第九十九話:試される絆! ダンジョンの宝が導く、新たな魔獣の邂逅!
マーリドの真意、それは「絆」を「統治」へと進化させることだった。
遠隔指示という管理者としての新たな権能に目覚めた奏多。バハムート・ハルに託されたのは、誰も踏み入れたことのない氷結ダンジョンの攻略!
最強の竜が今、主の意志を宿してその牙を解き放つ!
リリアとエルーラの美しい合体旋律が聖域の空へと溶け込み、心地よい静寂が再び館の庭へと戻ってきた頃。バルコニーの特等席で目を細め、満足げに尾を揺らしていたバハムートのハルを見つめながら、光の精霊マーリドがふわりと俺の肩口に舞い降りた。
その端正な顔立ちは、いつになく真剣であり、どこか試すような光を瞳に宿している。
『奏多よ……そろそろ、あのドラゴンを明確に操ってみたらどうだ?』
「操る?」
俺は淹れたてのコーヒーを口に運ぼうとした手を止め、肩の上の小さな相棒を振り返った。
「操るって、別に今だってハルは俺の言うことをよく聞いてくれるし、こうして一緒に問題なく暮らせているだろ。動物たちだって、俺が細かく命令しなくても、阿吽の呼吸で動いてくれている。わざわざ縛り付けるような真似をしなくても、今のままで十分じゃないか?」
『いや、そうではない』
マーリドは首を振り、光の粒子をきらめかせながら俺の目の前へと浮遊した。
『お前は無意識のうちに、既にあのバハムートと【従魔契約】を交わしている。だが、それはあくまでこれまでの生活の中で育まれた、感情や情愛に根ざした緩やかな繋がりに過ぎん。召喚士や高位の魔術師が真に魔獣を従えさせている場合、あのプシューケーが使っているような精神感応――つまりテレパシーを用いて、距離を無視して直接脳内に指示を出すことができるのだ。試しに、適当にどこかのダンジョンを指定し、ハルだけを単独で行かせるように頭の中で指示をしてみよ』
「俺がこの館の敷地内に残ったままで、遠く離れた場所にいるハルに命令を下す、ということか?」
『そうだ。お前はこの聖域の管理者であり、館と一体化した存在だ。ここから一歩も外に出る必要はない。お前が心の中で思うだけで、動物たちがその指示に絶対的に従うのと同じように……いや、それ以上の精度で、ハルの精神へ直接語りかけるのだ。やってみよ。このまま何の制御も持たぬままでは、いずれ彼女の成長に追いつけなくなり、制御できなくなる日が来るかもしれんぞ』
マーリドの言葉は、静かだが確かな重みを持っていた。
『ハルはまだ成長中の若いドラゴンだ。しかし、その血統は竜種の中でも最も傲慢にして最強とされる伝説のバハムート。今はまだお前への恩義と甘えたい盛りの幼さで大人しくしているが、完全なる成体へと近づき、世界を滅ぼすほどの竜の王としての本能が目覚めた時、ただの「仲のいい人間」というだけの関係では、その圧倒的な誇りと暴虐の衝動を抑え込めなくなる。……お前は既に、あの巨大な古代兵器であるアイギスに、寸分の狂いもなく指示を出すほどの精神力と魔力を有しているのだ。私が指定したダンジョンとその正確な座標を教えてやる。お前の意志の力を、あの若き竜に見せてやるのだ』
マーリドの真剣な眼差しに圧され、俺は自分のステータス画面を空中へ呼び出した。半透明の淡い光の中に並ぶ項目を凝視すると、確かに昨日までは無かった【従魔契約:ハル】という文字がくっきりと刻まれている。
レベルが60に到達し、能力が拡張されたことで、俺とハルの間にある見えない絆が、システム的にも明確な「主従のパス」として開通したのだ。
「……確かに、いつの間にか俺のステータスに従魔契約の項目が追加されてるな。わかった、そこまで言うなら一度試してみるよ」
俺はコーヒーカップをテーブルに置き、ふぅと深く息を吐き出した。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
雑音を脳内から締め出し、意識の感覚を自らの内側へと沈めていく。すると、暗闇の中に一本の、太く強固な「光の回廊」のような繋がりが見えた。その先にあるのは、圧倒的な熱量と、荒々しくもどこか純粋な命の鼓動。ハルの精神だ。
俺は言葉を口にするのではなく、自らの脳裏で明確な映像と命令のイメージを組み立てた。
(ハル、聞こえるか。今から俺の指示する場所へ向かってくれ。北の最果て、凍土の山脈にそびえ立つ『氷結の尖塔ダンジョン』だ。そこへ単独で赴き、最深部に眠る宝を持ち帰ってこい)
その瞬間、庭で羽を休めていたハルの巨大な身体が、電流が走ったかのように激しく震えた。
「――グゥッ!?」
ハルは驚愕に満ちた声を漏らし、勢いよく長い首を巡らせてバルコニーの俺を見上げた。これまでは、俺が口に出した言葉を、持ち前の高い知性で「理解して動いて」いた。だが今は違う。自分の頭の中に、主である俺の生々しい声と、明確な目的地のビジョンが直接流れ込んできたのだ。
ハルは最初、未知の感覚に戸惑うように大きな頭を左右に振った。しかし、その精神のパスを通じて、俺の放つ膨大な魔力と、自分に対する絶対的な信頼を感じ取ると、彼女の鋭い琥珀色の瞳が、見たこともない金色へと変色し、激しく明滅した。
それは、野生の竜が、自らの上に立つ真の「主」を認め、その魂を完全に委ねた服従と共鳴の証だった。
「ガルルルルル……!」
ハルは歓喜とも咆哮ともつかない低い声を漏らすと、自らの巨大な、虹色に煌めく翼を力強く羽ばたかせた。
ドォォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい爆風が中庭を吹き荒れ、ピクニックテーブルのパラソルが激しく揺れる。ハルの巨躯は、重力を完全に無視したかのような圧倒的な加速で、一瞬にして聖域の上空へと舞い上がった。その飛行速度は、これまでの彼女の動きとは一線を画していた。管理者の直接的な命令を受信したことで、彼女の身体能力が限界を超えて引き上げられているのが、遠目からでもはっきりと分かった。
ハルは北の空を目指し、一筋の閃光となって雲の彼方へと消え去っていった。
「……飛んだな。本当に、俺がここにいるままで、頭の中の命令だけであんなに迷いなく動くなんて」
俺が自分の掌を見つめながら呟くと、マーリドが満足げに腕を組んで頷いた。
『フフ、大成功だな。これでパスは完全に繋がった。お前がどれだけ遠くにいようとも、ハルはお前の手足となり、その絶対的な牙として機能するだろう』
「何事ですか!? 今の凄まじい風圧は!」
館の中から、エリスが腰の剣に手をかけながら血相を変えて飛び出してきた。その後ろからは、何事かと目を丸くしたヴィオラとルミナも続いている。
「あ、いや……ちょっとハルに、遠くのダンジョンまでお使いに行ってもらったんだ」
「お使い、ですか……? あの伝説のバハムートを、単独で?」
エリスが呆然とした表情で空を見上げる。俺は苦笑しながら、新スキルである【魔獣監視の目】を発動させた。視界の端に、半透明のリアルタイムモニタリング映像がいくつかのウィンドウとして展開される。そのうちの一つが、ハルの視界と彼女の周囲の光景を鮮明に映し出し始めた。
映像の中のハルは、既に凄まじい速度で極寒の地へと到達していた。吹雪が吹き荒れる険しい雪山の頂に建つ、氷で形成された巨大な塔――『氷結の尖塔ダンジョン』。
ハルはその正面玄関を、自らの強靭な前足の一撃で文字通り「粉砕」して内部へと侵入した。
ダンジョン内からは、侵入者を排除せんと、全身が氷の結晶でできた狼の魔獣『フロストウルフ』の群れや、冷気を操る飛行魔獣『フリージングバット』が容赦なく襲いかかる。しかし、ハルにとっては羽虫の羽ばたきにも満たなかった。
ハルが大きく息を吸い込み、その顎を開く。放たれたのは、周囲の空間そのものを消滅させるかのような、漆黒と深紅が混ざり合ったバハムートの特異火炎――『終焉の劫火』。
ゴォォォォォォォォォッ!!!
一瞬にしてダンジョンの通路が熱波で満たされ、襲いかかってきた氷の魔物たちは、悲鳴を上げる暇さえなく蒸発して消え去った。通路の壁を形成していた万年床の氷がドロドロに溶け出し、激しい水蒸気が煙のように立ち込める。
さらに奥へと突き進むハルの前に、このダンジョンの番人であり、数十メートルもの巨躯を誇るボス魔獣『古代氷殻の巨像』が立ち塞がった。巨像がその巨大な氷の拳を振り下ろし、地響きを立ててハルを押し潰そうとする。
だが、ハルは避けることすらしなかった。
金色の瞳を妖しく輝かせ、すれ違いざまに鋭い爪を一閃。
パリィィィィィィィンッ!!!
鋼鉄以上の硬度を誇るはずのアイス・ゴーレムの身体が、まるで安物のガラス細工のように一瞬で微塵切りにされ、四散した。圧倒的な、文字通りの蹂躙。主の命令を完遂するため、一切の容赦を捨てた最強の竜の姿がそこにあった。
最深部の祭壇に到達したハルは、そこに安置されていた、青白く脈動する美しくも不気味な結晶――伝説の秘宝『凍てつく心臓』を優しく口に咥え、再び主の待つ聖域へと向かって反転した。
「……す、凄い。並の国家最高戦力の騎士団が全滅しかねない難度のダンジョンを、たった数分で壊滅させてしまうなんて……」
俺の視界を共有する魔術の鏡を横から覗き込んでいたエリスが、ゴクリと唾を飲み込んで戦慄していた。ヴィオラもまた、興奮でペンを握る手を震わせている。
「これが、奏多の本当の支配の力……。ただ動物を可愛がっているだけの人間じゃ、あんな動きはさせられないわ。貴方、やっぱりとんでもない怪物ね」
「怪物って言うなよ。俺はただ、あいつらと静かに暮らしたいだけの、しがない管理者さ」
俺は空を見つめ、ハルの帰還を待った。
従魔契約の真の解放。そしてハルが持ち帰る新たな秘宝。これが、俺のステータスにどんな変化をもたらし、次にどんな驚異的な出会いを引き寄せるのか。胸の鼓動が高鳴るのを止められなかった。
第九十九話をお読みいただき、ありがとうございました!
マーリドの助言によって、ついにハルとの「真の従魔契約」のパスを繋いだ奏多。遠隔指示によるバハムートの圧倒的なダンジョン無双は、管理者としての格の違いを見せつける結果となりました。持ち帰られる『凍てつく心臓』が、聖域に何をもたらすのか……!?
そして、皆様の温かい応援のおかげで、物語はついに大台の第百話へと突入します!
記念すべき次回は、新系統の解放に伴い、誰もが知るあの大人気動物が聖域にやってくる……!? ぜひお楽しみに!
次回:
「第百話記念! 聖域に舞い降りる白黒の癒やし! 大人気魔獣の召喚!」
明日も聖域の扉が開く!




