追放刑と古代の星
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「リュトムス様、父上、──」
「……お前の言いたい事は判っている。皆まで言うな」
頭を垂れ膝を折る俺、ナハト・フリューゲルに、父であるフリューゲル侯爵は難しい顔で首を振った。
父の隣では、リステルンの父親であるリュトムス辺境伯が、これまた複雑な表情で腕組みし立ち尽くしている。二人を中心として両家の家族達は皆、それぞれに含むところのある顔で俺を取り囲み、無言でこの状況を見守っている。
そう、両家の皆が揃っている。此処にいないのは三人。侯爵領で留守を守るフリューゲル侯爵夫人こと俺の母親と、先程気を失って倒れ、別室で休んでいるであろうリステルン、そしてあと一人──。
──リヒト・リュトムス。
俺は親友で在りリステルンの兄でもあるリヒトの顔を思い浮かべ、ギリ、と奥歯を噛み締めた。怒りに震える拳を固く握り溢れそうになる感情を抑えると、ゆっくりと決意のままに頭を上げる。
「父上、辺境伯。──この度の婚約破棄の件、リースには何の咎もありません。全ては俺の責任、俺の我が儘によるものです。罰するなら、俺だけにして貰えませんか」
ふむ、と侯爵が頷き、少しばかりの溜息を漏らす。次いで辺境伯が、顔を上げたままの俺に僅かな動きで言葉の続きを促した。俺は頷きを返すと、再び緊張を押し殺した唇を開く。
「……俺を、──追放刑に処して下さい!」
俺の嘆願を聴いた侯爵と辺境伯は、まるで何かを確認するかのように、どちらともなくお互いの眼を見遣ったのだった。
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隣り合った領地を持つフリューゲル侯爵家とリュトムス辺境伯家は、古来より妖魔からの国土の防衛に関して協力する旨の同盟を結んでいた。それに加えて、現辺境伯と現侯爵は元々古い親友であり、その子供であるナハトやリステルン、そして他の兄弟達も幼馴染として互いの領地を行き来し、さながら本当の兄弟のように育った。
ナハトはリステルンと婚約した段階で、リュトムス家に婿入りすることが決まっていた。そして国境を守る護国騎士団に入り、いずれは次期辺境伯となるリヒト・リュトムスの片腕として活躍するであろうと皆に期待されていた。それ程にナハトの戦いに関するセンスは卓越していて、十八歳という若さで既に妖魔との戦いに於いて目覚ましい戦果を挙げていたからだ。
しかし二人の婚約が破棄されるとなると、それはリュトムス家や護国騎士団、ひいては帝国の損失になるのは火を見るよりも明らかだ。それはナハトも理解していない筈が無かった。
では何故、ナハトはリステルンとの婚約破棄を申し出、更には追放刑を望んだのか。──それは、幼馴染みであり大親友のリヒトが関係しているのは、両家の誰もが想像に難くなかった。
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リュトムス辺境伯が咳払いを一つ、そして改めて俺に立ち上がるよう言葉を掛けた。礼を述べつつ俺が腰を上げると、辺境伯は満足げに頷き、そして侍従から一枚のコインのような物を受け取った。
その大金かと同じくらいの物体は、ギザギザとした縁を持ち、表面には何かの意匠が彫られ、艶を帯びた金属で出来ていた。不思議な動力で動く古代の機械、その強大な力を起動させる為の鍵、それがこの歯車の形をした『古代の星』アルトシュテルンと呼ばれるものだった。
「これが何か、判るかね?」
辺境伯が見せたそれには、翼を持つ馬の姿が彫られていた。茶味を帯びたその【天馬】のアルトシュテルンは、──リヒトの物だ。
「一つ、賭けをせんか、ナハトよ」
「賭け、……ですか」
「なに、簡単なものだ。この『古代の星』が、表か裏かを当てるだけの、な」
辺境伯が口の端に笑みを浮かべ、挑むような試すような視線を投げかけてくる。隣では侯爵が少しだけ呆れ気味の顔で、半歩だけ後方に身を引く。他の家族達も少しだけ、囲んだ輪を広く取った。
「解りました。受けて、立ちます」
「そうこなくてはな」
数歩進み出た辺境伯が歯車を構えた。いざ、と上げられた声に俺が頷くと、ピン、と金貨めいた古代の星は真っ直ぐに上に弾き上げられ、証明の炎を受けてきらきらと、あたかも本物の星の如く煌めいた。
一瞬の後に落ちてきた歯車を辺境伯が、ぱしり、と小気味良い音を立て、大きな手のひらで覆い隠す。そしてニヤリ笑むと、重ねたままの両手を眼の高さまで持ち上げた。
「さあナハトよ、決めるのだ! 表か、裏か!」
歌うような声が決断を迫る。
「選べ、──運命を!」
周囲から固唾をのむ音が聞こえる。
楽し気な、義理の父となる予定だった壮年の高らかな声に、俺はニヤリ挑戦的な笑みを返した。
──あれがリヒトの【天馬】なら、答えは最初から俺の中で決まっている。そう、俺達は光と影の表裏一体。いつだってそれは変わらなかった。俺が裏ならあいつは表、親友となったその時からいつだって同じ。
だから堂々と、宣言する。
「表だ!」
辺境伯の相貌が崩れた。開いた手の上には、翼持つ馬の図柄。
「見事!」
周囲からわっと喝采が上がる。辺境伯はピンと歯車を弾き、俺はそれを落とさぬよう空中で掴み取った。熱の移った歯車はまだ温かく、俺はそれを手のひらの上で眺め遣る。
「リヒトのアルトシュテルン、【天馬】。使い方は解るな? 持って行け、役に立つ筈だ」
「──どうして」
俺の呟きに、今度は父である侯爵が口を開く。
「最初に言っただろう、お前の言いたいことは解っていると」
「しかし、罰は、追放は──」
「そうだな、いくら辺境伯領内での采配は帝國の法規にあまり囚われないとは言え、正当な理由無き契約の破棄には流石に罰が必要だろう」
ニヤリと皮肉めいた笑みを浮かべた侯爵は、一度辺境伯と眼で会話すると、再び俺に向き直った。
「──ナハト・フリューゲルに刑を言い渡す」
再び膝を折った俺は、はい、と静かに頭を垂れる。最初から覚悟の上での行動だった。だが──。
「この者、追放刑に処す。期限は無し、……帰国した時点で刑期終了とする!」
「──っ!?」
がばり、と驚きに顔を上げると同時、皆が一斉に歓声を上げた。意味を分かりかねてしばし呆然と固まる俺を、駆け寄った兄弟達が助け起こした。
「これは、……どういう……」
まだ釈然としない俺の肩を、侯爵家長男であるところのアイン兄様が乱暴に抱いて揺さぶった。
「何を言ってるんだナハト、お前、バレてないとでも思ってたのか? みーんな知ってるんだよ。気付いてないのはリースだけ」
「……は?」
我ながら間抜けな声だとは思う。思うが、そんな事に構っている余裕は無かった。……皆、知っている、だと?
「ナハト兄様がリヒト兄様の為に、自ら追放刑を受けると言い出すのは、様子を見ていれば誰にでも解ったのです。リース姉様だけはあの通り天然ですから、まあ、全く気付かなかったみたいですけど……」
少しすまなそうな顔でそう語るのは、リュトムス言えの次男のフェルズだ。隣に立つ三男のマオアも激しく頷いている。
そして侯爵家の長女、俺の姉であるドンナがおもむろに俺の肩を、ドン! と叩いた。
「しっかりしなさい、ナハト。……何故ナハトの考えていた事が解ったか、それは私達皆が同じ思いだったからよ。……ただ、それを実行に移せる立場と力を持つのが、貴方だったのよ。そういう事よ、だから」
言葉を切り、ドンナ姉が俺の顔を正面からじっと見上げた。彼女は来月、遠くの地へ嫁入りの為に旅立つ。心残りと僅かな哀しみが、その翡翠色の透いた瞳に浮かんでは消えるのが見え、俺は静かにドンナの華奢な手を取った。
「リヒトの未来を、──お願いね」
彼女はそう告げると、溢れそうになる涙を堪え、そっと眼を閉じる。わかった、と小さく囁き、俺は静かに姉の震える身体を抱き締めた。俺が思っていたよりもその肩はずっと細く、その身は小さかった。
「……このままリース姉様には知らせないつもり?」
今度は妹である次女のレーツェルが小首を傾げながら俺に問い掛けた。両家の中で一番の変わり者である妹は、ドレスではなく地味な騎士服を着込み、幾つもレンズの付いた奇妙な片眼鏡を掛けている。隣には、先程俺の後ろに控えていた紫のドレスの少女が静かに皆の様子を眺めていた。
「危険な旅になる。リースを巻き込みたくない」
「優しいね、兄様。でも、リース姉様自身がそう望んでいるとは限らないよ」
「だとしても、だ」
「……そう」
レーツェルは呆れたように鼻で笑い、そのままそっぽを向いた。……何と言われようと、リースを巻き込むつもりは俺には無かった。その為の婚約破棄でもあったのだ。気付いていないなら気付かないまま、俺が消えればいい。それだけのことだ。
俺は溜息を一つ吐くと、父上と辺境伯に歩み寄った。出立の時刻や騎士団の役職の引き継ぎなど、幾つかの報告と相談があったからだ。
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両家の者たちは皆、俺のことについてそれぞれ話に花を咲かせていた。控える使用人らも砕けた雰囲気の中、好奇心を満たそうと仲良い者で囁き合っている。
──そんな中、使用人が一人そっと部屋を抜け出したからと言って、誰が気付こうか。
静かに広間の扉を閉め、廊下を急ぐ使用人。壁の明かりに照らされてその影は、どこか歪つにゆらゆらと揺らめいていたのだった。
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兄弟、多いです。
辺境伯家は、長男リヒト>長女リステルン>次男>三男>次女、
侯爵言えは、長男>長女>次男ナハト>次女>三男、
という感じです。
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