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ロストメモリー  作者: 島山 平
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成田賢太郎の日記(3) 六月十二日 (土)

 今日も、有紀子さんは思い出してくれなかった。彼女が悪いわけじゃないから、責めるようなことを言っちゃいけないか。明日は仕事が休みだし、時間を掛けて話すこともできるかもしれない。有紀子さんの体調に負担を掛けない程度に、思い出を話してみようと思う。


 そもそも、三日前、六月九日の事故はどうなっているんだろう。有紀子さんと二人でタクシーに乗っていたときだ。

 二人で映画を見にいくことになって、ボクの車が使えないせいでタクシーに乗った。前日の夜、タイヤに穴を開けられていたせいだ。誰かのイタズラだろうけれど、イタズラの範疇をこえた犯罪だ。いや、それについては置いておこう。被害届は出したし、犯人が見つかることを願うのみ。問題は、有紀子さんと二人で乗っていたタクシーが事故にあったということ。運転手は亡くなったらしい。可哀想だけれど、ボクにはどうしようもない。同じ被害者として、有紀子さんの体を心配しているだけ。

 目撃者はいなかったようで、タクシーが道路を外れて、下の田んぼ道へ転落していったことを知っているのはボクだけだ。あのときのことは、あまり思い出したくない・・。ボクたちは二人とも怪我をしたし、あの事故のせいで、有紀子さんの記憶がなくなってしまった。全て、あの運転手のせいだ。亡くなっている人を悪くいうのも複雑だけれど、あのタクシーに乗ったことは激しく後悔している。

 事故が起きたのは住宅地から少し離れたところだったのに、ボクが救急車を呼ぶよりも先に、どこかの誰かが気づいて連絡してくれたみたいだ。きちんと御礼を言わなければならない。以上が、警察から教えてもらえたこと。


 タクシーの運転手のことは許せない。ただ、とりあえずはそれについて考えないでおこうと決めた。許せないし復讐したい気持ちもあるけれど、ボクにはもっと大切なことがある。有紀子さんの体と心、そして失い掛けている思い出を引き止めることだ。

 体はいつか元気になる。命に別状はないし、後遺症も残らないらしい。心も、時間が経てば癒されるかもしれない。日記を読ませてもらった限り、前向きな部分も見えている。でも、失い掛けている記憶だけは、どうしようもない。このまま本当に失ってしまうか、どこかで思い出してくれるか。それは、ボクにかかっているといっても過言じゃない。少しずつ、一歩ずつで構わない。有紀子さんの中に、ボクの存在を思い出してもらいたい。そして、いつかまた二人で楽しく笑いたい。

 だって、有紀子さんはボクのことを気にしてくれている。今は外見だけに惹かれているみたいだけれど、彼女は一度、ボクの内面を好きになってくれた過去がある。望みはある! 信じて待つだけの価値がある。彼女のためなら、ボクは自分を犠牲にしたって構わない。有紀子さんの味方でいると、神様にだって誓った! 少しくらいツラくても、彼女の笑顔を思い出せば頑張れる。そうだろう? そうだよな。

 また明日、有紀子さんに会いに行こう。彼女のために休日を費やすのは、ボクにとっては幸せなんだ。

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