36 風呂
結局お湯の方はルークが【澄流】をアレンジすることで確保した。
コルネリアは自慢の術式具が面目丸潰れな結果を出してしまったことに、いたく不満そうな顔をしていたが、今回は入浴への欲求を優先させることにしたらしい。
大人しく術式具をしまうと、黙ってお湯が溜まるのを待っていた。
そして十分にお湯が溜まったのを見計らうと、次の指示を出す。
「よーし、次は壁だ。覗き防止用の壁を造れ」
「まあ、村の人が来るかもしれないですしね。――【壁土】」
魔術で周囲の地面を盛り上げ壁を造っていく。
そう簡単に乗り越えられない程度の高さを造り上げ、崩れたりしないよう硬度も与える。
暫くすると簡易的ではあるが十分に実用に耐えうる浴場が完成した。
「よくやってくれたな! やっぱりお前を連れてきて正解だった!」
「……まさかとは思うんですが、このために僕を連れてきたんですか?」
満面の笑みで褒め称えてくる先輩に思わず尋ねずにはいられない。
「アッハッハ……そんなわけないジャナイカ?」
「……コリィ先輩? 僕の目を見て答えてくれませんか?」
脂汗を流しつつ、視線を逸らして否定する小さな先輩に詰め寄るルーク。
少しばかりの押し問答の後、ため息をついて質問する。
「――それで、さっそく先輩はお風呂に入るんですか?」
「当ったり前だろ? 何のために苦労したと思ってるんだ」
「……苦労したのはルークじゃないか?」
呆れた視線で突っ込みを入れるクロエだが、待ちに待った入浴を前にするコルネリアはどこ吹く風だ。
すぐにでも入浴したいという欲求を隠しもしない彼女だが、何に気づいたのか、暫し動きを止め思案する様子を見せる。
「あー、……ルーク。お前は少し離れた場所を回って変なのが寄って来ないか見張ってろ。んでクロエは近くでアタシの護衛だ。いいな?」
「僕は別にいいですけど……クロエはどう?」
「あ、ああ。俺も別にいいけど……」
クロエの返事を確認するとルークはさっさと踵を返す。
クロエには悪いとは思うが、女性の入浴中に近くで過ごすというのは精神衛生上よくないのだ。
入学前の王都に来るまでの旅路で、その事は嫌になるほど学んだルークである。
「それじゃあ、何かあったら大声で叫んでくださいね」
「おう……アタシが美少女だからって覗きに来んなよ?」
「……覗きません」
心外だとばかりに言い切りルークはその場を離れる。ついでだから軽く村を見て回っておこうと思う。
村人に出会えば浴場を使うかどうか聞いてもいてもいいだろう。
◇ ◇ ◇
ルークが歩き去った後、満を持してコルネリアが告げる。
「よし、これでやっと風呂に入れるな!」
「……それじゃあ、俺は見張りをしてるんで」
「あん? 何言ってるんだ、お前?」
理解できないとばかりに首を傾げてクロエを見るコルネリア。
その瞳は珍獣を見るそれだ。
「お前も一緒に入るんだよ。当たり前だろ?」
「……はっ? い、いや俺は……」
「それともルークと一緒に入るつもりか? それはさすがにどうかと思うぞ?」
そこまで言われてようやく何を言われているのかクロエも気づいた。
思えばもっと早く気付くべきだった。日頃からルークたちと行動を共にしていたから気が抜けていたようだ。
「――知ってたんですか?」
「アタシも一応貴族だからなー。話だけは聞いたことがあるぞ。納得できたんならさっさと風呂に入るぞ?」
そう言って服を脱ぎだすコルネリア。躊躇のまるでないその様子は、潔いと言うべきか男らしいと言うべきか。
観念したのか、ため息をついたクロエは自らもまた衣服に手をかけたのだった。
「あ゛~、いい湯だなー」
湯船の中で思い切り手足を伸ばした金髪の幼い少女から、容姿に似合わぬ親父臭い声が上がる。
日頃から身だしなみには大して気を使わない彼女だが、入浴に関しては話が別だ。
術式具の研究での疲れを癒すこのひと時は何物にも代えがたい。
「……ううっ」
対して共に入浴する銀髪の少女は恥ずかし気に裸身を隠す。
同性であり二日程行動を共にした相手だが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
(肌は雪みたいに真っ白な上にすべすべで、手足はすらっとしてるし、腰もすっごく細い……)
白い湯煙から窺えるのは幼いながらもとてもバランスの整った裸体だ。
そんな華奢な人形のような少女に対し、所々筋肉の付いている自分の身体に劣等感を感じてしまう。
「こらー、風呂の中で身体隠すなー。入浴の神への冒涜だぞー」
完全にふやけた声で注意してくるコルネリアをジト目で睨む。
「そんな神様はいません……」
「んー」
身体の芯までお湯の暖かさを堪能しつつ、後輩の裸体をじーっと眺める。
幼い顔に何故だか似合うあくどい笑みをニヤリと浮かべたコルネリアは唐突に勝利宣言を行う。
「ふふんっ、勝ったな!」
視線の先にはクロエの平坦で寂しい胸。
確かに両者を見比べてみれば、ほんの僅かの差ではあるがコルネリアに軍配が上がるだろう。
とはいえ、はっきり言ってその差は第三者からすれば誤差の範囲だが。
しかし当事者であるクロエにとってその発言は聞き捨てならなかったのか、湯に浸かって朱に染まった顔色がさらに気色ばむ。
「わ、私にはまだ未来の可能性がありますし……っ!」
家庭の事情から常に男装に身を包む彼女だが、女を捨てたわけではないのだ。
「おい……それは暗にアタシに未来の可能性がないって言ってるのか?」
当然それは齢に似合わぬ幼い容姿の少女も同じである。
だからこそ将来の成長を期待して、袖の余る制服を購入し普段から着ているのだから。
「ぬぐぐぐぐ……!」
「ううううう……!」
男子の目のない湯船の中で少女たちは譲れぬ誇りを胸に睨み合う――が。
「……やめようぜ、争ってても虚しいだけだ」
「……そうですね」
二人仲良く肩を落とし、静かにため息をついた。
◇ ◇ ◇
村の代表者ギリコの家に幾人かの村の男たちが集まり話し合いの場を持っていた。
彼らが話し合ってるのは突如彼らの村を訪れた三人の子供たちのことだ。
「どうすんだよ村長? あいつらあの事を調べに来たんじゃねえか?」
「いや、それなら衛士なり何なりが来るはずだ。いくらなんでも子供だけで調べには来ないだろう」
車座になって話し合う彼らの表情には一様に不安と苛立ちが浮かんでいる。
「……いっそのこと黙らせないか? この村の中なら後処理もなんとでもなるだろ?」
「馬鹿言うな。名前を聞いたけどあいつら貴族だぞ!」
些か乱暴で短絡的な意見が出れば、慎重な意見を有する者が押し返す。
喧々囂々と纏まりのない議論に終止符を打ったのは、彼らの中央に座るギリコだった。
「――とりあえずあいつらに関しては様子見だ。下手に手を出して逆に怪しまれる方が不味い。……各人それとなく様子を見て、夜は何人か見張りを置いておけ」
ただし――と続ける。
「もしもあの事が知られたなら――わかってるな?」
応――と皆が頷き、彼らの方針は決まった。




