表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロストメモリー  作者: 島山 平
61/73

成田賢太郎の日記(24) 七月三日 (土)

 言い逃れする気なのか、誤魔化せると思っているのか。二人が並んで中村課長のマンションへ入っていくところは写真に撮っている。それを見せつけるのはまだ早いけれど、最終的には証拠を突きつけてやる。顔がハッキリとは写っていないから、できれば見せずに済ましたい。

 だいたい、有紀子さんと二人で彼女の実家へ行って、そこでお母さんの事件を目の当たりにしておいて、その直後に別の女性と会うなんて気が知れない。許せないというか、人として信じられないほどの軽率さだ。落ち込んでいる有紀子さんに嫌気がさしたのか、最初から工藤さんとの関係を並行して続ける気だったのか。どちらにしろ、許せる行為じゃない。

 警察は何をしているんだろう。事件から一週間も経っている。犯人の目星くらいつけているのか。

 『参考までに』とかいってボクの指紋まで取っておいて、何も成果がないなんて言わせない。ボクの指紋が現場に残っているはずがないじゃないか。それを証明するために協力してあげたのに、意味がなかったと思うと悔しい。現場に凶器が残されていたとか、床に靴跡がついていたとか、何かしら証拠が残っているものじゃないのか。目撃証言がなければ、警察は何もできないのか。

 違う。目撃証言があったって、人によっては信じないくせに。


 高校生のとき、電車に乗っていたときの出来事を忘れることができない。読みたい本があって、それを買いに電車に乗っていたときだ。

 それなりに混んでいて、必死につり革に掴まっていたのを覚えている。あの頃から身長は高かったから、周りの女性なんかよりは楽だったはず。それに、頭が周りよりも高い位置にあったから、痴漢を見つけられたのかもしれない。でもやっぱり、触っている手は下の方にあるわけだから、見えたのは偶然だろうか。

 被害者の女性が、頭が真白になっているような表情をしていたのを覚えている。叫ぶことも抵抗することもできず、驚きと恐怖で固まっていたように見えた。女性に手を出していたスーツの男の顔も、頭の中にハッキリと残っている。会社では部下に対して偉そうに振る舞っていそうな、禿げかかったおっさんの顔だ。

 ボクが声をかけるよりも先に、隣にいた若い男が行動した。声が震えていたし、相当な勇気を出したんだと思う。でも、それを実行したことに尊敬を覚えた。

 犯人に対してやめるように注意し、周りのボクたちは驚いたものの、動けなかった。物理的に動けなかった。混んでいて、気になっても何もできなかったからだ。犯人はそんなことしていないと叫び、最近流行のオヤジ狩りかとかなんとか言って叫んだ。オヤジ狩りというのは、被害者役と目撃者役の二人組が、やってもない冤罪をでっちあげる事件のことだ。当時、そんなくだらない事件が流行っていた。

 自分はやっていない、こいつらが騙そうとしている。そう叫ぶ犯人を囲んだまま、次の駅に到着し、当事者たちは電車から降りた。ちょうどボクの目的地の駅だったから、騒ぎと共に降りた。被害者と犯人、それと目撃者の男性が騒いでいて、駅員がやってきてちょっと面倒なことになった。

 犯人は完全に否定し、しかも上手かったのが、しがないサラリーマンのふりをしたことだ。被害者を守ろうとした男性は、正義の味方であるはずなのに、いわゆるオタクに見える風貌だったから、次第に形勢逆転していった。冷静に考えれば、二人組がおっさんをはめたならば、目撃者役の男はもっと強そうな悪ガキであるはずだ。ヤンキーみたいな。これはボクの固定観念だろうか。そんなオタクが、オッサンをはめるような犯罪を犯すとは思えないのに。

 でも、駅員までオッサンの味方をし始め、被害者の女性は誰にやられたのかわからないからオロオロしていた。痴漢に遭っていたと思われるのは恥ずかしかっただろうし、逃げ出したい気持ちは理解できる。

 

 仕方なくボクが動き出したら、そこからの勝負は一瞬だった。

 オッサンがやっていたと宣言すると、全員がこっちを見て、『ボクの顔を見て』信じた。オッサンが犯人なのはこの目で見たし確信していたから、自信満々な態度をしていたのも大きかったと思う。でも、それまではオッサンの味方だった駅員が掌を返し、被害者の女性も何度も頷き、痴漢の犯人は連行されていった。めでたしめでたし、とはならない。なるはずがない!

 オタクくんが勇気を出して、被害者を守ろうとしたのに、彼の外見や態度で勝手に嘘だと判断し、信じなかった。しかも逆に疑うようなことをして。顔の良いボクが言ったら、あの有様だった! しかも、被害者の女はボクにばかり御礼を言って、まるで王子様に助けられたような顔で帰っていき、オタクくんは恥ずかしそうに逃げていった。本来なら、彼が王子様であり、誉め称えられるべきだったのに!

 信じられなかった。こんなに、世の中は顔で左右されるのかと。

 痴漢を見つけても、ボクは周りを気にして行動に起こせなかった。恥ずかしさや不安に打ち勝って最初に声を上げたオタクくんは、最高にかっこよくて、しびれるような男だったのに! 二番煎じみたいなボクが主役の座に躍り出て、それもこの顔だけが原因で! みんなおかしい。


 目撃者の言葉なんて役に立たない。

 外見の整っている者が証言すれば、嘘でも通ってしまう。悲しいけれど、それが現実かもしれない。ある意味、ボクが適当なことを言えば、事件は解決してしまいそうだ。『中村課長が犯人です』とか言ってみようか。でも、それじゃあ有紀子さんを悲しませる。もっとまともな嘘が思いつかないのか!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ