第九話 花を愛でる
「ルチア様、本日は王立植物園にて、王太子殿下とお花を鑑賞されるデートでございますわ」
「ええ、分かっているわ、エレノア。……今日の寄せ上げと補正、完璧でしょうね?」
「ご安心ください。我が館の技術と、連日の激甘スイーツの成果により、可憐な膨らみが見事に育っております。セシリア様など恐るるに足りません」
鏡の前に立つ私は、可憐なミントグリーンのお出かけドレスを身に纏い、自分の胸元をチラリと確認した。
(よし……! 連日のパンケーキ特訓(脂肪注入)とエレノアの匠のコルセット技によって、セシリアへの敗北感は払拭された……! っていうか俺、なんで胸を育てる努力に命かけてんだ……!?)
脳内の48歳おじさんが激しいセルフツッコミを入れるが、一度火がついた乙女のプライド(※中身はおじさん)は止まらない。
◇
満開の花々が咲き誇る王立植物園。
爽やかな風が吹き抜ける中、アストルフォ様は私の手を優しく取り、歩調を合わせて歩いてくれた。
「ルチア、見てごらん。この白バラ、君の肌のように清らかで美しいね」
「まあ……! 本当に素敵ですわ、アストルフォ様」
ふわりと微笑み、可憐に花を愛でる私。
……だが、私の中の48歳ネットサーフィンおじさんマインドは、花を見た瞬間に別の思考を走らせていた。
(ん……? この白バラ、花びらの密度と咲き方からして……前世のゲームで合成素材だった『月光薔薇』にそっくりだな。いや待てよ、あっちの赤い花は…… aconite系の毒性植物に形が似てるぞ? 葉っぱの形が完全にヤバいヤツだろこれ。根っこに強力な毒を溜め込むタイプだ……)
前世の雑学知識とゲーマーの勘が働き、ついじーっと毒性の高そうな花を真剣な目つきで見つめてしまう。
花を「愛でる」というよりは、**「毒の部位と致死量を分析する目」**になっていた。
「ルチア……? そんなに熱心にその花を……?」
アストルフォ様が不思議そうに覗き込んでくる。
(ヤバい! 淑女が毒草を吟味するような目つきをしてたら怪しまれる!!)
私は慌てて可憐なお嬢様モードへシフトチェンジした。
「あ、あのっ! はい……! とても綺麗なお花ですわね。あまりに愛おしくて、ついうっとり見惚れてしまいましたの……♪」
両手を頬にあて、首を傾げてキュルンとした上目遣いを繰り出す。
すると、アストルフォ様は「〜〜〜〜っ!!」と胸を押さえ、激しく赤面した。
「か、可憐すぎる……! 花を愛おしむ君のその心が、どんな大輪の花よりも美しいよ、ルチア……っ! 守りたい、この純真な笑顔……!」
「アストルフォ様……っ」
感極まった王子に力強く抱きしめられ、私の胸がドキンと音を立てる。
(チョロい!! 王子の脳内フィルターが相変わらずガバガバで助かった……!! 毒草の品定めをしてたなんて口が滑っても言えない……!)
だが、抱きしめられたことで、ドレス越しに私の「育った胸」が王子の胸板に当たった。
「あ……」
「っ……! ル、ルチア……君の……その……」
王子が顔を真っ赤にして固まる。
以前の事故の時よりも、明らかに「柔らかな感触」が増していることに気づいてしまったらしい。
(ふふん、気づいたかしらアストルフォ様!? これが私の(脂肪とコルセットの)努力の成果よ!! セシリアなんかに負けないんだから!!)
「ルチア……君は僕と会わない間に、また一段と……大人の淑女として魅力的になって……っ。僕の心が持ちそうにないよ……!」
「まあ……アストルフォ様ったら……♪」
王子の甘い耳鳴りのような囁きに、顔が熱くなる。
毒草の知識で乗り切り、胸の感触(乙女心と脂肪)で王子を翻弄する。
(俺……ううん、私、もうどこへ向かってるのか分からないけど……アストルフォ様にこんなに愛されるなら、もうなんだっていいや……っ!)
花々が咲き乱れる庭園で、私のおじさんとしての理性は、またひとつ甘い香りに溶けて消えていくのだった。




