彼岸の花。
深い森の中、一人の少女が木々をかき分け、走り抜けていた。
俗に言うゴシックロリータ風の黒いドレスを病的なまでに白い肌に纏い、足元にはロングブーツ、腕は黒のレースロンググローブに包まれている。
そのピンクの髪をサイドロールにし、小さなシルクハットをのせている。
金色の瞳に長く反った睫毛、スラッと伸びた鼻のしたには赤く鮮やかな唇、それはすべてを魅了するほどの美しさがあるものの、左目の眼帯が異様なまでの妖しさを醸し出している。いや、それも彼女の魅力か。妖艶という言葉はまるでこの少女のためにあるようだった。
森の中には到底似つかわしくない格好をした彼女の名はリコリス・メルセデス。齢は17の娘である。
「全く、さっきからしつこいですわねぇ。粘着質な男は嫌われますわよ?『悲しき子』『怒れる子』‼」
リコリスが振り向き様に放ったその言葉と共に彼女の背後から二体の人形が飛び出す。
共に糸すらついていないのに、軽快な、そしてしなやかな動きで、目標ーー先程からリコリスを追いかけている5匹の赤猿に遅いかかかっていった。
二体は共に、自身の得物である巨大な裁ち鋏と出刃包丁で赤猿たちを次々と切り裂いていく。
運がいいことに、リコリスが行き止まりの崖下へとたどり着く前に倒しきることに成功した。
走ってきた疲労から、崖に背をもたれ、口に小瓶に入った黄金の液体を流し込む。
そうしていると、森の中から初老の男が一人、先程と同じ赤猿を連れて出てきた。
格好は協会の神父のようだが、纏う雰囲気が圧倒的に不気味なもので、おおよそ全うな人間とは思えない。
「おや、これはどうも運が良い。いや、貴女の運が悪いという方が正しいですかな。」
神父ーーマリス・サーダンが左手で眼鏡をかけ直し、気色の悪い笑みを浮かべ、語りかける。
「全くですわね。ここのところろくなことがありませんでしたもの。」
「またまた、ご冗談を。貴女の運が悪いのは生まれたときからでしょう?」
「ッチ。全く、人の神経を逆撫でする天才ですわね……‼」
マリスの言葉に美しい顔を歪ませ、心の底からの怒りを露にするリコリス。その表情からどれだけ彼女の過去が悲惨で憎むべきものだったかが理解できる。
彼女、リコリスはごく普通の家庭に生まれた。いや、経済面だけみれば他の家庭よりも豊かだっただろう。
だが、彼女は他とは違う力をもって生まれてしまった。それに恐れ、震えた両親は十数年もの間、彼女に耐えがたき暴力を浴びせたのである。そのあとは今も服の下に痛々しく残っている程に。
もちろん、実の親からもこの仕打ちである。友など居るはずもなく、外に出れば石を投げられる始末。
少しずつ、彼女の心は壊れていった。それでも、彼女の心をどうにか支えたのはまだ力が露出することなく、《人形遊び》という能力を持っていた彼女に両親が与えた人形たちだった。彼女を壊した要因である両親から送られたものが、彼女の支えになるとはとんだ皮肉である。
ちなみに、彼女がゴスロリを着用しているのもそれが故である。
だが、次第に成長して力も強くなり、壊れた価値観を持ってしまった娘に、両親は更なる苦痛をおわせようとするのだ。
本人に了承をとることなく、体を売らせようとしたのである。
リコリスが一人で家にいるときに5~6人の村外のものであろう男達がが押し掛け、彼女を弄ぼうとしたのだ。
そのとき、リコリスは身を守るために男達を見るも無惨に皆殺しにした。
今回は何かされる前にどうにかなったし、一応は生んでくれて、ここまで育ててくれた親だからということもあり、何とか押さえることはできたのだった。
しかし、それができたのは彼女だけだった。
家に帰り、死屍累々の惨劇のなか、返り血でドス黒く染まった娘を見て、両親は思ったのである。
こんな化け物、私たちでは手に負えない、と。
そうして、両親は裏で死ぬことが生ぬるいと感じるほど、悪烈な人体実験を行っているといわれているマリスの元に、我が娘をモルモットとして売り払ったのである。
マリスにとってもとてもいい流れだった。何せ極上の特異体が手に入ったのだから。しかもただ同然の値段で。
催眠薬で眠らされ、いつの間にか協会の地下施設に連れてこられたリコリスは、ついに堪忍袋の緒が切れた。協会を滅茶苦茶に荒らしまくり、ここまでの仕打ちをした両親をむごたらしく殺してやらねばと逃げ出したのだった。
だがしかし、すぐにマリスに追い付かれてしまった訳だが。
「うーん、やはりマッドモンキーでは足りませんか。一応私のお気に入りの子達なんですがね。」
「あら?そうでしたの。あまりにも歯応えが無さすぎてただの歩兵かと思いましたわ。」
「おやおや、知らないのですか?チェスはポーンなしでは勝てないのですよ?」
揚げ足を取るのもそうだがしゃべり方も相まって、無駄にイラつく。本当に人の神経を逆撫でする天才だ。
リコリスの額にもうっすらと青筋が浮かんでいる。
「まぁ、マッドモンキーで足りないのであれば、こちらは取って置きを出すまでです。おいでなさいフェイスマン。」
現れたのは異質なひとがたのモノだった。全身が贅肉と思われるそれに包まれており、目や鼻などは確認できず、鋭い牙を揃えた口が縦に開いている。
「ずいぶんと醜いですわね。見てるだけで気分が悪くなりますわ‼『悲しい子』『怒れる子』‼」
命令され、二体の人形が異質な肉塊にその手の刃を突き立てる。
しかし、その肉に刃は通らず、まるで枕に指を突き刺したようにへこむだけだった。
当のフェイスマンはまるで何事もなかったかのようにしており、自身に群がるコバエを払うがごとく、その腕と思われるもので二体の人形を吹き飛ばした。
「なッ‼まさか物理無効……!?」
「ご名答です。さすがですねぇ。異眼の魔女と呼ばれているだけはありますよ。」
そうやってまた、リコリスを煽っていくマリス。この男は人を煽っていないときがすまないのだろうか?
「ならしょうがないですわね。異眼の魔女と呼ばれる由縁を教えて差し上げますわ。」
異眼の魔女。一体だれが呼んだのか、リコリスのその能力からついた呼び名。苦い思い出しかない悲しきなである。
おもむろに、リコリスがその眼帯を外す。
そのしたにあったのは、本来白目であるはずのところが黒く、またその金の瞳に八亡星の魔方陣が描かれた、おおよそ人のモノとは思えない代物だった。
「ウフフ。さっさと終わらせますわよ、醜い人形さん?」
突如、フェイスマンの肉体が燃え盛る。何の前兆もなく、だ。
これがリコリスの災厄の原因であり、異眼の魔女の由来。
その異質たる目は、その視線の先に、何の詠唱もなく、全ての属性の魔法を扱うことが出きるのだ。
さて、気づくかもしれない。彼女には《人形遊び》という能力があったではないかと。
なら、どう言うことだと。
答えは簡単だ。彼女は、リコリス・メルセデスは能力を2つ持っている。
ただでさえ能力を持つものは珍しいというのに、それが2つ。空前の事件であり人であるため、彼女は、あらゆる人から忌避されたのだ。そう、必ず味方でなければならない実の親からも。
能力を持っていなければ普通。持っていれば尊敬と憧れの目で見られ、2つあれば化け物扱い。人はどこにいこうと異質を嫌い、淘汰する。普通を絶対の正義としか認めぬその思考は愚の骨頂をとうに通りすぎている。
その悲し攻撃は、フェイスマンを飲み込んでいくかに思われたのだが、しかしその焔は縦に割れた大きな口のなかに吸い込まれていった。
「火吸収……厄介ですわね。でしたらら他の属性を行使するだけの話ですわ。」
そう言って、土、水、風、光、闇、雷、等とあらゆる属性を試してみたが、どれも最初の炎と同じように吸い込まれていってしまった。
リコリスの顔が、驚愕と焦りの色に染まる。
「どう……して……。まさか、全属性吸収!?」
「正解です。と、いってもまぁ、わかったところでどうしようもないですがね。」
絶望が、リコリスを襲う。
どうしろと、魔法も物理攻撃も効かない。そんなもの倒せるわけがない。
勝て、ない。
「さぁ、一緒に来なさい。リコリス・メルセデス。特別に器物破損の件は何も問いません。さぁ、あなたは新たな進化を迎えるのですよ、」
ここまで、来たのに。
頑張って耐えて生きてきたのに。
わたくしが何をしたって言うのか。
今度は体をいじくられるのか。
もはや人であろうとすることすら許されないのか。
そんな絶望が、か細き少女の体を駆け巡る。それのなんと残酷なことか。
(神だなんて、信じていませんでしたけど、今しがた信じてあげますわ。神はいる。)
そう、彼女は誓う。
(そうしたら、居るのであれば、必ず、必ず、殺しにいってあげます。何があっても。)
信じるからこそ、殺すことが出きる。
自分を何度も絶望に落とした神なんて、殺してやると少女は誓った。
だからこそ、神に牙を向けるからこそ、奇跡は起こったのかもしれない。
それは偶然だったのかも知れない。はたまたもしや、これも神の手のひらなのかもしれない。
それでも、
きとそれでも、それは少女にとっての最大の奇跡だったにちがいない。
突如、崖の一部が内側から(・・・・)吹き飛ぶ。
「なん、ですの?」
そこから現れたのは、一匹のイワマジロを連れた、黒髪黒目の少年。
「え?なぁにこれ。」
神を、王を正しいと信じなかった、勇者帰還の希望の男、霧村響だった。




