04.異邦人-後編-
ヒヨリとラトフは大量の服を抱えて、市場の大通りを進んでいく。
「もう、なんてことをするのよ!」
「そりゃヒヨリ様が困っていましたし、あれはヨルムンガンド海賊の威光を示しておくべきかと」
「海賊だからって、なんてもやって良い訳じゃないでしょうに……」
「それで、この大量の服をどうしますか?」
「どうしますかって……。あなたがこんな事をするから。捨てるとか雑巾とかにするのは勿体無いから、着れるものは着るしかないよね。それに……あなたたちの格好もズタボロだし、取り繕う材料にでもしたら」
海賊がきちんとした服を着るというのに、ラトフは「ハハ」と一笑してしまう。
「いえいえ、我々はこういうので充分ですよ。変に着飾ってしまうと動き難くなりますしね」
ラトフも悪くない顔立ちである。防具やボロボロの服で海賊らしい相応な格好。戦闘のための格好とも言えよう。
「でも、清潔な格好をして欲しいかな」
海賊相手に愚問な望みであった。
「ところで、さっきの貴方の行動に問題が有ったと思うけど、値段は訊かずにぽーんと支払ったけど、それで良いの?」
「あー。自分、計算とかがまどろっこしいのは苦手なんで」
「えー! 海賊らしいと言えば海賊らしいけど、金銭管理はちゃんとしないと……あ、すごい品数!」
通りに立ち並ぶ露店に陳列している品々は、食物系が多く、魚や肉、野菜と多種多様の品揃えだった。
足を止めて、じっくり吟味する。
「あいつ(ヴァイル)が、ご飯を作れっていったから、やっぱりなんか作らないといけないよね……」
見たところ魚や野菜は地球のものと似ており、抵抗感は少なかった。しかし港町なので魚の鮮度は良いが、野菜は新鮮とは言えず、形も不揃い。
王都の市場と言えど、日本のましてや一地方のスーパーマーケットに売られている品物などと比べては、売り物にしてはいけないレベルのものだった。
「いかに日本が良い所だって、よく解るわね」
ピンポン玉サイズで凸凹だらけのジャガイモに似た野菜を手に取っては眺める。
「おや、お嬢さん。見ない顔だね。旅の者かい?」
店主が気さくに話しかけてきた。先ほどの仕立て屋の小太りの店主とは違って愛想の良い笑顔を振りまいている。
「んー、そんなところかな」
「そうかいそうかい。だったら、品物を買っていってくれよ。ここの品物はマナザー地方で収穫された野菜だよ。知ってるかい、マナザー地方の野菜はミュー大陸のアルフニルブ国産と比べても違いはない美味しさだよ」
「アルフニルブ国?」
と聞き慣れない地名に反応するヒヨリ。
「おや、アルフニルブ国を知らないのかい? 妖精の女王クローリアーナ様が治める国で、自然豊かな場所だよ。そこで獲れる野菜や果実は、王族や貴族たちだけしか口に出来ないほどのものなんだよ」
妖精の女王というワードと共に、収穫される作物に胸がときめくヒヨリ。
「へー。それじゃ、そのアルフニルブ国の野菜は無いんですか?」
「いやー。ウチも入荷したいのは山々なんだがね。ガンダリア帝国や無法海賊がアルフニルブ国の船を襲撃しては積み荷を略奪したりして、手に入り難いんだよ。それで貴族たちの口にしか入らない理由なんだよね」
「そうなんですか」
そういえばと、そのガンダリア帝国や無法海賊を逆に襲って積み荷を奪い返しているというヴァイルたちルムンガンド海賊団。
横目でラトフを見ると、「頑張っているんですよ、俺たちは」と言うかのように笑顔で返してきた。
先のシュイットの一件や、この世界の情勢をある程度知ったことで、ヴァイルたちが所謂悪い海賊とは別物であると実感した。
(良い海賊? だけど、良い海賊が無理やり結婚を強要してこないわよね)
冷ややかな視線でラトフを見つめたのであった。
「ところでお嬢さん、どうするんだい。買うのかい、買わないのかい? 買ってくれるのなら、おまけするよ」
店主が言った。
「本当? そうね……」
一度、辺りの露店を見渡すヒヨリ。
他の店の品質は、ここの店とは大した違いはなかった。一見、人の良さそうなおじさんだ。何がどう食べられる食材なのかの知識が無かったので、あれこれと教えて貰いつつ、値段交渉へと突入していったのであった。
「それじゃ、おじさん。このポータト(ジャガイモのような野菜)を一山頂戴、あとこの赤いやつと、緑のやつも。ついでにこれも」
「へい、まいど。えーと、ポータトが10リルでそれが二山で、グラタイルが7リルの一山で、レーイクが8リルが二袋分で、クイーテンクが3リルの……えーと今は、幾らかな」
“リル”とは、この世界というより、アーステイム王国やアルフニルブ国といった二大国で流通している通貨である。
セール金貨(1000リル)、ドロイア銀貨(100リル)、ヘク銅貨(5リルと1リルの二種類)が流通しており、もちろん各材質と種類によって価値が違う。(銅貨の両面に柄が描かれているのが5リル。片面にしか描かれていないのが1リル)
ちなみに貨幣の名前は、アーステイム王国の歴代の王と女王の名前が使われており、その者たちが統治していた時代に、その貨幣が作られて利用されたのもある。
店主はそろばんのような骨董的の計算機を取り出して、計算をしようとするが――
「今、46リルですね」
さらっと、ヒヨリは算出して述べると、店主やラトフは目をパチクリしてしまった。
この世界ではまだ学校などの学び舎が整備されていないので、識字や計算など勉学が出来る者は貴族や官吏、学者、一部の商人などと限られていた。また、商売人ですら計算するにもそろばんを使用したりするのが必須であった。
だからこそ、瞬く間に答えを出したヒヨリに驚くしかなかったのだった。
「え? ま、間違ってましたか?」
簡単な足し算の暗算である。義務教育を受けているヒヨリにとっては容易いことだが、教育がままならない世界にとっては高度の知識レベルに達していたのである。
店主は仕切りなおして、そろばんを弾く。
「ああ、確かに46リルだね」
「でしょう。そうだ、ついでにそれも……」
店主が驚くのを他所にヒヨリは買い物を続ける。
そして、その様子を眺めているラトフの口元が緩んでいた。
「やっぱり、あの娘は只者じゃないな。海賊の嫁として申し分なしですよ、ヴァイル様」




