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8話 「薄い本で本領発揮する」

 たぶん、アイクはやり手の営業職だ。

 彼の率いる冒険者チームへの勧誘が、妙に上手い。日本の鍛え抜かれたサラリーマンのようだ。

 俺がのらりくらりとかわそうとすると、それっぽい理由をやんわりと潰してくる。

 例えば、俺は自由気ままな旅がしたいと言ったとする。


「僕たちもそうさ。でも、キミはあまり地理には詳しくなさそうだ。その点僕らは詳しい。このあたりなら一緒に旅ができる。やぁ、仲良くできそうじゃないか」


 などと食い気味に答えてきたり、自分の中の旅ルールがあるんだと言えば、


「もちろん、最初はキミのルールにあわせるさ。僕たちもキミのことが知りたいからね。そのうちに、僕たちのやり方も少しだけ試してくれたら良い。合わなければそれでいいさ。新しい旅の仕方を知ることも、旅の醍醐味のひとつだと思うし、お互いに良い経験になると思うんだ」


 と、まとめる方向に持っていかれそうになる。しかもノータイムだ。

 俺がどんな理由をでっちあげても、それとなくチームで行動すればメリットが有ることを匂わせ、アイクはにこにこ顔でゆっくり距離を詰めてくる。

 一見フレンドリーだ。しかしそれは肉食獣が忍び足で迫ってきたのに等しい。


 ……くう、ダメだ。これは日本人的なそれとなく無理を伝える技術が役に立たない。察してもらって相手を下がらせるテクニックでは、アイクはひるまない。


「……それにほら、知らない人についていっちゃだめだって、言われてるし」

「おもしろいことを言うね。誰だって最初は知らない人さ。母親以外はね。出会いはいつだって知らないことだらけ、でもそこから知らない景色が見えるから、旅人になんてなったんだろう? なら、僕たちのことも知って欲しい」


 伝家の宝刀、知らない人も通じないと悟り、俺は白旗を上げた。


「……考えさせてくれ」

「ぜひ、前向きに検討してほしい。きっとこれはキミの価値観を広げる良いチャンスだと思うんだ。キミの考え方は斬新だし、僕たちもキミに興味がある。お互いにとって利益になるはずさ」


 アイクのにっこり笑顔で、背後に花が咲いたように錯覚した。爽やかスマイルだ。うわ、なんだ。イケメンだからか。ちくしょう。

 人畜無害そうな顔をしてるが、俺には分かる。

 こいつは薄い本で本領発揮する。


 脱線したが、このようなやり取りの果て、俺はさきほどのような感想を抱いたのだ。

 きっとやり手の営業職は、はっきり「ノー!」と言わないとどんどんメリットを主張してぐいぐいアピールして、最終的にこっちに興味を抱かせるんだ。しかも妙にこっちを気分良くさせるのが上手いんだ。

 話をしたら負けだ。

 俺はそう思った。

 アイクはいつ頃なら結論が出るかと聞いてきたので、俺は深く考えずに明日、と答えた。それまでにお断りの文句を考えておこう。


「なら、この後は暇かい? どうだろう、一緒に食事でも……」

「ああ、悪いけど、もう俺は食べたんだ。そこのケティと一緒にな」

「そうか。それは残念。では、また明日会おう」


 ちなみに、さり気なく会いに行っていいかと言われたので、俺は丁重にお断りした。

 その代わりにもう一度明日ここに来ることを約束し、アイクと別れた。

 それにしても……冒険者の誘い、ねぇ……。

 全力で断ってみたけど。


「別に、興味ないわけじゃないんだよなぁ」


 ただ、危ない気がする。

 だって魔物とかと戦うんだろ? 鋭い牙とか、剣みたいな爪とか、そういうのと戦うんだろ? おっかないね。

 その上で、貰えるものはお金だけ。お金なんて……ほしいけど。

 そうだ、グレゴリウスにお小遣いもらわないと。食べ物はもういらないけど、気になった魔道具があったんだ。獣払いの笛って魔法具で、魔力を流すと小さな音色でずっとひゅるひゅると綺麗な音が鳴り続けるんだ。これがいい味出してる。

 寝る時にかけたいBGM。

 それから、グレゴリウスが許してくれるなら、あんな祭壇みたいな場所じゃなくて布団で眠りたい。それも相談しないと。せっかくの機会なんだから、寝具にはこだわってみたい。どうだろう、一見祭壇に見えるベッドと言うのは。

 大勢の人に見られると気になって眠れないかもしれないから、そうだ、簾みたいにワンクッション挟もう。昔の日本の偉い人とか、素顔見れないじゃないか。あれだ。

 いつの間にか日が傾きかけていたので、俺は神殿へ戻ることにした。


 帰り道を忘れかけていたので、思い出しながら道を行く。

 神殿に着くと、そこには入り口の兵士の横でなにかを探すようにあたりを見回すグレゴリウスがいた。

 誰かを探してるようだ。客人でもいるのだろうか。

 不意にグレゴリウスと目が合うと、彼は獲物を見つけたかのように目を剥くと、こちらに早足で近付いてきた。う、牛の突進を思い出したなんて言えない。


「イディア様、ご無事でしたか」

「うん、それなりに楽し……めたぞ……」


 いかん、言葉使いが、ちょっと軽くなりそうだった。そうだ、彼らの前ではちょっとお硬い感じで行こうとしてた……のだけど、やっぱ堅苦しいなぁ。

 神殿の中に向かい、俺が目覚めた大聖殿に入る。

 グレゴリウスがちらちらとみてくるので、俺は体の大きさを子供に戻した。髪も白に変えて、元通りにする。すると、グレゴリウスの方から少し力が抜けた。

 見慣れた姿だからか、この姿が一番落ち着くのかもしれない。


「グレゴリウス……卿」

「はっ」

「……今日は魔導研究所の露店を見て回った」

「さようでございますか」

「……これを知っているか?」

「キリクの実、ですね」

「貰ったんだ。使ってみたい」

「は? あ、いえ……で、でしたら、何か用意させましょう」


 グレゴリウスは深く頭を下げると、近くにいた兵士を呼び、何かを告げた。兵士は頷くと、どこかへ走り去る。

 仕事増やしてすまん。

 キリクの実を手の中で弄びつつ、俺は祭壇に登る。流れでここにいるけど、俺ってもしかしてこの場所がデフォなの? でもグレゴリウスもめっちゃ安心した様子だし、ここに居て欲しいのか?


 あ、ベッドもついでに提案してみよう。


「グレゴリウス卿……頼みがあるのだが……」

「はっ、なんなりと」

「実は、ベッドが欲しいのだ」

「…………ベッド、ですか?」

「寝具だ。知らないか?」

「い、いえ、勿論存じております。そ、それはこちらに運ばせよ、ということでしょうか?」

「その通りだ。難しいか? お……私が別の部屋に行っても構わんのだが」

「相談してまいります……少々、お待ちを」


 グレゴリウスはそそくさと扉から出ていった。ベッドを運び込むのってやっぱり難しいのかな……なんなら俺が作っても良いのだけれど。

 こう、錬金術的に。

 グレゴリウスが出ていくと、でかい大神殿の中には誰もいなくなってしまう。扉の外には警備の兵士がいるのだろうが、どうもこんな広い場所にひとりというのは寂しいものがあった。


 こんな場所に、あと一ヶ月。


 冒険者、なっちゃおうかなぁ……。

次回、主人公以外の視点になります。

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