03.異邦人-前編-
市場へとやってきたヒヨリたち。
「うわー、すごい!」
ここでも思わず声をあげてしまう。
活気に溢れ、立ち並ぶ露店の数や人の多さもさることながら、それよりも目を引いたのは、人間とは違う種族たちがかっ歩している姿である。
見た目は人間と同じようでも顔や身体の一部が動物のようだった。いわゆる獣人と呼ばれる種族。それ以外にも子供ぐらい身長だが、顔は中年のおっさんのような人が馬やラクダみたいな動物を引き連れていた。
「この市場は、アトラ大陸のみならずレリア大陸、ミュー大陸から人や物が行き交い、集まってきているんだ。だから、人間以外に亜人や妖精たちも多く居るんですよ」
ヒヨリが記憶を喪失していると思われているのでラトフが親切に説明をしてくれた。
改めてヒヨリは、自分が異世界に来ているのだと実感してしまう。
しかし、そんな異種族たちはヒヨリの方を珍しそうに見ていたのだった。
「な、なんか、私、見られている?」
「まあ……そうでしょう。ヒヨリ様はこの辺りでは珍しい黒髪に、見たこともない異国の服を着ておりますからね」
ヴァイルたちを始め、この世界の住人の服装は、動物の皮や毛、植物繊維を素材にした織物で、チュニックと呼ばれる貫頭衣を着ていた。裁縫刺繍などはあまり施されていない簡素な作りな衣服ばかり。だけど中には、高級そうな着飾った服装の者もいたが、当然ヒヨリが着ている現代風な服を着衣している者は皆無だった。
ヒヨリは自分の服をまじまじと見た。これまで数日間、着替えがある訳ではないのでずっと同じ服を着るしかなかった。その為、所々は汚れていたり、破れている箇所が目に入った。
ヒヨリも年頃の女子である。いや、その前に人としてのエチケットな問題である。今更ながら清浄さが失われた自分に恥じ入ってしまった。
「おや、どうしましたか?」
「……ねぇ、ラトフ。こんなことを頼める身でないのは重々承知なんだけど……着替えの服とかを提供して貰いたいんだけど……」
「ああ、お安い御用で。ヴァイル様の嫁御となるのですから、遠慮無く申し付けてくださいよ」
「だから私は……」
「はいはい。それじゃ、国一番の仕立て屋に参りましょう! 買い出しはその後で良いですね」
「あ、ちょっと!」
ラトフに手を引っ張られて、一際豪壮な造りの仕立て屋……いわゆる服屋へと入っていった。
店内には溢れるほどに大量の布や毛糸が陳列されており、品ぞろえの豪華さに目が眩むほどだった。
客層は如何にも富が豊かな者たちばかり。突然、海賊の荒々しい身なりをしたラトフが入ったきたことに、客たちは眉をひそめた。
すると奥から無愛想な表情を浮かべた小太りの男性……この店の主がやってきた。
「これはこれは、アースティム王国の貴族様御用達の我がブルジョワルへ、どの用な御用で?」
貧相な者が入店できない高級店であることを強調したわざとらしい言い方だった。だが、ラトフは気にする素振りもなく、平然と答える。
「ここが仕立て屋ならば、目的は決まっているだろう。このお方の服をいくつか見繕って貰いたい」
店主は「ん?」と訝げつつ、ラトフの後ろに立つをヒヨリの姿を見る。
(どこぞの田舎者が女にええかっこしい所を見せつけようと……っ!?)
ヒヨリ……というより、ヒヨリが着ている服に目が留まった。
汚れてはいるが、初めて見るほどに独創的かつ洗練しているデザインに、仕立て屋としての自尊心を大いに刺激したのである。
着ている服装によって、どのような身分かの判断材料となる。しかし、ヒヨリの現代の服は店主の鑑定眼では識別できなかった。
「これは……こちらの、お嬢様は一体、どちら様でございましょうか?」
「まあ、大きな声では言えないが、さる高貴な方の関係者でございます。下々の服に興味を持たれて、評判が最も良いこの仕立て屋で服をご所望したのですよ」
ペラペラと語るラトフに、ヒヨリはあんぐりする。
「ただの海賊の頭目でしょう。ヴァイル(あいつ)は……」
と小声で突っ込むも、ラトフは顔だけを振り向き、「ここは俺に任せてください」と片目を閉じて伝えてきた。
「そ、そうでございましたか。これはこれはありがたき幸せでございます。でしたら、我が店お奨めの布が、こちらにございまして……」
店主は恐縮しつつ、先ほどの憮然な態度とは180度変えて接客し始めたのであった。
あれやこれや品物を取り出しては、ヒヨリの前に置いていく。
自分の感性と店主たちの勧めに任せて選んでいった。
その最中、
「あの……大変失礼かと存じますが、お願いがございます。そちらのお嬢様が今着ている服を、私にお譲りいただけないでしょうか?」
「えっ?」
店主はかしこまりつつ頼みこんできた。
しかし、現実世界からの数少ない自分の持ち物である簡単に手放せる訳がなかった。
「ご、ごめんなさい。この服は大切なものだからお譲りするのは無理ですね」
「そこをなんとか。もし譲ってくださるのなら、この店の品物をいくらでもお待ちいただいても構いませんから」
必死に食い下がってく店主に、ヒヨリが困っていると――
ラトフが鎖を鞭のようにしならせて、飾ってあった服など打ちつけて切り裂いた。まるで猛獣をしつけるように。
「いい加減にしてくれませんかね。お嬢様が困っているでしょうに」
笑顔を浮かべるも目が笑っていない。いつもと変わらない明るい声だが、どこか冷淡が含まれているようだった。
海賊らしいといってしまえばそれまでの行動ではあるが――
ヒヨリはラトフの後頭部を『ペっチン』と叩いた。
「ダメでしょう。一般人にそういう態度は!」
「し、しかし、お困りのようだったので……」
「確かに困っていたけど、そこまでする必要は無いでしょう! あーあー、品物をダメにして。ごめんなさい。これ全部買いますから許してください。ほら、ラトフ!」
「……へいへい、おい店主。これだけあれば足りるか?」
ラトフは小袋を無造作に投げ込む店主へと放り渡した。
受け取るとズシっと重みが伝わる。恐る恐る中を確認すると、金、銀、銅が混ざった貨幣が数十枚も入っていた。金貨一枚で、この店の最高級品の布地が買える価値がある。当然、ボロにしてしまった服の弁償代に充分足りた。むしろ超過していた。
「は、はい……」
迷惑をかけたからには長居は出来ぬと、ヒヨリはそそくさと服を拾い集める。
「ほら、ラトフも手伝って」
「へいへい、了解ですヒヨリ様」
「それじゃ、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
品物を両腕に抱えて、早々と店を出たのであった。
未練がましく、ヒヨリ……の服を眺めては見送っていると、客たちのひそひそと話す声が耳に届く。
「なんだ、あの無法者は?」
「あの鎖の男……確か、ヨルムンガンド海賊の者じゃないのか?」
「ヨルムンガンド海賊……ああ、セシル様を始め王族にも覚えがよいという」
「ガンダリア帝国や無法海賊たちをよく襲撃しているらしいが、結局は同じ穴のムジナだろう。いやだね~、品が無い輩は」
「いや、噂に聞いたがあそこの海賊の頭目は、かなり身分の高い出の者らしいぞ」
「身分が高い?」
「だから、セシル様と懇意があるらしいが……それに、あの娘が着ていた服も、なかなかの出来だったし。あの娘も、平凡な者ではないだろうな」
客たちも遠ざかっていくヒヨリたちを目で追ったのであった。




