第四十話 異国の地にて
ルチアは、かつてないほど絢爛豪華なヴァルハイト帝国の宮殿に足を踏み入れていた。
今回は王国の王宮ではなく、招かれたのは他ならぬ帝国主催の晩餐舞踏会。前回のスパイ騒動や王宮での修羅場を経て、なぜか帝国側の公式行事にまで引っ張り出されてしまったのだ。
(なんで私、敵国(?)の舞踏会にまで呼ばれてるわけ!? しかもアストルフォ様とルーク王子に挟まれて、胃の痛みがマッハなんだけど……!!)
心の中でおじさんの悲鳴が響き渡る中、隣を歩く侍女のエレノアは、今日も今日とて気合十分だった。
「ルチア様! 本日はヴァルハイト帝国での大舞踏会でございます! 帝国の貴族どもに、我が王国の至宝たる貴女様の圧倒的お美しさと『神業コルセットによる完璧なまでのボリューム』を見せつけてやりましょう!」
「あ、ありがとうエレノア……(でもこれ以上締め上げられたら私の肋骨が折れるか、おっさんの魂が口から飛び出るよ……!)」
控室の鏡に映るのは、夜空のような深い藍色と純白のレースが融合した、帝国風の気品あるドレスを纏った金髪美少女。日々の過剰なまでのエストロゲン分泌とエレノアのゴッドハンドによって作り上げられたスタイルは、もはや周囲の重力すら捻じ曲げるほどの規格外の神プロポーションを誇っていた。
やがて、会場の大扉が重々しく開かれる。
「――ヴァルハイト帝国への賓客、ルチア・フォン・ロマネスク令嬢のご到着です!」
そのアナウンスと共に、広大なホールの視線が一斉に集中した。
(きた……! 前世のネットスレ仕込みのマウント魂と、音ゲーで鍛えた体幹の出番よ! 顎は15度引き、視線は優しく斜め上……完璧な『気高きお嬢様』を演じ切るのよ、私……っ!)
優雅にファンを揺らし、完璧な笑みを浮かべて一歩を踏み出すルチア。
その圧倒的な美しさと、ドレスの上からでも隠しきれない異次元のシルエットを目の当たりにした帝国の貴族たちは、文字通り息を呑んで硬直した。
「なっ……なんだあの美しさは……!」
「王国の噂には聞いていたが、あんな……人間業とは思えない気高さと、豊満な……っ!」
「あの方が、両国の王子を狂わせているという伝説の令嬢……!」
周囲から漏れ聞こえる賛嘆とどよめきに、ルチアの中の「マウントおじさん」がガッツポーズを決める。
(フフン、見たか帝国の諸君! これが現代日本と異世界の融合が生んだ奇跡の美少女、ルチア様ご一行の破壊力よ……! 『完全勝利』ですわ……♪)
しかし、その「完全勝利」の快感に浸っていたのも束の間。
すぐ隣をエスコートしていたアストルフォ王太子殿下が、青筋をピクピクとさせながらルチアの腰を引き寄せた。
「ルチア……。帝国へ来てからも、君はそんなに周囲の男どもの視線を集めて……本当に、今すぐここで君を抱きすくめて誰にも見えないところへ隠してしまいたい……っ」
「まあ……アストルフォ様ったら、お戯れを……っ♪」
体が勝手に極上のあざとい上目遣いを決めてしまい、アストルフォ様は「〜〜〜っ!」と限界突破の赤面を見せる。
さらに、その前方にスッと歩み寄ってきたのは、隙のない軍服を纏った冷徹な美貌――ルーク・ヴァルハイト王子その人だった。
ルークはアストルフォを鋭く一瞥すると、ルチアの目の前で優雅にひざまずき、その手の甲に熱い口づけを落とした。
「我が帝国へようこそ、ルチア殿。国書の一件以来、君を我が物にしたいという想いは強まるばかりだ。……今宵の舞踏会、最初のダンスは私と踊ってもらう」
「なっ、なんだとルーク殿! ルチアの最初のダンスは僕のものに決まっている!!」
一瞬にして会場の中心が火花散る修羅場へと変貌し、帝国の重臣たちが「ひ、ひえぇ……陛下のご息男たちが……!」と頭を抱えて泡を吹く。
(ちょっと待って!! ここ、帝国のホームグラウンドよ!? 私を巡って皇太子と他国の王太子がガチ喧嘩始めたら、いよいよ本格的な戦争に発展しちゃうじゃないのーーーっ!!)
甘い舞踏会の調べが流れる中、規格外の美貌と「48歳おじさんの生存本能」を併せ持つルチアの、冷や汗と胃痛が止まらない長い夜が、いま再び幕を開けたのだった――!




