に斉軍の者であると、あっさりと信用されたのだ。
「阿黒麻様、お連れしました」
「おう、下がって良い」
鷲の羽で作られた冠を被ったその男は、聡明そうな顔をしていた。徐晟と呼延鈺は上手く行ったと喜んだものの、油断はならないぞと気を引き締めた。
「ははは、そんなに緊張せずとも良い。私は四太子様に先鋒を任された、軍師の阿黒麻だ。お前達は兄弟だそうだな?」
「はっ、私は兄の張龍と申します」
「私は弟の張虎と申します」
「2人とも腕が立ちそうだな?劉猊は敗れたと聞くが、2人は見た所無傷でここまで落ち延びている。腕が立たねば、無傷でここまで落ち延びられまい?」
「さすがは軍師殿!我ら、特に特技も御座いませんが、武芸に関しては些か自信が御座います」
「ほう?ちょうど私は、腕が立つ者を探しておったのじゃ。それほど言うなら、1つ武芸を見せてはくれないか?」
阿黒麻は、宋軍の投降兵を使い捨てにする特攻部隊の創設を考えていたが、それを率いる事が出来る者が居らず実現出来なかった。もし本当に彼らの腕が立つなら隊長とし、使い捨てるに惜しい者であれば腹心にしても良いと考えた。
先ずは徐晟が腕試しに応じた。対するは雷虎が相手となり、身長は180㎝ほどで筋骨隆々でまるでプロレスラーみたいな体躯であった。その得物は戦斧で徐晃が得意とした武器だが、徐晟の一族の祖先は徐晃では無いので悪しからず。
徐晟とは体格が大人と子供ほども差がある為に阿黒麻は、徐晟が勝つのは困難だろうと思った。しかし勝敗は、意外なほど呆気なく着いた。
雷虎が戦斧の重量を活かして頭上より振り下ろしたが、徐晟は手首を軽く捻って矛で軌道を逸らし、そのまま矛を回転させて雷虎の背中を打つと、もんどり打って武台に転がった。
「おのれぇ!!」
雷虎は怒り狂って吼え徐晟に向かおうとしたが、阿黒麻が制止した。
「止めい!勝負あった!!」
「阿黒麻様、俺はまだやれますぜ?」
「口説い!ここが戦場なら、お前は死んでいる」
雷虎はまだ何か言いたそうだったが悔しさを滲ませて、憎しみを込めた目で徐晟を睨みつけて武台から降りた。
「さすがだな、弟よ」
呼延鈺は、悪戯っぽく徐晟にウインクをして武台に上った。
「さあ、俺の相手は誰だ?」
「孺子、図に乗るなよ!?」
先程、徐晟が戦った男よりも一回り小柄であったが、鍛え上げられ隆起した腕や胸の筋肉は、軽く呼延鈺の2倍はある様に見えた。
「ははは、見た目だけは強そうだな?」
呼延鈺が煽ると、顔を真っ赤にして怒り、早く戦わせろと息巻いた。
「始め!」
「うおぉぉぉ!!」
名乗りも上げずに開始の合図と共に渾身の力を込めて、頭上より戟を振り下ろした。呼延鈺は身を捩って躱わすと、武台に敷かれた石畳が砕かれた。
「おほぉ、凄え威力だ。ま、当たればの話だがな」
今度は自分の番だとばかりに、目にも止まらぬ速さで槍を繰り出して追い詰めた。
「う、くっ、おっ、あっ!」
戟を弾き飛ばして、喉元に槍を突き付けた。
「勝負あり!勝者、張龍!!」
「よおっしゃあ!見たか、俺様の強さを!」
呼延鈺は武台で勝利の雄叫びを上げ、勝って当然とばかりに、喜びの色も見せずに武台から降りた徐晟とは対象的であった。
「さすがだな、兄さん(笑)」
「へへへ、俺の実力じゃ当然だ。だが俺の得意武器は槍じゃないしな」
養父である呼延灼と同じく、呼延鈺もまた両手に持つ銅鞭を得意武器としていた。
「見事だ。大口を叩くから大した事が無いのかと思っていたが、まさかこれほどの腕とは素晴らしい。どれほど完璧な策を立てても、それを遂行出来る者が居なければ絵に描いた餅となる。お前達を得て、我が軍は更に強くなった」
阿黒麻は目に見えてご機嫌で、その場で2人を「横衝営」(特攻部隊)の小飛騎(隊長)に任命し、それぞれ5百人の部下を与えられた。
「さて、これからどうするかな?」
「この横衝営は、宋軍の若い捕虜を集めたらしい。使い捨ての特攻隊さ」
阿黒麻は、先鋒を任されている。死にたくなければ宋兵を殺せ!と命じ、捕虜を使い捨ての道具にするのはいつの時代でも同じだ。
呼延鈺と徐晟は可能であれば救いたいと思ったが、先ずは自分達がここから逃げ出さなければと思った。ふと呼延鈺は、陣営の中に見覚えのある顔を見つけて気になった。阿黒麻が去ると、その者に声をかけた。
「君、何処かで会った事がある気がする。何処の出身だい?」
「私は鄆城県宋家村の出身で、宋安平と申します。父の名は宋清です」
「な、何だって!?」
「すると君の叔父さんは、梁山泊の宋首領か!?」
宋安平は、何かに怯えた表情をして周囲を気にした。
「すまない。宋首領の甥ごさんだと知られたら、命を狙う者もいるからな」
「安心して欲しい。信じられないかも知れないけど、俺は呼延灼の息子の呼延鈺で、こっちは徐寧さんの息子の徐晟なんだ」
「えっ!?」
「俺たちは捕らえられそうになって、斉の将校だと偽ってここに来たんだ。幸いにも小飛騎(隊長)にされたから、逃げる機会は必ず来る。一緒にここから脱出しよう」
「お願いします」
「俺たちに、そんな畏まった言葉を使わなくて良いぞ?寧ろ君は、宋首領の甥ごさんだ。俺たちの方が畏まらなきゃいけなくなる」
あははは、違いないと3人は大笑いした。2人は宋安平を記室(秘書)に任命して、側に置いても不自然では無い状況にした。




