55 それぞれの部屋で
二人一組で三室に分かれて宿に泊まることになったルークたち。
その一室にて今回の実戦演習の監督役である魔術士の女性――テスラ・リードは、ジト目で目の前の光景を眺めていた。
「うぅ、ルーク……」
そこには健康的に引き締まった太ももを惜しげもなく晒し、ベッドにうつ伏せになって枕に顔を押し付ける金髪の美少女。
平時にはきびきびとした動きを見せるのに、稀にこうした子供っぽい一面を見せる学生時代からの友人である。
「ほらほら、何時までも拗ねてないでさっさと話を進めるわよ」
「う゛~」
枕から半分顔を覗かせて睨まれるが知ったことではない。
こうしたやり取りはこの二人の間では日常的な事なのだ。
「明日の実戦演習だけど、エヴェリア湖の近くで化外を探すってことでいいのよね」
「ああ、あの湖の近くなら大抵小型の化外が住み着いているからな。問題ないはずだ」
意識を切り替えたのか、ベッドの上に座り直しキリッとした顔で肯定するシャーネ。
根は真面目だし有能な少女なのだ。正直何時もこうしてくれれば苦労もないと思う。
――それはそれでらしくない気もするのだが。
「ただ街に沈んだ様子があるのが気になる。街を出る前に領主の所に顔を出しておこう……場合によっては演習は中止だ」
「……まあ、それは仕方がないわね」
本音を言えば厄介事は御免だが、それではシャーネは納得しないだろう。
それにここで知らぬふりをして後で上司の耳に入れば査定に響く。
幸い街を歩いて感じた様子なら差し迫った大事というわけでもないだろうと、テスラは楽観的に考えた。
◇ ◇ ◇
同刻、同宿の別室にてリーシャはベッドの上に仰向けになって休んでいた。
三つ編みに纏められていた菫色の髪は下ろされ、少し大人びた印象を受ける。
彼女たちの部屋には少し前に宿の主人が軽い夕食を持ってきてくれたのだが、今の体調では食べる気にならなかった。
なので自分の分はダンに回すよう頼んだ。
彼であれば喜んで食べてくれるだろう。
「具合はどう? 顔色は良くなってきたけど……」
「もうだいぶ落ち着いてきました……明日には回復してると思います」
心配そうな様子でクロエが問いかける。
彼女はリーシャの横たわるベッドの傍らに腰を下ろし、色々と世話を焼いてくれていた。
その介助もあって最悪な状態に比べれば随分と楽になったものだ。
「……それにしてもダンさんが上手いタイミングでフォローを入れて助かりました。おかげで自然な形で同室になれましたし」
「……そのことで訊きたいことがあるんだけど?」
「訊きたいことですか?」
クロエの言葉にリーシャは内心で首を傾げる。
なにやら不安そうに紅眼を揺らしているが、何か懸念事項でもあったのだろうか?
「その、ひょっとしてなんだけど……」
「……」
言いづらい事なのか口籠るクロエを黙って見守る。
無理に促すような下品な真似はしない。
「もしかしたらだけど……ダンって私の事、知ってるのかな?」
「…………」
少々具体性に欠ける問いかけだったが、彼女の訊きたいことは正しく伝わった。
伝わったからこそ今度のリーシャの沈黙は長くなった。先程までの脂汗とは違う種類の汗が流れる。
そういえばクロエには伝えていなかったなー、と思い出した。
いや決してわざとではないのだ。
ただあの日は彼女の着せ替えに夢中になってしまい、そのままうっかり失念してしまった――故に自分は悪くない。彼女が可愛らしいのが悪い。
(……これは内緒にしておきましょう。うん、それがいいですね)
心の中で自己弁護を終えたリーシャは、クロエに知られていないことをいいことに速やかにその事実を抹消することにした。
時には知らない方が幸せなこともあるのだ。
「ええ、ダンさんはクロエが女性だということは既にご存知ですよ」
「やっぱり……何で教えてくれなかったの?」
「その方が自然な関係を維持できると思いましたから。敵を欺くにはまず味方からというやつですね」
「……むー、まぁそう言われたらそうなんだけど」
それでも不満だと言いたげに頬を膨らますクロエにリーシャは苦笑する。
後付けでとってつけた理由だが、それなりに説得力はあったらしい。
「でも何でバレたんだろう? ダンには貴族生徒との付き合いはなかったはずだけど……」
「ああ、それは……」
首を傾げるクロエに答えようとしたが、少しばかり躊躇してしまう。
正直彼女に納得してもらえるかわからないからだ。
――少なくとも自分はまだ納得していない。
「確か筋肉の付き方や骨格の形で気づいたそうですよ」
「……なにそれ」
「……さあ?」
曖昧に苦笑して言葉を濁す。
未だに自分にも理解不能なのだから仕方がない。
ダンと同じく筋肉至上主義者であれば理解できるのかもしれないが。
「まあ、彼は単純な性格ですけど、その分義理堅い人ですから心配はいらないと思います。ルークさんには話さないと約束してくれましたし」
「……そっか」
一言呟いたクロエの表情が複雑なものだった。
安堵しているようにも見えるし、残念そうにも見える。
その表情の理由について考えを巡らせ、あくまで気楽な様子で提案してみる。
「……そろそろルークさんにあの事を話す気になりましたか?」
「そういうわけじゃないけど……でも何時までもこのままって訳にもいかないよね」
逡巡した様子を見せるクロエだが、少し前に比べれば進歩したと言えるだろう。
別に焦る必要はない。自分は決意を固める時に支えとなれればいいのだ。
「そうですか。なら心が決まったら教えてください」
「……うん」
少女の感情は未だに揺らぎ定まらない。
全てを話してしまいたい気持ちもあるし、拒絶されることへの恐怖もある。
居心地の良い今の関係を崩したくないとも思う。
だからこそ悩むし迷う――だがそれでも停滞しているわけではない。
他者から見れば亀のような鈍重さかもしれないが、それでも一歩一歩前に進んでいるのだ。
◇ ◇ ◇
他の二つの部屋で女性陣が話し合っていた頃、別れた最後の部屋は静まり返っていた。
原因はベッドに腰掛け腕組みして目を瞑るダンである。
宿の主人から提供された夕食を済ませた後、彼は腕組みしつつ黙って座ったままだった。
向かいに座ったルークも同じように黙ってダンが口を開くのを待っていた。
「なあ、ルーク」
静かに目を見開いたダンが口を開く。
齢に似合わぬ強面の顔つきもあり睨み付けているようにも見えてしまう。
その瞳には強く固い決意が宿っている。
そして決意を示すように口調もまたゆっくりと重々しいものだった。
「単刀直入に訊くぞ……お前から見て俺は強くなれるか?」
ルークに向けられるその視線はひたすらに真剣なものだ。
一切の妥協や欺瞞を許さない――そんな意思を感じさせる。
(……嘘は付けないな)
おそらくは今回のテスラとの手合わせに思うところがあったのだろう。
ちょうど一年くらい前にも同じようなことがあったな、と思いながら正直な見解を告げることにする。
嘘は付かない、それがルークなりの彼への誠意である。
「……ある程度は強くなれると思う。けど普通のやり方じゃあ必ず限界がくると思う」
ダンは魔力量に優れ努力家だ。身体能力にも優れている。
しかし持って生まれた荒い術式構築能力――こればかりはどうにもならない。
簡略化した魔術式ではどうしても威力に限界があるのだ。
ルークにはどうしてもダンが魔術士として大成できるとは思えなかった。
あるいは努力を積み重ねれば話は別かもしれないし、彼ならばその努力を苦にもしないだろう。
しかし果たしてそれにどれ程の時間がかかるだろうか――。
曖昧な希望を語って誤魔化すことも出来たかもしれないが、ルークはそれを選ばなかった。
「そうか……そうか……」
ダンは噛み締めるように幾度か頷く。
もとより彼も薄々察しはついていたのだろう。
そして次の瞬間ニヤリと笑った。
「やはりお前は正直だな。……つまり普通でない方法なら可能性があるわけだ」
「それは……」
――嘘はつかないが言葉は選ぶべきだったと後悔した。
確かにそれはダンの言う通りだ。
ルークの『知識』の中には"あるいは"と思えるものも確かにあった。
――だが、それは許されることではない。
「方法はなくはない……でもそれを勧めることはできない。失敗すれば命を失うかもしれないし、成功してもある意味で逆に可能性を閉ざすことになる」
「なるほど。お前がそういうのならば、模擬戦の時とは違い本当に邪道なのだろうな」
――だが、それでも可能性があるのならば。
「ルーク……頼む。俺は諦めたくないんだ」
「…………っ」
頭を下げるダンを前にルークは逡巡する。
彼が魔術士を目指してどれだけ必死に努力してきたのかを知っている。
全く方法がないのであれば素直にそう告げることが出来たのだが――残念ながらそうではない。
そうではないからこそ決断できなかった。
「……しばらく時間がほしい。すぐに可能な方法じゃないし、ダンも今すぐ決めずきちんと考えてほしい」
決断するにせよ準備するにせよ、どのみち時間は必要だった。
その間にダンにもう一度考えてほしい――そうルークは思った。
――夜はゆっくりと更けていく。




