41 侵入
クフォンとの打ち合わせを終えたルークたちは一旦村へと戻り、再び家屋にて夜を過ごした。
その際、村人から向けられる鬱陶しげな視線が印象に残った。彼らとしてはこのままさっさと村から出て行ってほしかったのだろう。
そして一夜明けて早朝、ルークは散歩がてら村を探索している。
今後の事を考えれば把握しておくべきことはいくつもある。
村の住人の人数、家屋の配置、武器の有無――もっとも手に入れたい情報の本命は別なのだが。
「おい、あんたっ、ちょっといいかい?」
そうして村を歩き回っていると一人の村人が話しかけてきた。四十前後の日に焼けた肌をした中年男性で、手に持った農具と頭に巻いた手拭いから察するにこれから農作業へ向かうところのようだ。
その男は鍬を片手に猜疑心で満ちた視線を向けて尋ねてくる。
「あんたら、一昨日から村に滞在しているみたいだけど……いったい何時まで村にいる気だい?」
「ああ、その事ですか。ここでの用事は終わったのでもうすぐ王都に戻るつもりですよ」
「そ、そうなのかい……?」
あからさまにほっとした様子を見せ、警戒心を薄れさせる農夫。
詐欺師には向かないな、などと考えつつ言葉を続ける。
「ただ、王都行きの馬車が来るのは明日ですから、それまでは村に滞在するつもりです。ご迷惑をおかけします」
「あ、ああ、いや……そうか。まあ、それならいいんだけどよ」
そう言いつくろって背を向けて去っていく農夫を見送り、再び散歩へと戻る。
こうやって村の中を歩いていると、何となくではあるが見えてくるものがある。
村の男たちは後ろ暗いところのある人間特有の警戒心に塗れた視線を向けてくるが、彼らの妻であるだろう女性たちは特にそんな視線は向けてこない。
むしろ話しかければ愛想よく応対し、向こうから王都の事を訊いてくる者もいる。
まだ幼い子供たちに至っては言うまでもない。無邪気に走り回り、親の手伝いをする彼らにおかしな様子は全く見受けられない。
どうやら村人全員が犯行に加担しているわけでもなさそうだ。
(――やっぱり間違いないかな?)
一通り村の中の散策を終え、確かめるべきことを確かめ終えたルークは、クロエとコルネリアの待つ家屋へと足を向けたのだった。
――時刻は夕刻。
古ぼけた家屋の床に車座になって座る三人は今後の事を打ち合わせていた。
三人が囲んで視線を落としているのは、コルネリアが書き上げたこの村の見取り図だ。それほど詳細なものではないが、大雑把に村の建物の配置などが確認できる。
「――さて、朝からそれぞれ村の中を見て回ったわけだけど……どうだった?」
「私見ですけど、村人全員が誘拐に関与しているわけじゃなさそうです」
「ああ、そして村を歩き回って一番警戒の強かった場所は……」
クロエの言葉にルークとコルネリアも見取り図の一点に視線を落とす。
「「「――ここだな」」」
三人の声と見取り図を指さす場所が重なった。
場所は村の外れ。ご丁寧にも三人が寝泊まりしている家屋とは全くの逆方向だ。
「やっぱここかー」
「はい、村を歩いている時にこの方向に向かうと、こちらに目を向けてくる男たちが増えました」
「中には明らかにこっちの進行を邪魔しようとする奴もいたしな」
昼間彼ら三人が村の中を歩き回っていた理由――それは『リヴェルの民』の子供たちが監禁されているであろう場所を探し出すためだった。
はっきりした場所がわからなくとも、村人の様子などから漠然とした場所くらいはわかるのではないかと思っていたが、思っていた以上に彼らの行状はわかりやすかった。
この様子からすると、犯罪行為そのものに慣れているわけではないようだ。
「うしっ、んじゃあ後は手筈通りにいくぞ。……頼むぞ、クロエ」
「ああ、絶対上手くやってみせる」
コルネリアが念を押すように声をかけると、クロエは固い声で答えた。
――日もすっかりと暮れ、村も夜闇に包まれた頃。
ルークたちの泊まっている家屋から少し離れた物陰に彼らの姿はあった。
「ああ、くそっ! いったい何時までこんな見張りをやらなきゃなんないんだ!?」
「……少し落ち着け。これは必要な事なんだ」
「けどよぉ……」
村の男たちの中では年若い部類に入る男が小声で怒鳴るという器用な真似をすると、傍らにいた年かさの男が彼を軽く窘める。
「聞いた話では彼らは明日の馬車で王都に戻るそうだ。この見張りもそれまでの辛抱だ」
「……そりゃそうだけどよ、いっそ力ずくで黙らせればいいじゃねえか。バレやしねえよ」
若い男の軽挙な提案に年輩の男はため息をつく。
「馬鹿言うな。ギリコも言っていただろう? 彼らのうち二人は貴族だ。彼らが予め王都でこの村に来る事を誰かに話していたら、この村に調査の手が入ることは確実だぞ」
「……わかったよ。大人しく村から出て行ってもらうのが最善ってことだな?」
「そういうことだ。わかったら黙って見張ってろ」
不満を抱えながらも若い男は頷く。彼とて無駄に危ない橋は渡りたくないのだ。
今回の件に関わっているのは十分な実入りがあるからである。
それから暫くの間、男たちは黙って家屋の見張りを続けていた。
あの中では三人の余所者が静かに寝息を立てているはずである。此方の気も知らず呑気なことだ。
しかしただ黙っているのも退屈だったのか、再び若い男が口を開く。
「――そういや、あんたのとこの子供も結構大きくなってきたよな。……この事は教えるのか?」
しかし彼の背後にいるはずの年輩の男から変える答えはない。
まあ、なかなか答えづらい質問かと思いつつ男は続ける。
「まあ、こんな村で一生を終えるくらいなら王都にでも行った方が良いかもな。少しは蓄えもあるんだろ?」
――男からの答えはない。
流石にしびれを切らした若い男は後ろを振り返る。
いくらなんでも完全に無視することはないだろう。
「なあ、ちゃんと答えろよ?」
そう言った男が振り返った先にあったものは――
「……へ?」
男の鼻先にまで迫った剣の鞘だった。
「――よしっ」
昏倒させた男たちを縛り上げたクロエは軽く一息ついた。
自分たちが寝泊まりしている家屋に毎夜見張りがついているのは知っていた。
初めは不審に思ったが、クフォンたちから事情を聞いた今となっては当然の対応だと思えた。
だからこそ見張りのいない夕方の間に外に隠れ、こうして奇襲を行ったのだ。
「――ルーク、それに先輩。終わったぞ」
慎重に気配を殺しつつ家屋へと戻り、中で待っていた二人に声をかける。
「おっ、終わったか。……バレなかっただろーな?」
「ああ、見張りは縛って転がしておいた」
コルネリアからの質問にクロエが答える。
「なら急ごう。グズグズしてると失敗する可能性が増す」
「そ、それもそうだな」
「ああ、まずはクフォンと合流だな」
顔を見合わせ頷き合った三人は、村人に気づかれないよう慎重に村の外れへと向かう。
ただし向かうのは子供たちが監禁されていると思わしき場所ではなく、そこから少し離れた場所だ。
「――この辺でいいかな?」
「……はい、ここなら問題ないかと」
周囲を見回して確認するコルネリアにルークが頷いて応える。
すると彼女は懐から奇妙な形状の子笛を取り出した。
「よし、吹くぞ。……――――――――っ!」
大きく息を吸ったコルネリアが子笛の口に小さな唇を当て強く吹く。
――だが、子笛から音は鳴らない。周囲は静けさを保ったままだ。
「――これで良かったのか? 全然音が聞こえなかったんだが……」
「そのはずですけど……」
訝しげに首を傾げつつ子笛を振るコルネリア。
そんな彼女に言葉を返すルークの表情も自信なさげだ。
クフォンから預けられた子笛だが、自分たちで効果が確かめられないので、どうにも不安が残る。
「……大丈夫。……ちゃんと聞こえている」
「うおっ――――――!?」
そんな彼らに頭上からのんびりとした声が降ってくる。
驚いて思わず声を上げそうになったコルネリアの口を慌てて塞ぐ。
村を囲う防壁を乗り越え、音もなくふわりと降り立ったのは黒装束の少女――クフォンだ。
「……子供たちの居場所……わかった?」
「――ぷはっ! ……あ、ああ、大体のところはな。ここからはより慎重にいくぞ」
「……わかってる」
コルネリアの確認に、クフォンは強い意志を瞳に宿し応えた。




