表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら、どうやら水滸伝の世界に迷い込んだみたいです  作者: 奈津輝としか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

第14話 遼の南下

「何だ?何と書いてあるんだ?」


 字の読めない(まき)を背負った男は周囲の人に(たず)ねていたが、誰もその男に答えず首を振って男と関わるのを()けた。その男に対して、背後に立った筋骨(たくま)しい若者が答えた。


「遼国が、我が宋国の領土を侵犯して南下している。官軍が到着するには、早くとも10日かかる。元登州通判だった宗沢と言う者が、義勇兵を(つの)って官軍到着までの時間を稼ぐと書いてあるんだ」


「それで皆んな口をつぐんでいたんだな?」


 戦乱の世は、いつだって民が犠牲となる。(いくさ)ともなれば、こうして働き盛りの男が徴兵される。今回は義勇兵との事なので強制では無いのだが、それでも夫や息子を危険な戦場に送りたいと思う妻や母など存在しない。

 国は民に「お国の為」と都合良く連呼するが、正直に言えば今よりも生活が楽になるのであれば、宋だろうが遼だろうが民には関係が無い。殺し合いなら民を巻き込まずに、官僚達だけでやり合って欲しいものだと愚痴もこぼしたくなった。

 (まき)を背負った男は、親切に教えてくれた男に礼をし、一緒に酒を飲まないか?と誘った。若者も快諾して、男と飲みに行った。


 宗沢は1091年に進士(科挙の最終試験である殿試の合格者)となり、州郡の官吏として功績を挙げ、登州通判を務めた後は隠居していた。この未曾有の亡国の危機に、かつて禄を()んだ身として見過ごせないとし、義勇兵を(つの)って官軍が到着するまでの時間稼ぎをして国に殉じ様としたのだ。

 そう、最初からこの義勇兵は、勝つ事を目的としていない死兵であった。官軍が到着するまで、最後の1兵となるまで抵抗して時間を稼ぐ。ただその為だけに義勇兵は、募兵されたのである。



 遼は皇弟である耶律得重(ヤリュー・デイヂョン)を総大将とし、副将には公主(ゴンヂュ)である答里孛(ダー・リーブォ)とし、十一曜の大将と二十八宿の将を引き連れて宋国に攻め込んだ。実数20万の大軍である。

 北宋末期の時代は、文官が幅を()かせていたので武官が育っておらず、北宋の軍隊が弱卒と言うのは遼国内での常識であった。だから最初から宋軍を舐めていた。事実、時間を稼ぐ為だけに集められた義勇兵達には訓練は施されず、死地に送り込まれた。

 義勇軍に入ったばかりで威勢の良い者もおり、手柄を立てて昇進し金持ちになるなどと言う夢を見ていた者もいたが、直ぐに現実を直視する事となった。


「ひいぃぃ。何なんだよ、一体これは何なんだよ!」


 作戦など何も知らされておらず、それぞれが勝手気ままに突撃して統制を欠き、援軍どころか兵糧の補充さえ無かった。遼軍は精鋭でプロの軍隊であり、それに対して此方(こちら)は訓練すら受けていない寄せ集めの農民兵の集まりだ。遼からすれば烏合の衆に過ぎず、血祭りだと言わんばかりに一方的に殺戮された。

 これは、指揮官の宗沢が無能であった訳では無い。彼は目的の為に、己と民の命を犠牲にしてでも達成させて見せると、悲壮な決意を胸に(いだ)いていた。

 宗沢は宝泉大渓谷に埋伏し、この地に遼軍を誘い出して大打撃を与えて時間を稼ごうと考えていた。しかし遼軍はこの進路を避けて河間府を抜けた後、東京開封府の北にある大名府を攻める進路を取った。


「宗沢様、上奏したいと申す者がおります。如何致しますか?」


「この儂に上奏とな?面白い、話だけは聞いてみよう」


 この義勇軍は、軍事の知識など何も無いはずの農民兵の集まりだが、国への忠義は高い者を中心に集めた。だから死地へ送られても文句を言う者はいないと思っていた。その農民兵からの上奏とは、どの様な内容なのか好奇心が()いた。


「上奏をしたいと言うのは、お前か?」


「はい、宗沢様に拝謁致します。私は相州湯陰県の岳鵬挙と申します。私に兵を預けて頂けましたなら、必ずや遼軍を宝泉大渓谷へと誘導して見せます」


「何!?どうやって、その情報を得たのだ?」


「いえ、宗沢様の動きを見ていて推測致しました」


「儂の動きを見て?ふ、ふ、ふわぁ、ははは…なるほど、面白い。三千だ。ここの現状を知っていよう。三千、それ以上は出せぬぞ?」


「はい、吉報をお待ち下さい」


 岳飛は宗沢に拝謁して幕舎を出た。


「良いのですか?何故あの様な者に三千もの兵を…無駄死にするだけです」


 宗沢が義勇兵として徴兵出来たのは、およそ3万8千。そのおよそ12分の1もの兵力を何の実績も無い男に与えたのだ、貴重な兵を無駄死にさせるだけと(いさ)められるのも無理は無かった。


 宗沢は岳飛が冤罪で処刑され、韓世忠も岳飛を弁護した為に官位を罷免され、童貫も死去したのち北宋が滅び、南宋として宋を延命させた彼もまた抗金の英雄の1人だ。

 岳飛は宗沢によってその才能を見出されたと言われ、更には、南宋として落ち延びた宋国にトドメを刺そうと南下する金国を撃退し、「宗沢が生きているうちは、南宋は滅ぼせぬ」と金国に断念させた英才だ。


 岳飛がこの時に率いた三千の兵は、後の岳家軍の(いしずえ)となった。


「兄貴、宝泉大渓谷へ遼軍を誘い出したのは良いが、本当に埋伏などいるんですかぃ?見た訳でも、聞いた訳でも無いだろう?」


「宗沢様は名将の器だ。俺なら必ずそこに埋伏する。問題は、どうやって誘い出すかだけだった。誘い出しに成功した今、我が軍の勝利は間違い無しだ!」


 岳飛は遼軍の前に出て挑発し、攻めて来た所に一撃を加えて撤退し、遼軍が追撃して来なくなると背後から一撃を加えてまた退()くと言うゲリラ戦に持ち込んだのだ。

 遼の皇弟・耶律得重(ヤリュー・デイヂョン)は、頭に血がのぼって岳飛率いる宋軍を殲滅しようと追撃して来た。岳飛は一定の距離を保つ為に、反転攻撃を加えて遼軍に被害を与えた。それが更に、遼の皇弟をイラつかせた。


「よし、宝泉大渓谷だ」


 しかし、埋伏されている気配を全く感じ無い。


「馬鹿な」


 預かった三千の兵は、ここに着くまでの間に半数以上を失っていた。いや、遼軍は20万もの大軍なのだ。生きてここまで辿(たど)り着いただけでも奇跡だろう。だが皆んな満身創痍であり、気力だけで持ち(こた)えていた。


 我を忘れて追撃して来た遼軍も、公主(ゴンヂュ)であり副将でもある答里孛(ダー・リーブォ)が地形を見て埋伏の存在を疑った。

 ちなみに公主(ゴンヂュ)とは皇帝(ホワンディ)の正室、つまり皇后(ホワンホォ)が生んだ娘の事であり、お姫様の事である。

 尚、側室に当たる貴妃(グゥイフェイ)などの側室が生んだ娘は翁主(オンヂュ)と呼び、当然同じお姫様でも身分は翁主(オンヂュ)よりも公主(ゴンヂュ)の方が上であった。

 更に付け加えれば、皇帝の兄弟姉妹の娘を県主(シィェンヂュ)と呼び、翁主(オンヂュ)よりも身分は下であった。


「叔父上!この地形は、埋伏され易く危険です。我らは誘い込まれたのでは?」


「うーむ、一理あるな。全軍、退()け!」


 前進から後退するのは、訓練された兵士でも混乱や隙が生じる。そこへ銅鑼や鐘、太鼓の音が、渓谷の絶壁に反響して木霊(こだま)した。


「やはり罠であったか!?」


 大軍が通るには狭い渓谷である。退()け!と言われても、直ぐに退()けるものでは無い。押し合って混雑し、混乱を招いた。するとそこへ矢が、雨の様に降り注ぎ始めたのだ。


狼狽(うろた)えるな!それでも我が遼が誇る精鋭部隊か!?盾兵、部隊を守りながら退却せよ!弓兵!矢を撃ち返せ!」


 遼の精鋭と言うだけあって立て直しは早かったが、水は高い所から低い所へ流れる様に、高い所に陣取っている方が有利だと孫子にも書かれている。

 遼の弓兵は下から上へ矢を撃ち込んだが、狙いも定まらず矢はほとんど届かなかった。それに反して宋軍は、渓谷の上から遼軍に矢を雨の様に射続け、遼軍は一方的に屍の山を築いた。


 遼軍が矢雨を(しの)いで宝泉大渓谷を抜けると、まさかのタイミングで『替天行道』の旗印を掲げる一軍に出会った。


「おお、あれは遼軍だ!討ち取って手柄を挙げよ!」


(シャア)!(突撃!)」


 梁山泊軍は、退却する遼軍に襲いかかった。遼軍は初めこそ混乱した軍の収拾がつかず押されていたが、何せ20万もの大軍である。直ぐに体勢を整えて、8万足らずの梁山泊軍を圧倒し始めた。

 しかしここで遼軍の背後を、岳飛率いる義勇軍が突撃して来た為に大混戦となった。これで遼軍は挟撃される形となったが、それでも兵力が劣る為に撤退させられず膠着こうちゃく状態となった。更にそこへ、東京開封府から官軍による援軍が到着した。

 これによって寡兵(兵が少ない事)のうれいが無くなった宋軍は、官軍、梁山泊軍、義勇軍の3軍の力を合わせて、ついに遼軍の撃退に成功したのだ。


「岳飛よ、見事である。朝廷に其方(そなた)を推薦する奏上をしたためた。これからも大宋国の為に尽くしてくれ」


 宗沢が岳飛の功労を労い、東京開封府に戻る官軍の将に奏上書を渡した。


「私も彼の活躍は見ておりました。素晴らしい若者には違いありませんが、宗沢殿は朝廷に戻られませんか?この勝利は、全て貴方様が描かれたもの。官職に復職なされれば、必ずや元の地位よりも高位にけるでしょう」


「ははは、儂はすでに隠居した身。官職に興味は、最早(もはや)御座いませぬ。此度(こたび)は宋国の危機であった故に、老骨に鞭打って国に殉じるつもりでした。だがこうして生き延びたからには、安らかな余生を過ごしたいのです。どうかご理解を」


 宗沢が再び登用されるのは、1126年に起こった「靖康の変」で講和使に任官されるのだが、それまではまだ時が必要だ。


 遼の副都・燕京(現在の北京市)に逃げ戻った皇弟・耶律得重(ヤリュー・デイヂョン)から梁山泊の脅威を聞くと、天祚帝・耶律阿果(ヤリュー・アーグゥオ)は重臣達を集めて緊急会議を行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ