33 お出かけ
暗がりの中で少女は身体を震わせる。季節は初夏のはずだが、此処は酷く寒い。
それは肉体的な感覚だけではなく精神的疲労からくるものだろう。
彼女たちが閉じ込められている場所は狭く薄暗い。幸い夜目が利くので闇は支障にはならないのだが、それでも捕らわれいるという状況そのものが精神に負担を与える。
その場所特有の空気の悪さもそれを助長していた。
「……イルおねえちゃん」
「大丈夫。きっと助けが来るからね」
周囲に寄り添う子供たちは皆自分と同じ立場だ。不安そうに自分の名前を呼ぶ子供に微笑みを向け励ます。
イルと呼ばれた少女とて年齢的には他の子供たちとさして変わらない。本当は泣きわめいて助けを求めたい。しかし彼女にそれは許されなかった。
周りにいる子供たちは皆年下なのだ。年長者である自分が弱音を吐くことはできない。
だが、自力でこの状況を覆すこともできない彼女は、ただ待つことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
ガタンゴトンと音を立てて馬車は進む。
とある都市へと向かう隊商の有する馬車の中。
窓の外には夏らしく緑豊かな牧歌的な景色が流れ、馬車の揺れも合わさり緩やかな眠気を誘う。
実際、同乗する商人や旅行者、都市へと帰郷する人々の幾人かは壁に寄りかかり、静かな寝息を立てていた。
隊商には治安の比較的良い王都周辺故に数こそ多くないが冒険者も雇われており、乗客のように金を払うのではなく護衛の依頼を受けた者として付いてきている。
彼らの中には隊商の向かう都市を目的地とする者もいるのだろう。
報酬はそれ程高くなくとも、無料の食事つきで馬車を利用できるというのは彼らにとって十分なメリットなのだ。
――そんな隊商の馬車の中に彼らの姿はあった。
「――で、何で俺たちは馬車に乗ってるんだ?」
「ごめん……僕も状況が良くわかってないんだ」
若干目つきを鋭くし声も低く問いかける銀髪の少年に、茶髪の少年が申し訳なさそうに頭を下げる。
それを見て少しばかり焦った表情を見せた銀髪の少年は最後の同行者――まだ幼い金髪の少女に視線を向ける。
「んー? なんだ、理由は説明してなかったか?」
「……いきなり訪ねて来て『出かけるぞ! 旅支度をしろ!』じゃ、さすがに何もわかりませんよ」
愛らしい容姿に反した気だるげな口調の少女に言葉を返す。
「わかったわかった。それじゃあ今から事情を説明してやるよ」
そう言って金髪の少女――コルネリアは今回の旅の目的について語り始めた。
説明するまでもないことだが、銀髪の少年――のように見える――少女はクロエ。茶髪の少年はルークである。
今日は安息日ではなく、講義を一つ終えたところにコルネリアが突如現れ、半ば拉致されるような形で同行を強制させることとなったのだ。
ちなみにダンやリーシャは偶然現場にいなかったので巻き込まれずに済んだ。
「まあ、一言で言うとな、輝晶鉱を取りに行くから付き合ってくれ」
ニコニコと非常に珍しい満面の笑みで告げるコルネリアだが、相対する二人は怪訝な顔をする。
「輝晶鉱って……そう簡単に手に入る品じゃないですよね」
「――というか扱うには正式な許可がいらなかったか?」
「お前らが黙ってりゃ問題ないだろ?」
何言ってんだこいつら? と首を傾げる童顔の先輩の言葉に顔が引き攣る二人。
気軽に犯罪行為に巻き込まないでほしいものである。
「……いやいや、そもそも輝晶鉱が手に入る当てなんてあるんですか?」
「ふふんっ、心配するな。さる極秘ルートから秘密の採掘場所を教えてもらったんだ」
ドヤ顔で小さな胸を張るコルネリアだが、それを聞かされた二人の心中には不安は増すばかりだ。
――とても胡散臭い。どう考えてもガセではないか?
「話はわかりましたけど、どうして僕らを連れてきたんですか、コリィ先輩?」
胡散臭くはあるがその部分については敢えてスルーすることにした。
ここで議論したところで答えが出るわけではないし、反論したところでコルネリアを説得できるとも思えなかったからだ。
「お前らはあたしの護衛役だ。自慢じゃないけど、あたしは戦闘とか野蛮なことは苦手だからな。子供にも負ける自信があるぞ。あっ、あと肉体労働も頼むぞ」
本当に自慢にならないことを何故か自信満々に言い放つコルネリア。
言いたいことがないわけではないが、それよりも先に聞いておくべきことがある。
「――先輩の目的はわかりました……それに僕らを連れてきた理由も。でもそれって一日で済む話じゃないですよね? それはさすがに困るんですが」
「俺もそんな理由で講義をサボるのはちょっと……」
状況を理解したクロエもまた不安が込み上げてきたのか瞳を揺らす。
しかしコルネリアは心配するなとばかりに手を打ち鳴らす。
「あたしがそれを考えない間抜けだと思うのか? ちゃんと学院長から許可は貰ってある」
そう言って彼女が懐から取り出したのは一通の許可証。上質の用紙には金の縁取りが踊り、そこには確かに学院長直筆のサインが。
曰く――『ルーク・ラグリーズ、クロエ・メルト・クレイツ、コルネリア・レル・ニース――以上三名の特殊講義参加のための必須講義不参加を認める。 エルセルド王立学院 学院長アルディラ・ネル・ルミナス 』
「……学院長」
「ちゃんと事前に担当教師に見せておいたからな。心配しなくても大丈夫だ!」
許可証を見て頭を抱えるルークとは対照的に、コルネリアは自慢げな笑みを見せる。
この事前準備の手際の良さを、できれば自分たちに対して発揮してほしかったものだ。
「どうやら本物みたいだけど……いったいどうやって手に入れたんだ?」
「ん? ルークが欲しがっているって言ったら簡単にくれたぞ。学院長のお気に入りって話は本当だったみたいだな。……それと何故かお前を同行させるように言ってきたな」
(……絶対面白半分だろうな)
学院長の意図の半分を正確に悟ったルークはため息を零しつつ諦める。ここまでされては今さら抵抗したところで意味はない。大人しく最後まで付き合った方が無難だろう。
反対にクロエはと言えば、学院長のお気に入りという言葉に無意識に手を握りしめ、さらに自分を同行させる理由がわからず困惑していた。
「目的地の近くの村までは馬車を乗り継いで二日程かかるからな。それまで体を休めとけよ」
そんな二人の様子を気にも留めず、言うべきことは言ったと判断したコルネリアは、他の乗客と同じように壁へと寄りかかるとすぐに小さな寝息を立て始めた。
「……ルーク?」
「ごめんクロエ。なんだか巻き込んじゃったみたいで」
もの言いたげなクロエに対して頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
どう考えても今回の一件は、コルネリアの我が儘に学院長の悪ふざけが乗った形だ。
自分がいなければクロエが巻き込まれることもなかったはずである。
「あっ、いや……それは良いんだけど……」
しかし頭を下げられたクロエは困惑を露わにする。
聞きたいことは其処ではないのである。だがどうにも言葉にできない。
「なんならクロエは次の街で降りる? そこから折り返しの馬車に乗れば、それほど時間をかけず帰れると思うよ?」
「えっ……」
そんなルークからの提案にクロエは言葉に詰まる。
一度ルークの顔を見て、次に寝息を立てるコルネリアへと目を向け、もう一度ルークの顔を見る。
「……いや、いい。せっかくだから行く」
「そ、そっか……」
そして告げられた言葉に安堵しつつも内心で首を傾げてしまった。
――いったいどうしてクロエはちょっと怒ったような顔をしているのだろうか?




