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丑ノ刻ノ幽鬼


 空気が、変わったーーーー。

 まさにそう表現するほかにないほどの、覇気と威圧感。ただそこにいるだけで骨の髄、筋肉の繊維、御魂の根本に至るまでが、震えあがり、慄き叫ぶ。


 今までとは比べ物にならないほど、今までのそれが乳飲み子の夜泣きに感じられるほどのあり得ないまでの威圧感、否恐怖感。


 肩で揃えられた薄桃色の髪、斜め掛けの般若面、乱れたように着崩した木賊色の着物。その左半身には黒鯉(こくり)の刻まれた刺青が彫られ、左手に握られた薙刀が、鈍く光る。


 この恐怖感を与えているのが、橋の上にいる彼女だとは思えぬほど、見目麗しくそこにあった。


 「夜だというのに、随分と騒がしいのね。静かなのは水面だけかしら。」


 玲瓏の声音。水晶でできた鈴を鳴らしたかのような音が、辺りに響いた。


 「いきなり出てきて随分と洒落た挨拶しやがるなあんた。」


 「あら?お嫌いかしら?」


 「いや、退屈はしない。」


 「そう、それは良かったわ。それで、私に何か用でも?」

 

 思いのほか、柔らかく女は問いかける。


 「今の今まではさしてなかったんだがな、たった今できた。」


 手を得物に当てて、それぞれ臨戦態勢に入る。今目の前にいるのはまさしくかの妖狐や魔女と同じ世界の敵。自分たちが倒すべき定めにある存在。

 

 響の言葉や、その動きですべてを察し、の女の頬が緩むのが見えた。


 「そう、ならご挨拶しなくちゃいけないわね。ようこそ、我が名は向津姫むかつひめ天疎向津姫あまさがるむかつひめ。」


 「撞賢木厳之御魂(つきさかきいつのみたま)天疎向津媛命あまさがるむかつひめのみこと・・・、天照の荒魂か!」


 「ってことは・・・神様!?」


 「違うわ。私はれっきとした人間よ。といってももう昔のことだけれども。」


 神ではない、そう自分から否定する。そうだ、そうでなくてはならない。世界の敵は必ず人でなければならない。人に巣くう妖、悪霊となった天皇、人に堕ちた天使。そして魔を操る悪女。

 人から神になった存在ならともかく、生まれながらの神、しかも主神クラスの荒魂がそのまま世界の敵となるはずがないということなのだ。つまり、何かある。



 「関連ある何かか・・・向津媛って言ったらその身に下した神功皇后か・・・・いや、それなら最初からそう答えるはず・・・ほかに関連するって言ったら。」


 「おんなじ神様やけど瀬織津姫、確か同一視されとりました。」


 「瀬織津姫・・・鈴鹿権現、いやこっちじゃなくておそらく・・・」


 「橋姫、のほうやねぇ。」


 橋姫、瀬織津姫、ともに京都宇治に構える橋姫神社に祭られている諸尊である。守護神である橋姫と祓戸四神たる瀬織津姫。この二柱を同一視することもあり、この場合二人が示しているのは鬼女伝説の宇治の橋姫であろう。


 丑の刻参の代名詞。嫉妬にかられ、貴船のに七日間籠り、高龗神に鬼に変えてもらった鬼女。やがて渡辺綱に退治されれる嫉妬の鬼こそが、目の前の女。


 「存外博識なのね。正解よ、多分、私のことをそう呼ぶ人の方が多いんじゃないかしら。」


 「なるほどな、橋姫は固有名詞じゃないから、向津媛って名乗ったわけか。(いや、そしたらなんでわざわざ撞賢木厳之御魂天疎向津媛命なんて橋姫から遠いところを選んだんだ?普通にそのまま瀬織津姫でいいはずだろうに・・・なぜ。向津媛、天照の荒魂・・・橋姫、高龗神、渡辺綱、退治・・・確か嵯峨天皇の・・・!!!!)」

 

 「どうかしましたんですの?急に考え込んだと思ったら驚いたような顔をして。」


「あぁ、なるほど、だからあえて天照の荒魂である撞賢木厳之御魂天疎向津媛命を名乗ったのか。」


 「ど、どういうこと?」


 「うむ、まぁこっからはただの仮説に過ぎないが・・・橋姫伝説っていうのは、女が恨みと呪いによって鬼になる伝承なんかじゃない。」


 「はぁ?」


 「橋姫伝説、その本意は日照りによる飢饉を鎮めるための人身御供だ。」


 響の言葉に反応したのは辿のみ、他のものは、そも橋姫がなんであるかを知識として持ち合わせていないらしい。だから必然として響の言葉に応じれるのは辿だけなのだが、その彼女も何やら思い当たるような何かがあるらしい。


 「・・・荒魂いうんは神の荒々しい側面。勇気や猛きさの象徴であるんとともに、飢饉や病魔のような災いでもある。そして、天照は太陽神、つまりその荒魂の側面いうんわ・・・。」


 「日照り、干ばつ・・・ですか。」


 「イグザクトリー。」


 「いや、でも平安の飢饉言うたら養和の大飢饉、伝承の嵯峨天皇の時代から300年近く後やないですの。」

 

 「そんなこと言ったら渡辺綱が生きてたのだって二百年近く後だろうが。そもそも俺が言ってるのは養和の大飢饉のことじゃねぇし。ヒントは藤原冬嗣。」


 「・・・・・・!?譲位んときの!」


 「しょゆこと。」


 「やべぇ、何言ってんのかさっぱりわかんねぇ。」


 ここまできて置いてけぼりを食らっている残りの面子がようやく口を開ける。まぁ、知識不足なだけじゃなく、理解しようとすること自体を放棄しているのでついていけないこと自体自業自得なのだが。

 

 「というかそもそも橋姫がわからないし、藤原冬嗣って誰?」


 「・・・冬嗣はかなり有名な方だと思いますよ。」


 「え?そうなの?」


 「教科書に載るくらいには有名じゃないか?私も触れた程度だけど覚えてるし。」


 「え、あそういわれるとそんな名前あったような・・・。」


 「いや、冬嗣の人物像はどうでもいいんだが、それよか重要なのは嵯峨天皇のほうだ。時期は823年、この年嵯峨天皇は淳和天皇に譲位して太上天皇になり実子の正良親王、後の仁明天皇だな、そいつを皇太子にした。」


 「はぁ。」


 よくわかっていないのか、生返事が返ってくる。


 「んでだ、実はこれかなり問題でな、既に平城上皇がいて上皇二人抱えるとかいう財政的にちときつい状況だったわけだ。そしてそれを七年間続いた凶作の最中に行ったわけだからな、腹心だった右大臣藤原冬嗣も反対したんだが押しのけて譲位。まぁその翌年には飢饉は去ったんだが・・・。」


 『・・・・・・飢饉を抑えるための人身御供?』


 「そう仮定できるくらいにはタイミングがあってんだよな。そして橋姫が鬼と化した貴船は・・・・・・」


 「ちょっと待ってくれ。そもそもの大前提として橋姫の伝承ってやつを知らないんだが。」


 「あ゛?はぁ、しゃぁねぇ、かったるいが教養ゴミカス以下のお前らに教えを乞うてやろうじゃねぇか。」


 「いや嫌味言われんのはいつものことだが雑に酷いな今回。」


 まぁ、地方の伝承レベルならいざ知らず、怪異譚としてはそれなりの、そして、丑の刻参りという、日本においておそらく呪いとして最高の知名度を誇る呪法の大元でもあるのだ、教養不足と罵られても無理はないだろう。


 「橋姫ってのは、鬼女、女神の両面がある。水神信仰として男女の神を橋の両端に祀った守護神として。もう一つは古くは古今和歌集、そして怪異として詳細に描かれたのが平家物語。原文は『嵯峨天皇の御宇に、或る公卿の娘、余りに嫉妬深うして、貴船の社に詣・・・・・・」


 「待て、お前原文そのままで説明する気じゃないだろうな!?」


 「なんだよ悪いか?」


 「わかるかってんだ!?」


 「はぁ?オメェ高校生だろうが。細かくは無理でも大意ぐらい理解しろよ能無し。」


 「めんどくさがってるだけだろ絶対。」


 「まぁそうなんだが、しゃぁねぇ。出典は平家物語の異本、時は嵯峨天皇の時代。とある公卿・・・まぁ右大臣クラスの貴族だな、その娘が恋路の果てに深い嫉妬に駆られ、貴船神社に七晩篭り、貴船の神に己が身を生きながらに鬼へと化えて憎き女を殺させろと願った。まぁこれが丑の刻参りのもとだな。んで、貴船の明神様は『鬼となりたくば姿を変え、21日宇治川に浸れ。』的なことを言ったそうだ。そうして娘はその身を朱と丹で赤く染め、髪を五つに結って角に見立て、三本の松明を付けた鉄輪(かなわ)を頭に飾り、ついでに両端に火のついた松明を咥えて宇治川に御告げ通り21日間身を浸して生きながらに鬼と化したわけだ。んで後はまぁ色々と殺しまくって、一条戻橋の上で渡辺綱に腕切られて退治されたって話だな。ちなみに綱の時代と嵯峨天皇の時代は約二百年ほど差があるんだが、まぁ所詮は御伽草子だしんなこともあらぁな。」

 

 「はぁ、まぁ理解はしたけど、最後駆け足じゃねなんか。」


 「綱の下りは今は関係ないからな。んで・・・あぁ、貴船のとこか。貴船の神は高龗神、日本神話では最高位クラスの水神だ。干魃において祈る神としてはこれ以上にいない。まして、天照の荒御魂クラスを鎮めるとなれば、な。」


 「いやそういうのって普通干魃起こしてる方に捧げるものなんじゃないのか?」


 「ん、いやそういやそうだな。・・・ふむ、じゃぁこうか、貴船の神が贄を捧げよといったか、もしくは鎮めてもらうため、いや見立てて鎮めさせた、ありえはするな。」


 「ともかく、その儀式で贄として選ばれたのが・・・。」


 「橋姫、というかこの一連の話を形を変えて伝えたのが橋姫伝承の由来、てところだ。人と神を繋ぐ(はし)故にその名なんかね。」


 「なんでわざ・・・あぁ、天皇が行ったてなったら不味いのか。」


 「しょゆこと。ま、綱が出てきたり二百年の差があったりしたのはよくわからんがな。適当に茨木童子あたりとくっつけたか。」


 「ガバガバじゃねぇか。」


 「知るか、俺は学者じゃねぇんだよ。で?あってんのか?割とこじつけクセェけど。」


 「さぁ?貴方たちのところはそうなのかもしれないわね。あいにくだけど、私は違うし、そっちの私に聞いてちょうだいな。」


 違う、と否定はされたがそれはこちらでの話。元いた世界では、響の仮説は正しい。正しく橋姫伝説とは、干魃を治めるために朝廷が、一人の少女を天照の荒御魂として見立て、貴船の地にて贄として捧げた行為を湾曲して伝えたものである。

 あるいは、その少女の怨念が鬼と化したのかもしれないが、少なくとも、嫉妬の鬼という怪異は存在しないのだ。


 「じゃぁ、お前は一体何者なんだ。」


 「さぁ?私自身もよくわかってないの。一体いつから人でなくなったのか。はたまた、未だに人の身であるのか。」


 「嘘つけ、そりゃちゃんと自覚してる奴の顔だ。まぁ、大方の想像はついたよ。」


 よくわからない、と口にした橋姫の憂いを帯びた表情から何かを読み取ったのか、響が投げかける。


 「先ほどみたいに、言葉にはしないのかしら、随分と謎解きがお好きみたいだけど。」


 「は?口にするようなことじゃねぇだろ。」


 「・・・・・・!あぁ、貴方、私と同じ・・・。」


 何が同じであるのか、それがわかるのは当事者たる二人だけ。いや、その二人に関しても言葉にして交わしていない故確証はない。しかし、確証はなくとも確信はできると、同境遇たる二人にはわかったのだ。あぁ、こいつも同じなのかと。


 「さぁ、好きに捉えてくれて構わないぜ。言葉にする気はあましないからな。んで、お前さんはなんで敵認定受けてんだ?皆殺しにでもしたのか?」



 「さぁ?三百年ほどの差があったから違うんじゃないかしら。あの時も、力がどうのこうのと言っていたもの。結局ほぼ皆殺しにしちゃったからわからないけれどもあ、でも生き残った中にいたあの頭領らしき男、あれは少しだけ骨があって楽しかったわね。」


 橋姫が言い放った言葉に、驚愕の声をあげる。


 「敵の頭領・・・は?お前まさか、勝ったのか!?最高神に!?」


 「えぇ、といっても一方的に痛めつけただけだし、そも随分と昔のことだから今はどうかは知らないけど。」


 過去とはいえ、目の前の女は響達の最終目標たる人物を軽くねじ伏せたというのだ。さもいとも簡単に、骨があった程度の感想で。


 「はぁ、じゃぁなんだ。お前は単純な力だけで世界の敵認定受けたってことか。」


 「違うわ、もともとその肩書きは私含めて三人に対して向けられたものよ。狐や羽付き達は後から入ってきただけ。」


 まるで、妲己達を有象無象かの如く扱う発言。だがしかし、それが誠の真実であり、それだけの力が橋姫という存在にはあるのだ。


 「・・・なんでんな奴がんなとこいんだよ。さっさと天下でもとりゃいいだろ。」


 「あいにくだけど私、そんなものに興味はないの。」


 「ま、それについちゃ同感だが・・・・・、ならテメェは何がしてぇんだよ。お前が生きる意味になる程のことがあるとは思えねぇが。」


 「・・・待人、かつて許したあの人、じゃダメなのかしら?」


 「は?輪廻転生の果てにまた巡り会いましょうてか?んなことしたってそいつは姿形もちがけりゃ記憶すらねぇ。もはや他人同然だぞ。」

 

 「そうでしょうね。でも、姿は違えどいつか私の前に、同じ記憶を持ったあの人があらわれるかもしれない。」


 「はぁ!?オメェそれがどんだけ馬鹿げた確率だかわかってんのか!?いや、俺はそこの詳しいところはわからんが、少なくとも天文学クラスなのは間違いないだろ!?」


 「えぇ貴方のいう通り、同じ記憶を持って、幾星霜の中私とまた巡り会うなんて奇跡、きっと途方もない話なのでしょう。けれど、それでも待ちたいと思うのはおかしいかしら?その一塁の幻想を、かつて抱いた気持ちを幾星霜の果てまでも。そうしていたいと思えるのは、ダメなのかしら?」



 また貴方に巡り会うまで、私は生きていきましょうと。巡り会う運命を信じて、今もこの日を生きてゆこうと。

 それは()し姫の名に相応しい、思いであり理由だった。


 「・・・・・・あぁくそ、本格的に何枚も上手だよこのヤロー。」


 何を思ったのか、響の口から、小さくそんな言葉が溢れる。


 「?まぁ、それもそうだけれどそれに約束もあるわよ?」


 「約束だぁ?その男とか?」


 「いいえ、私の、私のただ一人の親友との、小さな約束。それを果たすのも、大切な意味よ。」


 そういうと彼女は、なつかしそうな笑みを見せる。想い人に見せる恋慕(あいじょう)とは別の愛情(かんじょう)


 響達もそれを感じ取る。しかし、それに絆されるほど間抜けでもないし、橋姫自身そんなことを狙ってもいない。故、自分たちの目的を果たすために獲物を振るう。


 「・・・そうか。だがそりゃ俺らからすりゃ関係のないことだ。俺らの目的は一つ、お前をぶっ殺してその力使わせてもらうぞ。」


 「ふふ、えぇじゃぁそろそろお相手いたしましょうか。もっとも、その程度で相手になるかは疑問だけれど。」


 静かに、その火蓋は落とされた。

 だが、彼らは思い知らされることになる。正しく、最強のその二文字の意味を。


 さぁ、少年よ不倶戴天の名の下に膝をつけ。






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 あな麗しき傾国の君 妲己

 縁魔、不条理なる禍殃故に 崇徳院

 堕ちた天上の赤き徒花 ウリエル

 嗤う悪虐の魔女 マンテウッチァ・ディ・フランチェスコ

 丑ノ刻ノ幽鬼 橋姫

 世□を汚□□愚者 ユ◯◯

 死□調□を□□□世 ◯◯ヴォ◯・ラー◯◯ー

 人殺□□□め□34□ H・◯・ホ◯ム◯

 □□□る□斧 ◯◯シュ◯◯マ

 廃□る鈍□□録 ◯◯の◯◯

 □初□□ち□久□□辜 カ◯◯

 悪王 ザッハーク

 □□□□□□□□□ ◯◯◯◯

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