コリュ目線
「申し訳ありません!すぐに皆を集めろ!公爵令嬢様をお見送りするのだ!」
父さんの声と共に一斉に召使い達が慌てて動き出し、玄関に集結した。
俺と父さんは、急いで扉の両脇にたち、扉を開け頭を下げる前の、
一瞬。
その、瞬きで十分だった。
スティング様、
姿、
その美しさが、
脳裏に焼き付き、
武者震いが出た。
壮絶な存在があり、まるで選ばれた王者のような風格と、威圧が漂い、鮮烈な存在感。
もともとスティング様は美しい方だが、そんなものではない気高かさに、心が奪われた。
恐ろしい、ではない、自分から跪く魅力と自信に満ちた姿に動悸が止まらなかった。
ゆっくりと階段を降りて行くスティング様の髪が滲むランプの光一足降りる度に揺れ動き、煌めかせる。
そこだけが異彩を放ち、幻想的だった。
それは俺だけではないとわかった。
誰もがスティング様に魅了されたかのように、たとえ後ろ姿であっても、見つめ、動けなかった。
馬車に乗り、闇の中に消えても、微かな音も逃すまいと食い入るように一点を見ていた。
「皆、ご苦労だった」
暫くの静寂の後、父さんの言葉で現に引き戻されたような、残念な気持ちになったのは、やはり俺だけではなかった。
ため息の中幾つものの美しい、と言うに言葉が聞こえ、まだ、余韻に浸りたい気持ちだった。
「コリュ、すこし話をしたい」
父さんが真っ直ぐに見つめ言ってきた。
「あなた、何があったの!?」
「父さん!?」弟のスプラッシュ。
「お父さん、お兄ちゃん!?」妹のエリシ。
3人が俺が父さん返事をする間を縫って、慌てた顔でやってきた。
「爵位返上の前に公爵令嬢様に謝罪を受け入れてもらおうと、無理を承知で来て貰ったのだ。だが、正式に受け入れて貰えなかった。だが、二度と顔を見せない約束をしてくれるなら、相手はしません、と言って下さった」
「その代わり、俺の廃嫡を求めてきた」
「・・・!!」
俺の言葉に、3人の驚愕の顔になったが、何故か楽しくなり笑ってしまった。
「そんな顔しなくても、どうせ爵位返上したら平民だろ。これからクレスと暮らすには逆に丁度いいよ。母さんやスプラッシュやエリシには悪いが、俺にはクレスが一番なんだ。これからの生活を考えると、もっと平民街を知るべきだと思っていた」
あえて貧民街は言わなかった。心配されて止めらるのが目に見えている。
「分かった。お前がそう決めたならそうしなさい」
父さんの合点のいった顔での言葉は、3人の言葉を飲み込ませた。
当主である言葉は、絶対だ。
どのような気持ちがあっても、
何があっても、
逆らう事は許されない。
3人の不安は手に取るようにわかった。何故なら、俺もスティング様に会う前に同じ気持ちだった。
スティング様の言うように、どうにかなる、と自分にも、クレスにも、暗示ををかけ平気な顔をしていた。
だが、いつも誰かに足元を捕まれ、引きずり込まれるような感覚に襲われ必死に気付かないふりをしていた。
分かっていた。
いずれその足枷が少しずつ大きくなり、振りほどけない程に強大になりすべてを覆い、後悔という念を産むことを、
クレスを守れなくなる、
と
分かっていた。
だが、人間という心情はいつも、甘く囁いてくる。
それを振り払う強さを、
人は、
いや、
己自身に持つのは難しい。
誰かがそれを、核心まで問い詰める事はしない。
他人の重荷を、知りたくもない。
関わりたくない。
誰だって自分には、結局甘いんだ。
そうして、そこまで強いて、何になる。
強いて、結局失敗したとき、誰が許す。
己だ。
最終的に許すなら、
適当に考えればいいのでは無いか?
それは家族も同じだ。
ただでさえ、葡萄畑で作ったワインの販売は上手くいかず、借金は増えるばかりの中での爵位返上。平民と近い貴族とはいえ、貴族は貴族だ。
だが、元々の原因は王妃様の手を取った事。
それは、母さんが一番積極的だっただけに、この状況に罪悪感を持ち毎日泣いていたが、誰もが、許しの言葉を言い、結局先の事をうやむやにしている。
だが、その先延ばしにしていた闇が、
スティング様の登場で目前に迫ってきた、と不安になっているのだ。
「大丈夫だ。コリュと一緒に話をした。もし何かあれば、その時はまた考えるが、これから平民となる我々に差程関わりは持ちたくないだろう。見ただろ?あの方は住む世界が違う方だ」
それでも、スティング様との取引を言うべきでない。
静かな、恍惚に似た感情が混じった言葉で父さんは、
扉を見ながら言うと微笑んだ。
誰もが否定しなかった。
母さんでさえも、思い出すように、扉の方を見た。
「綺麗だった。でも、悪い人なんでしょ?だから、僕達、こんな目にあってるんだよ」
「そうだよ。もっとちゃんとした人にならないと、殿下のお嫁さんになれないよ」
2人は母さんの服にしがみつきながら、不安そうに反論してきた。
「そうだな。さあ、もう寝なさい。お前も、子供たちと一緒に寝なさい。ともかく、公爵令嬢様への謝罪はしたのだから、我々は大人しくすればいい。私は少しコリュと話をする」
「父さんの言うように、あの方は雲の上の方だ。こんな低級貴族をいつまでも相手はしないさ。さあ、もう遅いから母さんと寝ろよ」
「・・・分かりました。何かあればすぐに教えて下さね」
「教えてね」
「教えてね」
「勿論だ」
「当たり前だろ」
俺と父さんの言葉に安心し、3人は部屋に戻って行った。
「コリュ、先程の部屋に戻ろうか」
「わかった」




