37 採掘
ある程度周辺を見回ったが、結局村人に遭遇することはなかった。家屋から漏れる灯りからすると既に家に帰っているのだろう。
時間をおいてから裏手に戻ってみると、既に二人は入浴を終えていた。どうやらコルネリアの後にクロエも風呂に入ったらしい。
湯冷めしたくないから手早く済ませろと先輩に急かされ、軽く身体を流して入浴を済ませたルークは、魔術で造った簡易入浴施設を同じように魔術で片付けた。
後の残ったのは来た時と変わらぬ殺風景な更地のみである。
その後、三人は修理した家屋に戻るとコルネリアの持参した保存食で夕食にすることにした。
「保存食は不味いなー。……おい、村人からもらって来たら駄目か?」
「駄目ですコリィ先輩。我慢してください」
「商隊から仕入れた食料も貴重だろうからな。どのみち数日しか滞在しないんだから、迷惑をかけるべきじゃないだろう」
顔を顰めながら愚痴をこぼすコルネリアを宥め夕食を済ませる三人。
その後、就寝の準備を整え灯りを消すとクロエとコルネリアは横になるが、ルークは膝を抱えて座り込み視線を家屋の外へと向けた。
「――ルーク? 寝ないのか?」
「……僕は念のため見張りをしておくから、二人は眠ってていいよ」
どうにもこの村から受ける違和感が胸に引っ掛かっていた。
勘違いかもしれないが、警戒だけはしておくつもりだった。
「……そういうことなら交代制にしよう。暫くしたら起こしてくれ。先輩は――」
「……クー……スー……」
二人が視線を向けると既に彼女は穏やかな寝息を立てていた。
「……早いね」
「……寝る子は育つってやつか?」
あどけない寝顔で眠るコルネリアを起こさぬよう小声で話した二人は、微笑まし気に苦笑するとそれぞれ見張りと仮眠の体勢へと戻る。
窓の外からは月光が柔らかに彼らを照らしていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、幸い何事もなく夜を明かした三人は相変わらず味気のない保存食で朝食を済ますと、日も昇り始めたばかりの早朝から村の外へと向かった。
目指すはコルネリアが独自ルートから入手したという輝晶鉱の採掘場所だ。
乾いた大地を遠目に見える山に向かって三人は進む。
ここから先の情報をルークたちは持たないので、先導するのはコルネリアだ。
意気揚々と進む彼女の背に続き――
「どうかしたのかルーク?」
突如足を止めたルークにクロエが声をかける。
「…………」
クロエには返事をしないまま、周りをゆっくりと見回す。
青空の広がる空、遠くに見える山、殺風景な大地、こちらに気づかず進むコルネリア――何の変哲もない。
視界に映るものにおかしなものなど何もない。
「ルーク?」
「……いや、何でもないよ」
軽く頭を振る。おそらくは気のせいだろう。
村での事といい、見知らぬ場所で神経質になっているのかもしれない。
「こらー! お前ら、早く行くぞー!」
跳び跳ねてこちらを呼ぶコルネリアの姿に和まされ、ルークは彼女の元へと駆け寄った。
――遠くから彼らを窺う視線に気づかぬまま。
◇ ◇ ◇
村を出てから一時間程。目指す目的地まではあと半分といったところだろうか。
ルークとクロエの二人は額に汗を浮かべ多少呼吸が速くなってはいるものの、体力的には十分に余裕があった。
しかし――
「……くそっ、アタシはインドア派なんだぞ……!」
既にコルネリアの方は限界に近いようだ。
荒い息を吐きながら、鼻先と顎からぽたぽたと汗をたらし、足取りもどこかふらついている。
日頃からの運動不足、それによる基礎体力の差がここにきて如実に現れていた。
「大丈夫ですか、コリィ先輩?」
魔術で生み出した水を差し出しつつルークが問う。
こういったとき魔術は便利だ。少なくとも飲み水に困ることはないのだから。
「んぐっ、んぐっ、プハッー――生き返ったーっ! ……無理だ、限界。このまま進むなら干上がる自信があるぞ、アタシは」
ここで変に見栄を張らず、キッパリと自分の限界を認められるのは尊敬できるな、とルークは妙な点で感心した。
「なのでー、お前らどっちかアタシを運べー」
――すぐ後に彼女から続いた言葉には頭を掻いてしまったが。
「……コリィ先輩、万が一化外と遭遇した時に備えて手は空けておきたいんですが」
「それについては大丈夫だ。念のため『斥化石』を持ってきておいたからな。よっぽど運が悪くなけりゃ化外に遭遇したりしないだろ」
そう言ったコルネリアが懐から碧色の石を幾つか取り出した。
『斥化石』と呼ばれるこの石は化外にとって不快な性質を有しているらしく、街や村を囲う防壁には必ず組み込まれている物だ。
矮小な化外であれば、この石があるだけで対象に近づくことを避けるため、旅を生業とする者にとっての必需品でもある。
「――どうする?」
「……仕方がないな、コリィ先輩の要望を呑もう。帰りの事を考えたら、あまりのんびり進むわけにもいかないし」
「……なら俺が先輩をおぶろう。俺の方が体力的に余裕があるし」
「わかった。暫くしたら後退するから、それまで頼むよ」
クロエの提案にルークは素直に頷いた。身体能力や体力の面で彼に敵うとは思っていないのだ。
「うーし、それじゃあ進めー。応援してるぞー」
「コリィ先輩? 進行方向はこっちでいいんですか?」
クロエの背中からやる気のない声援を送るコルネリアに視線を送るルーク。
本人には自覚がなかったが、その無表情には母親に通じるものがあった。
「お、おうっ、目的地はだいぶ昔に掘られて放棄された坑道だ。このまま真っ直ぐ進めば着くはずだぞ」
ルークから向けられた視線にさすがに肝を冷やしたのか、コルネリアは従順に頷いた。
――クロエも顔を少々強張らせていたのはご愛嬌といったところか。
クロエがコルネリアを背負って進むようになり三人のペースは明らかに上がった。
そして現在、三人の前にはうっそうと木々が茂る雑木林が広がっている。
あまりにも木や草が生い茂っているため、雑木林の先がどうなっているのかは窺えないが、コルネリアの話ではこの先が目的地のはずだ。
「それじゃあ、そろそろ交代しようか?」
「ああ、頼む」
ルークの言葉にクロエが背中の荷物を受け渡す。
「……胸がどうとか言ったら殺すぞ」
「……胸? ちょっ、先輩! 首っ、首絞まってる!? って痛ッア!?」
本気で何のことだかわからないと言った様子のルークの首を、背後から無言で絞めるコルネリア。
それとは別の鈍い痛みに足元を見れば、そこにはグリグリとこちらの足を踏みつけるクロエの細い足が。
「――お前が悪い」
「……ハイ」
にっこりと――本当に珍しくにっこりと笑うクロエの無言の迫力に思わず呑まれるルークだった。
先を進むクロエが、手にした剣でうっそうとした木々や草を切り払い簡単に道を造り、その後をコルネリアを背負うルークが続く。
暫く進み、ようやく雑木林を抜けた三人は目的地の辿り着いた。
「コリィ先輩……此処が目的地ですか?」
「ああ、間違いない!」
三人の視線の先には木々一つもない平原。
膝ほどの草に剥き出しの岩がゴロゴロと転がり、見上げれば切り立った絶壁の光景。
「あれが例の坑道じゃないか?」
クロエの指さす先には、ぽっかりと空いた内部の窺えない深い穴があった。どうやらコルネリアの話に出ていた放棄されたという坑道らしい。
その入り口は草木でうっそうと覆われ、中は薄暗く不気味な雰囲気を漂わせている。
入り口は木材で補強されていたようだが、放棄されてからかなりの時間が経っているのか、そのほとんどがぼろぼろに腐り果てていた。
「ああ、とはいえアタシの目的はそこじゃない。あくまで此処で採れる輝晶鉱だからな」
そう言い捨てたコルネリアは早速採掘のための魔術式を構築し始める。
「さあっ、掘るぞ!」
コルネリアの気合の入った叫びが山の裾野に響いた。




