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11話 「金の匂いがしただけさ」

「わっ、わわっ」

「おう、にいちゃん。こんなところでぼーっとしてると危ないぜ」

「す、すみません」


 反射的に謝罪して、俺は扉から一歩横にずれる。その横を、二メートル近くあるスキンヘッドの大男がのっそりと扉をくぐり、俺をちらりと一瞥したあとに奥へ向かっていった。その背中には目を疑うような大剣が担がれていた。大剣の長さが男とほとんど同じだ。

 持ち歩くことすら信じられない。あんなの振り回せるのか疑問だが、大男はむきむきマッチョマンの変態だ。あれならなんでも出来るのだろう。位置エネルギーの時点で強そうだし。


 見た目よりも広い冒険者組合の内装は、銀行によく似ている。入ってすぐ右側に依頼の張り出された巨大なボードがあり、正面から左側に向かってカウンターになっていて、何人もの職員が冒険者たちの対応をしている。

 先程の大男はまっすぐにカウンターに向かい、腰にくくりつけていた袋から鮮やかな緑色に輝く鱗を数枚取り出した。

 なんじゃそりゃ。

 とっさに神の知識を使う――あれは『フォレストバジリスクの硬鱗』というらしい。関連情報をするする思い出す。

 バジリスクは本来砂漠に生息する大型のトカゲに似た魔物だ。触れると瞬時に硬化する粘液を吐き出してくる魔物で、それを浴びると固まってしまい、動けなくなるらしい。バジリスクはそうして獲物を捕獲するそうだ。また砂の中を高速で移動する固有魔法を持っており、突然足元から飛び出してくるらしい。察知が極めて難しく、ベテラン冒険者も奇襲で全滅する恐れがある。かなりの難敵だ。

 バジリスクの鱗は自らの粘液で固まらないように特殊な成分で覆われており、そのなかでも特に硬度の高い首周りの鱗は、素材として高い価値が在るという。

 フォレストバジリスクはそのまま森のなかに出現するバジリスクの亜種で、砂漠にいるものよりもかなり小さく、地面を潜行する固有魔王はもっておらず、危険度はかなり下がる。だが木々や草に隠れ、奇襲されることが多いため油断はできない。コモドドラゴンとカメレオンをかけ合わせたような見た目だな。

 バジリスクの鱗を加工した防具があれば、討伐の危険はほとんどない。しかし対策をしていない状態だと非常に危険な魔物だそうだ。


 おお。つまりあの大男はそれなりの冒険者ということなのか。見掛け倒しじゃないんだな。スキンヘッドの大男なんて小説とか映画だと意外に弱っちい、みたいなカマセ感あるけど、やるじゃないか。


 感心しながら、俺はしばらくあたりを見回していた。冒険者たちがカウンターに出していく魔物素材は興味があったが、意外にも同じ素材を提出していることが多いことに気づく。いや、バジリスクの鱗じゃなくて、「クラブラットの髭」とか「雷鳥の羽根」みたいな昨日見たものが多いのだ。薬草もまれに提出されているが、ほとんどはこの近郊に出現する魔物の素材みたいだ。


 俺は依頼の張り出されたボードに近づく。

 郊外にある畑を魔物から守ってほしいとか、どこそこのある素材を持ってきてほしいとか、それっぽい仕事がたくさん張り出されている。

 けど、しばらく見ていたけどあまり誰も手を出さないみたいだ。報酬が低いのだろうか。


『家畜を襲う魔物を撃退してほしい――銀貨2枚』


 お、あれとか良さげな依頼じゃないのかい? 一般市民の生活は銀貨3枚でいいのだろ? 銀貨二枚なら月二回それっぽい依頼受ければ終わりじゃないか。

 だが、よく見てみるとほかの依頼の報酬も似たような金額だ。何故みんな受けないのだろう。

 気になった俺は、隣で難しい顔をしている若い冒険者に訊いてみた。


「なぁ、訊いてもいいか?」

「……ん? お前、新人か? ……いや、プレートもつけてねぇじゃねぇか。冒険者でもない癖に、なんでこんなところにいるんだ」


 逆に質問されました。まぁ、気になるよな。

 ……うーん。どうしよっかな……。よし、思いついた。


「俺も依頼を出そうかと思ったんだよ。でも受けてもらえないんじゃ困るから、あのへんの依頼が残ってる理由を聞きたいんだ」

「ああ、そういうことか」


 若い冒険者の男は納得してくれたようだ。快く教えてくれた。


「依頼する側はあまり知らないだろうが、俺達はひとつ仕事するごとに装備の手入れやらポーションの準備やらで、結構金を使ってるんだ。普通のポーションですら銀貨一枚はする。もし剣が刃毀れを起こしたら、鍛冶屋に頼んでまた銀貨一枚……へたすりゃ三枚ってな具合でな。そうなると、銀貨数枚の依頼だと赤字になる場合もある。当然、俺達はもっと実りのいい依頼を探すようになるのさ。だから正直、いま出てる依頼は駆け出し冒険者がやるような依頼ばかりだ。……悪く思うなよ」

「いや、そんな理由があるならしょうがないさ。ちなみに、だいたいいくらぐらい準備とかに使うんだ?」

「依頼による、としか言えないが……少なければほとんど金がかからないこともあるし、多い時は依頼料を軽く超えることもある。まぁ、そんときゃ最悪死ななくてよかった、って状況だがな」

「危ないんだな」

「当たり前だ。命をかけてるからな。魔物の討伐なら少なくても銀貨7枚は欲しいってのが、正直なところだぜ」

「参考になった。ありがとう」

「いいってことよ。……ところで、どんな依頼なんだ? 内容によっては俺が受けてやらんこともないぞ」


 あー、そうくるか。

 俺は少し悩んだ。嘘だから当然、そんな依頼なんてない。

 仕方ない、少々言い出しにくいが、残念依頼ってことにしよう。


「すまんな、魔物の討伐依頼なんだが、用意できるのが……銀貨三枚なんだよ」

「おいおい。そりゃ……悪いが、誰も受けてくれねぇぞ」

「みたいだな。今回は諦めるよ」

「一応、依頼を出しておけば魔物素材を欲しがる奴が受けてくれるかも知れないぞ。まぁ、滅多にないんだけどな」

「あんた、親切だな。色々教えてくれてありがとな」

「へッ……金の匂いがしただけさ」


 気恥ずかしそうに若い冒険者は頬を掻くと、じゃあな、と言って去ってしまった。カッコイイな、金の匂いがしただけさ。……俺も今度使おう。

 彼が冒険者組合の外に出ていくのを見送り、俺は再度依頼の報酬を眺めていく。

 なるほど、確かに銀貨4枚に満たない依頼ばかりだ。

 それにしても、冒険者はかなりシビアな職業なんだな。内実を知って驚いたというほかない。銀貨3枚で生活するのはあくまで安全な国で暮らす一般市民の話で、どうやら冒険者はもっと高額になりそうだ。出入り激しいと生活も安定しなくて大変だ。

 冒険者も楽しいだけじゃないんだなぁ。

 なんだか現実を見てしまった気分だ。

 俺は冒険者ギルドを出た。


 時間はまだ昼前だが、俺は飯を食うこともない。

 予定もほかにないため、俺は今度こそ魔導研究所に向かうことにした。

すいません、ちょっと忙しくて遅れました。

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