91帝国へ(フィアット家)1
「お、お待ちしておりました、ヴェンツェル公爵御息女!」
馬車を降りると、屋敷の入口で主であるフィアット子爵家の当主スクリー様の上擦った声ながらも、必死な言葉で迎えてくれた。
ご一緒にいる、奥様、令息が、見るも可哀想なくらい緊張した顔で、頭を上げ下げを繰り返し、私達を畏れるように見ていた。
皆、冷や汗が見えるくらいの顔色の悪さに、ごめんなさいね、と申し訳なかった。
フィアット子爵達と一緒に帝国騎士団、そうして屋敷の召使い達がズラリ並びんで綺麗に頭を下げるこの状態は、明らかに異様な空気だった。
だが、ここが、私達の休息の場と、クルリとリューナイトと落ち合う場所だ。
私の国から帝国へと向かう時は、朝早く出発し、かなり先の侯爵家で疲れを癒すのが常だった。
そうしなければ、国境近いフィァット子爵家からでは帝国へ到着する為には、夜通し馬車を走らせても、丸一日かかる距離なのだ。
早く帝国に到着する為には、絶対にあり得ない休憩場なのだ。
だから、フィアット子爵家に滞在する事など有り得ないし、また、正直聞いた事もない貴族の名前だった。
滞在連絡をしたのは、ほんの3日前。
何処で流布するか分からない危険を犯せないのだから、フィアット子爵家にはギリギリまで連絡を避けた。
フィァット子爵様にとってはその文を見て、驚愕を通り越して、失神寸前になったのだろう、震えるフィアット子爵様を見ながら、申し訳ない気分になった。
恐らく、一生近くで見る事のなかった帝国皇子と皇女が、自分の屋敷に滞在する、
それも1日ではなく、短くて3日、長ければ1週間。
生きた心地がしないだろう。
でも、クルリとリューナイトをギリギリ待てる日数だ。
だから、譲れない。
ある意味フィァット子爵様は、強運の持ち主よ。
頑張ってね!
と、心から、心の中で応援してあげた。
「お忙しい中、私達の無理なお願いを聞き入れて頂きありがとうございます」
「と、とんでもございません。どうぞこちらへ。帝国の光、皇太子様、帝国の輝き、皇女様がお待ちでございます」
いつも思うが、国によってフィーとカレンの呼び方は違う。
ちなみにこの国では、皇帝は、帝国の太陽、皇后様は、帝国の月、と呼ばれている。
その国にとって帝国から扱われる立場により、敬い方を呼び方を表す。
残念ながら私の国は、あまりに小国の為帝国からの援助を貰っているが、正直それがなくても細々ながら生活はできている。
飢饉に苦しんだ結果、自国で出来ることをする、というある意味で自立しているが、ともかく小国なのだ。
勿論敵に回したらすぐ潰れちゃうよ。
帝国が興味を示す要素などこれっぽっちない為、さっきのように、太陽だの月だの付けて呼ばない。
そのままで呼ぶ為、フィーの事も呼び方は皇子だったし、カレンの事も皇女、と呼ぶだけだった。
それに比べこの国は、気候も良く作物が潤い帝国との貿易が盛んだ。帝国あっての国の繁栄。
自然に帝国への恭謹が、呼び名を仰々しくさせる。
まあ、聞いていて嬉しくなるからいいけどね。
案内されるがまま後をついて行くと、扉の前に帝国騎士団がひしめく程警備をしている部屋があった。
わかりやすい。
「お久しぶりですございます、ザン様!」
「お久しぶりですございます!!」
地鳴りかと思う程大声での挨拶が、廊下に響き、微かに揺れたような気がした。
いやもしかしたら、自分が揺れているかも、とクラクラする頭で思ってしまった。
現にフィアット子爵様も奥様も令息もフラフラしている。
「静かに。ここは演習場や、屋外ではない。お前らの声が公爵令嬢様を驚かせている」
たしなめつもりでザンが言ったが、
「申し訳ありません!!」
「申し訳ありません!!」
うっ・・・。
また、大声が響き、クラクラした。
「静かにしろ!ここを何処だと思っている。時と場合を考え声を出せ!ここが敵地であればお前達は見つかってしまうだろうが!私のいぬまにだらけたのか!?」
これ、話し長くなる流れだな。
珍しくザンが喋りだしたな、と思ったが、ザンも大概声が大きい。
とかく中にいるフィーとカレンの事を考えて、中に入ろうと扉を開けた。
中に入ると、フィーとカレンが目の前に嬉しそうに立っていた。
「スティング!」
「やっと来たわね!」
「来たわよ、フィー、カレン」
「お前ら、もう少し離れろ!」
ザンの大声に、さっさと扉を閉めたが、勿論声は聞こえる。
そっちはそっちで勝手にやって頂戴。
「お久しぶりです、スティング様」
少し離れた場所にいた、男性がにこやかに声を掛けてきた。
「お久しぶりです、ガルマ様。わざわざ御足労頂きありがとうございます」
軽く会釈し、挨拶を返した。
この国の宰相だ。
フィーとカレンがいるから来たのだ。
想定外だが、落ち着いて考えて見れば当然の登場か。
フィァット子爵様が文を受け取り、お1人で判断するには荷が重い案件だ。
たが、ここから王都までは確か半日はかかる。たかが子供だが、されど子供。
帝国が絡めば、何かしらの手助けでも出来れば株は上がると来たのだろう。
「余程、自分をアピールしたいのね」
この短期間で陛下や貴族の承認を下ろすのは難しい。宰相という立場を利用して自分で判断したのだ。
「珍しい。スティングでも、そんな嫌味を言うのね」
「ハズレ。嫌味じゃなくて本音よ。宰相なんだから、もっと重要な予定が入ってたと思うのに、わざわざ、予定変更してフィーとカレンに自分の存在を見せつけるなんて、己に自信がないからよ」
「言うな。確かにスティングなら来ないだろうな」
「来ないわよ。恩を売れるように、行く先々で罠でも仕掛けるわ」
「しそう」
「俺は手伝う」
「はぁ、フィーったら馬鹿なこと言ってる。手伝ったら罠じゃないじゃん」
「ふふっ。でもフィーが手伝ったら、カレンを捕まえられそうだわ」
「そんな事しなくても捕まってあげるわよ」
「俺も」
2人が楽しそうに言うから、2人を縄で縛っている自分の姿を考えてみたが、それはそれで、ないな、と可笑しかった。
「す、すみません、先に入って頂き申し訳ありません」
慌ててフィアット子爵様と奥様が、やっと入ってきたが、まだ何か喚いている声が扉を開けたから聞こてきた。
ザンは自分がピリピリしているのに、周りがそれを感じてくれないのに癪に触っているのだろう。
でも、他の騎士団の方はザンの姿を見てとても嬉しそうだったから、やはりそれ相応の人望があるのだろう。
羨ましい、と素直に思った。
意固地なまでに殿下に縋り付き、固執した自分が、どれだけ周りを顧みず愚かなことをしたのかが身に染みてわかる。そのことが情けなくも悔しくもあるけれど、今は反省する時間さえも惜しい。
それよりも、前を向き進むだけだ。この先に待ち受けるであろう苦難を乗り越えるために。
そうして、今のザンのように、誰もから信頼される公爵令嬢になりたいと思う。
「こちらの騎士団が騒いでしまって申し訳ない」
フィーがふんわりと微笑み座るように上手く促してくれた。
「友人の到着に皆が安心して、騒いでしまったようです。後で注意しておきます」
優雅に微笑みなが歩くカレンに、
カレンが皇女にちゃんと見える!
と怒られそうな事を思ってしまった。
一足一足歩く度に揺らめく黒髪に魅惑的な瞳で、つん、と感じる上から目線の口調は、静かな威圧がある。
忘れてはいないが、忘れそうだったわ。カレンは、皇女だったわね。
ソファに初めにフィーが座り、その横にカレン、その横に私が座ったが、2人の一挙一動に、ため息よりも、違う世界の人のように見え、まるで光る硝子を纏っているかのように、眩しかった。
そんな2人をみて、不安が和らいだ。
私達の前にフィアット子爵とガルマ様が座り、お茶を飲みながらここまでの景色がどうとか他愛のない話をし、フィーが私が疲れているからと早々に話を切り上げ、夕食まで自由時間となった。




