第13話 招安の実現
「被害はどれほどなのだ?」
「はい宋首領。阮小三兄弟と李袞と項充の5人が捕虜となり、李逵も負傷して手当中です」
「そうかご苦労だったな。林頭領も明日に備えて休んでくれ」
宋江は、頭を抱えた。いきなり初戦で、出鼻を挫かれたのだ無理もない事だった。軍師の呉用を呼んで、捕虜奪還と明日からの作戦を相談した。
「韓世忠に梁紅玉か…」
林冲は寝床に向かいながら、夜襲の失敗を振り返っていた。官軍は、夜襲に備えていた訳では無かった。それでも落ち着き払って冷静に対処して見せた者がいた。その者の的確な指示によって官軍には動揺が見られず、夜陰に乗じて被害を与える作戦は失敗に終わった。
あの男の名は、確か韓世忠と言う名だったか。その男の妻だと言う者も、只者では無かった。これまでは官軍による梁山泊討伐軍を撃退して来れたが、今度の戦はかつてないほど苦しいものとなる予感がした。
「官軍は勢いに乗っているから、こちらの火砲の射程距離に入れば、近づく前に数は減らせる。こちらは守りに徹して、官軍が湖の半ばまで渡って来たら、船底に穴を開けて沈めてやれ!」
「おおー!」
「官軍の野郎ども、梁山泊に上陸出来ると思うなよ!?」
水軍の総帥を任される李俊は、水軍で官軍にトドメを刺してやると意気込んだ。
日の出となると、急激に陽光が差し込み視界を広くした。梁山泊軍は歓声を挙げて官軍を誘ったが、攻めて来る気配が無かった。官軍を殲滅する為にも、小船に乗せ無ければならない。その囮役として歩兵軍が攻め寄せて見せた。
「何でぃ、何でぃ。官軍の奴らぁ、まだ寝てやがんのかぃ?」
李逵は上半身を肌けさせ、分厚い筋肉を見せつけていた。彼は鎧を着た事が無い。常に上半身裸もしくは、着物を着ている程度だ。その威圧的な筋肉と人喰いである彼の目は紅く充血しており、その容貌はまるで悪鬼の様であった。
梁山泊に於いてもその怪力は1、2を争い、同じく怪力自慢の魯智深と腕相撲をした時は、腕を置く机の方が先に砕けて勝負が付かなかった。
彼はその腕力を活かして斧を力任せに振り回すだけなので、正式な武術を習った訳では無い。だから武術の達人が相手だと、遅れを取って負ける事も多かった。
それでも何者も恐れず、決して怯む事が無い李逵は、歩兵軍の斬り込み隊長として重宝されていた。
「兄貴、露払いは俺に任せて、おもいっきり暴れてくれ」
喪門神・鮑旭は本来であれば李逵と李袞、項充らと4人1組のチームであり、昨晩の夜襲にも参加するはずであったが、5日ほど前に食べた貝毒に中り、食中毒で寝込んでいて参加出来なかった。鮑旭は自分が参加していれば、むざむざと李袞と項充が捕虜にされる事は無かったと悔いていたのだ。
だから最初から誰よりも殺気立ち、イキリ気味であった。いつもであれば、猪突猛進しがちな李逵を抑える側だったのだが、この日は違った。軍師から攻撃の合図を受けると、怒号を挙げて官軍目掛けて突撃して行った。
「へへ兄弟、今日はえらく張り切ってるじゃねぇか?」
「兄貴、官軍の奴らぁ皆殺しだぁ!」
李逵と鮑旭の2人は、初めて会った時からウマがあった。お互いが殺人狂だからなのか気が合い、戦闘に於いても息はピッタリだった。
鮑旭が道を斬り開き、李逵が縦横無尽に暴れ、李袞と項充が防具を着けない李逵を団牌で守ると言う具合だ。通常、歩兵よりも騎馬の方が強いのは言うまでもないが、鮑旭は馬上の相手を斬る技に長け、この4人だけでも官軍1000人は相手に出来るほど強かった。
鮑旭と李逵が斬って斬りまくり、血しぶきを上げながら突撃して行く。軍師・呉用は、わざと負けて撤退して官軍を誘き寄せ罠に掛けると言う作戦を伝えていたが、血に酔った彼らの頭には作戦の事など記憶から抜け落ちていた。更には折り悪く、出会ってしまった。
「おお、あの女は!?鮑旭、あの女だ!あの女が李袞と項充を。うおぉぉぉ!」
李逵は梁紅玉の姿を見ると、怒り狂って二挺斧を振り回しながら重機機関車の如く突進した。紅玉を守り立ち塞がった官兵達は頭を叩き割られ、或いは胴体を真っ二つにされた上に数mも吹き飛ばされた。鮑旭も李逵に負けじと大闊板刀を振り回して紅玉に向かった。
紅玉は一目見て凶悪かつ醜悪な風貌をした男が、自分目掛けて向かって来るのが見えた。その男は、鳥肌が立つほど悍ましい男だった。コイツは、人殺しを愉しんでいるタイプの人間だ。こんな人間を野放しにしてしまえば、民の被害が拡大してしまう。だからここで確実に始末する。
紅玉は祖父から習った剣術に、独自の剣舞を取り入れていた。まるで舞っている様な歩法と剣捌きは秀逸であり、「舞」には「武芸」に通ずるものがあり、『南有梁紅玉』と呼ばれた梁紅玉の剣術は、天下一の剣客にも勝るとも劣らぬほど冴え渡っていた。
鮑旭の剣はヒラヒラと躱わされて空を斬り、無数の斬り傷を作ったが、李袞と項充が倒された怒りで我を忘れており、大量のアドレナリンによって痛みの感覚が麻痺していた。
紅玉は、埒があかないと逃げ出した。それを鮑旭は追いかけると、猛獣の様な男も本能からなのか「深追いするな!」と叫んだ李逵の言葉も届かなかった。
一瞬、女が笑った気がした。次の瞬間、足元の地面が消えた。いや、落とし穴に落ちたのだ。足に痛みを覚えて目を開けると、左足を切っていた。悪質にも落とし穴の底には竹槍が設置されており、自分達が熊か猪を狩るみたいに扱われた事に憤慨した。
「ううっ…」
唸る様な声が聞こえて横目をやると、李逵の腹に竹槍が突き刺さっているのが見えた。
「兄貴!」
「ぐっ」
よく見ると、李逵の左腕も竹槍で傷付いて血が流れていた。それなのに自分は、左足を掠めた程度で済んでいる。直ぐに李逵の兄貴が、自分を庇って傷付いた事を悟った。
「すまねぇ兄貴」
近くに落ちていた斧で竹槍を斬って、李逵を救出した。分厚い腹筋によって致命傷を負ってはいなかったが、それでもこの巨体が刺さっていたのだ。出血も激しく、着ていた服を割いて包帯代わりにして巻いた。こうなるともう戦えない、2人は観念して官軍に捕らえられた。
梁山泊が誇る歩兵隊が壊滅したころ騎馬隊では、韓世忠と秦明による一騎討ちが始まり、形勢が悪いと見ると索超が助太刀をし、更に董平が加わって3体1となったが、擦り傷一つ付けるどころか寧ろ押されていた。
「そりゃ、そりゃ、そりゃ!」
董平は左右に持った槍を交互に突き出す事によって、通常の槍よりも高速で相手に突きを繰り出す事が出来たが、韓世忠は軽々と大刀で受け流し、隙を見て馬上から叩き落とした。
更に秦明の狼牙棒を弾き、索超が振り上げた金蘸斧を受け流し、大刀で薙ぎ払った一撃が入り索超も馬上から地面に落ちて動かなくなった。3体1で互角だったのだ。秦明1人となると、傍目から見ても明らかに韓世忠に押されていた。
「待て韓世忠、俺が相手だ!」
林冲が馬を駆けて来るのが見えた。
「どうせ全員捕えるのだ。誰が相手でも構わん」
韓世忠は秦明を捨て置いて、林冲に向かって行った。
「すわっ!」
「それ!」
お互いすれ違い様に繰り出された槍棒と大刀の一撃は、火花を散らして手に衝撃だけが残った。直ぐに馬を取って返し、再び相手へ目掛けて攻撃を仕掛けた。馬上から落ちない様に太ももを絞めて馬に固定し、足で馬を軽く蹴りながら巧みに操った。
韓世忠と林冲の一騎討ちは龍虎の争いで、両者の実力は拮抗しており、どちらが勝つのか検討も付かなかった。その時、林冲の馬が砂地に足を取られて地面に倒れ、素早く林冲は受身を取って地面に立った。
韓世忠は機に乗じ様とはせず、「馬を乗り換えて勝負は後日」と言って林冲に手を出そうとはしなかった。その時、駆け馬が参じて報告をした。
「報!(報告!)遼国が国境を侵犯し、南下を始めました。その数20万の大軍です!」
宋国の危機に官軍は、梁山泊の討伐どころでは無くなった。
「国家存亡の危機だ。お主ら賊徒と言えども、2人とも元は官の禄を食んだ身であろう。ここは1つ、休戦としよう。改めて使者を遣わす」
韓世忠は、遼国への対策会議の為に陣に戻って行った。林冲と秦明も、宋江に報告する為に梁山泊に戻った。
「何!?遼が南下しただと?」
宋江は目を閉じて何やら思案していた。軍師の呉用は、首領が考えている事を察していたが、結論が出るのを待った。
「我が梁山泊が替天行道を掲げているのは何の為か?腐敗した政府や悪徳官僚に対して、天に代わって道(正義)を行う為では無いか!しかしその守るべき国が無くなってしまえば元も子もない。我が梁山泊は、ただの無頼漢の集まりなどでは無い!我らは民を守る為、国を守る為にこの命を捧げるべくして集まったはずだ!この国家存亡の危機を救うべく、梁山泊は全軍を挙げて遼を討つ!」
宋首領の言葉を聞いた頭領達は、歓声を挙げてこれに賛同した。招安に対して頑なに反対していた林冲や楊志も、遼国と戦う事に異存は無かった。
「お国の為に忠義を尽くす」と言う幼少の頃からの洗脳教育は、骨髄に至るまで彼らには染み渡っていたからだ。
梁山泊と官軍の争いは、皮肉にも遼国と言う共通の敵によって終結した。童貫と宋江は休戦条約を締結し、童貫は速馬にて梁山泊も北伐軍に加わる旨を奏上し、朝廷は晴れて梁山泊の招安を認め、改めて遼国討伐の命令を下した。




