38 変事
結論から言えば――コルネリアが極秘ルートから入手したという情報は見事なまでにガセだった。
「ぬっがあああああっ! まだだっ、まだ諦めないぞ!」
既に殺風景な岩地にはいくつもの穴が穿たれ、掘り出された土砂が山となってそこかしこに堆積している。
しかし如何せん、お目当てである輝晶鉱は小石一欠片分すらも発見することができなかったのだ。
そんな寂寥感溢れる光景の中、金髪の少女が叫ぶ。
「向こうだ! 今度は向こうを探すぞ!」
「コリィ先輩……少し訊いてもいいですか?」
未だに諦める様子をまるで見せず、発掘を続けようとするコルネリアにルークが疑問の声を上げた。
その表情には疲労感はないが、軽い疑念が生じていた。
「あん? 何だー、いきなり?」
「コリィ先輩はどうしてそこまで術式具の研究に一生懸命何ですか? 貴族であればそんなに真剣にならなくても将来は安泰だと思うんですが」
それは純粋な疑問だった。
平民出身というならまだ理解できる。魔術を用いない生活を知っていれば、術式具を普及させることで魔術の恩恵を広めたいとも思うだろう。
だが彼女は貴族だ。別に術式具に拘らなくても、いくらでも道はあるだろう。
同じ貴族の中には既得権益を脅かされることを恐れて、術式具の研究そのものを忌避する者もいるというのに。
「――別に大した理由じゃない。術式具が一般に普及して生活水準が上がれば、その分魔術士の人員を別の仕事に回せるだろ?」
普段であれば態々話すようなことではないが、今回は付き合わせた負い目もあるので素直に答えることにした。
口にこそ出さないものの、何だかんだでコルネリアはルークたちに感謝していたのだ。
それに――、と彼女は続ける。
「せっかく可能性が見えているのに、下らないことを気にして挑まないなんてつまんないからな」
「……なるほど」
特に気負うことなく自然に返された言葉に、胸にストンと落ちるものがあった。
一見すると我儘放題に見えるコルネリア。しかしどうにも彼女の要求を強く拒絶することができず、自分でも不思議に感じていた。
だがなんのことはない――要するに自分は彼女たちのような人種が好きなだけなのだ。
明確な目的を持ち真っ直ぐに努力する姿。
自分の事だけでなく、周りの人間にも目を向ける在り方。
それらを見るとついつい応援したくなってしまうのだ――今回のように。
「――コリイ先輩は凄いですね」
「へっ? ……そ、そうか?」
自然と称賛の言葉が口から零れた。唐突に誉められたコルネリアは顔を朱に染めて照れる。
しかし暫くして自分の状況に気づくと、今度は怒りで顔を赤くした。
「って何で頭を撫でる!? 先輩だぞっ、子供扱いすんなーっ!」
「あっ、すいません……つい」
「ついって何だ! ついって!?」
本当にルークに他意は無かったのだが、気づけば自然に彼女の頭に手が伸びていたのだ。
これはさすがに弁解も難しいので、話を逸らすことにする。
「えーと、それじゃあ、もう少し探してみましょうか?」
「むーっ、……後で覚えてろよ」
頬を膨らませて悪態をつくコルネリアだが、今は採掘作業を優先することにしたらしい。
ただし――
「でもコリィ先輩?」
「ん? なんだ?」
「それなら講義で他の生徒を追い出すのはよくないと思いますよ?」
「うっ!? ……あ、あれはその……悪かったと思ってるよ。……ちょっとあの日はムシャクシャしてたんだ」
釘をきっちりと刺しておくのも忘れない。
術式具の普及には技術者を増やすことも大事なのだから。
痛いところを突かれたコルネリアは決まり悪げに頭を掻いた。
――と、ここで話が終わったのであれば何の問題もなかっただろう。
しかし彼らの目の前に広がる光景はそんな安寧を許しはしなかった。
「何だ……これ……?」
コルネリアの小さな呟きが耳に届く。その声からは震えを隠しきれていなかったが無理もあるまい。
眼前の光景には自分もまた恐れを抱かずにいられないのだから。
「昨日今日に行われたってわけじゃなさそうだな。……でも割と最近だ」
現場の調査をしていたクロエが判断を下す。同じように調査していた自分と同一の判断だ。
そうでなければ良いと思っていたのだが、世の中そう上手くはいかないらしい。
「これ……化外の仕業だよな?」
「でしょうね」
コルネリアの問いに頷きを返す。
目の前に広がる光景を一言で言い表すならば『破壊のための破壊』だ。
打ち砕かれた大地、引きちぎられた木々、無惨に死骸を晒す野生の動物らしきモノ。
そこには意味も意図も目的も何一つ感じられない。
ただ壊したいから壊し、殺したいから殺したというだけだ。
「――発掘は中止。今すぐ村に帰ります……いいですね?」
「……ああ、もちろんだ」
反論は認めない――そんな確認にコルネリアは頷いて応えた。
この状況で反対するほど彼女は愚かではなかった。
◇ ◇ ◇
帰りの道中は自然と足が重くならざるを得なかった。
できる限り急いで帰りたいのは山々だったが、どうしても周囲を警戒しながらの帰路となったからだ。
「おい、あれ……どう思う?」
黙ったまま歩くことに耐えられなかったのかコルネリアが重たげに口を開いた。
漠然とした問いかけではあったが、今の状況で訊くべきことなど一つしかない。
「まず間違いなく化外でしょうね……それもかなり凶暴な」
言葉を返すルークの口調も自然と重くなる。
その凶暴な化外がすぐ傍にいるかもしれないのだから、当然と言えば当然だが。
「けどあんなのが人里近くにいるなんて、そうそうあることじゃないぞ?」
「なんにでも例外は付き物ってことじゃないかな。滅多にないってことは偶にはあるってことだし」
クロエの反論は理に適ったものだった。
王国内では定期的に魔術士団と騎士団による合同での化外駆除が行われるし、大型の化外の目撃情報などあれば即座に討伐隊が組まれることになる。
しかしそれでも網から逃れる事例というのはあるもので、今回ルークたちが遭遇したのはそうした例外と呼べるものだった。
「とにかく……学生三人で手に負える相手じゃない。できるだけ早く戻って報告しよう」
ルークの言葉に二人も頷き、三人は足を速めた。
――そうして暫く進んだ時のことだ。
日は傾き夕闇が空を覆う頃、村までもう暫くで辿り着くというところで――
「――クロエ?」
「ああ、間違いないと思う」
唐突にルークが足を止める。周囲を警戒しながらクロエに問いかければ、緊張感に満ちた声で返された。
どうやら自分だけの勘違いというわけではないらしい。
「コリィ先輩、失礼します」
「あ? どうし――うわっ!?」
返事を待つ間も惜しいとばかりにコルネリアを抱き上げたルークは猛然と一直線に駆け出す。
クロエも背後を警戒しながらその後に続く。
「お、おいっ! いったい何だって――きゃっ!?」
コルネリアの上げた疑問の声は、突如響いた甲高い金属音に打ち消された。
ルークの肩越しに背後に目を向ければそこには剣を抜いたクロエの姿。
コルネリアの目には捉えきれなかったが、彼女が剣を振るう度に金属音が鳴り響く。
そしてその度に足元に何かが落ちていく――どうやら彼女は飛来する何かを剣でもって打ち落としているらしい。
「――コリィ先輩」
「な、何だ?」
「受け身は自分でとってください」
「……へ? 受け身って――ふぎゃっ!?」
コルネリアを前方へと放り投げ、反転する――背後で何か愉快な悲鳴が上がったが気にしてはいけない。
走りながら構築した魔術式に魔力を奔らせ――
「【迅雷】ッ!」
放つは雷撃の魔術。
人間を相手取るなら十分な威力があり、それでいて必要以上に相手を傷つけることもない。
魔術式の構築難度も併せて最も使い慣れた魔術だ。
「――クッ!」
襲撃者は舌打ちしつつその魔術を躱す。
体勢を崩したその人物にクロエが斬りかかるも、おそろしく敏捷な動きを見せ回避に成功する。
「シッ!」
更に間合いを詰めたクロエと襲撃者は、近距離で剣と短剣を幾度となく撃ちあわせる。
襲撃者はルークたちより頭一つは背が低い小柄な人物だった。
全身を動きやすそうな黒装束で包み、ご丁寧に顔まですっぽりと覆面で覆い、隙間から覗く瞳しか窺い知ることができない。
だがその動きは大したもので、クロエの剣を捌き、抑え、払い、拮抗状態を維持している。
しかし基本的な身体能力に加え剣技の腕前もクロエの方が上のようで、徐々に押され始めていた。
おそらく真っ向からの戦闘よりも奇襲を重視した鍛錬を積んできたのだろう。
「【地咢】」
とはいえこちらとしては大人しく決着を待つつもりなど毛頭ないし、通り魔相手にフェアプレイに徹するつもりもない。
万が一にでもクロエが傷つけられる可能性がある以上、さっさと終わらせるのみだ。
「なあッ!?」
ルークの発動した魔術により襲撃者の足下の大地が形を変える。突如足首を大地に捕らわれた襲撃者は驚愕の声を上げた。
そしてそこに――
「――ガハッ!?」
懐に踏み込んだクロエの拳が勢いよく叩き込まれた。
鳩尾に強烈な一撃をもらった襲撃者は、水平に宙を飛びつつ肺から空気の塊を吐き出した。
「ぐはっ!? ――く、くそっ……?」
そのまま大地に打ち付けられ、なんとか立ち上がろうともがく襲撃者だが――その動きが止まる。
気づけば首元には鋭い刃が突き付けられ、見上げれば銀髪の少年が冷たく己を見下ろしていた。
「――動けば殺す」
血のように紅い瞳を輝かせ、クロエは襲撃者に冷徹に告げた。




