第十一話 舞踏会にて
「さあルチア様、仕上げでございます……! 本日の舞踏会、王太子殿下の婚約者として、全貴族の視線を独占していただきましょう!」
自室の姿見の前で、侍女のエレノアが感極まった声をあげる。
そこに映っていたのは――最高級のシルクとレースをふんだんにあしらった夜会ドレスを纏い、神々しいまでの美しさを放つ金髪の美少女(中身:48歳元ニートおじさん)だった。
(……嘘だろ。これが……俺……??)
朝から始まった過酷すぎる舞踏会の準備。
最高品質の薔薇オイルを擦り込まれた肌はモチモチと輝き、エレノアの神業的なコルセット締め上げによって、ウエストは恐ろしいほどキュッとキュートに収縮。そして、その押し上げられた脂肪と「日頃のエストロゲン過剰分泌」の賜物である自前の胸元には、淑女としての完璧なボリュームが鎮座していた。
「完璧でございます……! お顔立ち、立ち振る舞い、そしてその淑女たる豊かなお胸……どこからどう見ても、王国一の『可憐で完璧なお嬢様』ですわ!」
「あ……ありがとう、エレノア……(あかん、コルセット締めすぎて息が浅い……! でも、確かにこのシルエット……勝てる!!)」
何に勝つのかはもう分からない。だが、鏡に映る完璧な自分の姿に、私の中の「マウントおじさん」と「乙女心」が最高のドヤ顔を浮かべていた。
そして、豪華絢爛な城の舞踏会場。
「アストルフォ王太子殿下、ならびにルチア令嬢の入場です!」
重厚な扉が開くと同時に、会場内の数百人の貴族たちの視線が一斉に注がれる。
私はアストルフォ様の差し出したエスコートの手の上にそっと手を重ね、優雅に、完璧な淑女の微笑みを浮かべて足を踏み出した。
(フフン……見ろ! これが前世のギャルゲとネット掲示板で培った『理想のお嬢様立ち振る舞い(完全版)』よ!! 顎を15度引き、視線は優しく流す……完璧!!)
「……美しい……っ」
「まるで女神のようだ……」
「王太子殿下が夢中になるのも無理はない……!」
会場のあちこちから漏れ出る感嘆の溜息。
その完璧な立ち姿と、ドレスの上からでも分かる可憐で魅力的なスタイルの良さに、群がる貴族たちはただ息を呑むばかりだった。
そんな中、会場の隅で目を見開いて震えている人物がいた。ライバルのセシリアだ。
彼女はルチアの完璧すぎる装いと、前回よりさらに「淑女として成長を遂げた胸元」を凝視し、絶望に満ちた顔で扇子を握りつぶしそうになっている。
(あらセシリア様……? ごきげんよう。今日の私、可憐さも胸のサイズも……『完全勝利』ですわよ……♪)
チラリとセシリアへ視線を送り、あざとく首を傾げて微笑んで見せると、セシリアは「くっ……!!」と悔しさに顔を歪めて崩れ落ちそうになった。
レスバおじさんのマウント魂が最高の快感に包まれる!
「ルチア……」
隣から、熱い吐息とともに甘い声が降ってきた。
見上げると、アストルフォ様がうっとりと、どこか狼狽えたような情熱的な瞳で私を見つめていた。
「今日の君は……あまりにも魅力的すぎて、僕の理性が吹き飛んでしまいそうだ。みんなに見せるのが惜しい……今すぐ君を抱きしめて、どこか遠くへ連れ去ってしまいたいよ……っ」
「あ……アストルフォ様……っ♪」
エスコートする王子の手が、私の腰を強く抱き寄せる。
密着した身体から伝わる熱気と、完璧な淑女として甘やかされる快感に、ドキンと胸が跳ね上がった。
(……あかん。準備から立ち振る舞いまで完璧なお嬢様を演じきったせいで……王子の愛が限界突破してる……っ! でも……こんなに綺麗って思ってもらえるなら……私、もうこのままでもいいかも……っ♪)
鳴り響くワルツの旋律の中、おじさんとしての脱出計画は完全に消滅し、ルチアは舞踏会の主役として、王子の腕の中で幸せそうに微笑むのだった。
舞踏会でのマウント完全勝利と、王子の限界突破な愛しぶりに心がトロトロになってしまったルチアでした!
舞踏会を無事に完全勝利で乗り切ったものの、ふとした瞬間に恐ろしい疑問が頭をよぎった私(中身:48歳元ニートおじさん)。
「ふぅ……疲れたわぁ……」
自室に戻り、重厚な舞踏会用ドレスを脱ぎ捨てた私。
エレノアが背中の紐を緩め、パチンとコルセットの金具を外した瞬間――
(はぁぁぁぁっ……! 呼吸ができる……! 生き返る……!)
解放感に浸り、ゆるゆるのシルクのネグリジェ羽織ったその時、私の頭の中にふと強烈な疑問が浮上した。
(……待てよ? 今日の舞踏会のあの圧倒的なメリハリボディって……エレノアの殺人的なコルセット締め上げ技術の賜物だったわよね? 脂肪を上に集めてウエストを強制ギュー締めにしてたわけだし……)
ゴクリと生唾を飲み込む。
(コルセットを外した『素の私』……今の本当の体型はどうなってるのよ……!? 連日の激甘スイーツドカ食いで、実はウエストがタポタポのただのデブになってたりしないかしら……!?)
恐ろしくなった私は、エレノアが姿見のカバーを外す前に、一人で全身鏡の前に立ち、ネグリジェの前をそっと肌蹴けさせた。
「………………え?」
そこに映っていたのは、予想を根底から覆す「恐怖の光景」だった。
* ウエスト(腹部):太るどころか、驚くほどキュッとキュートにしなやかにくびれている。脂肪がついている気配すらなく、吸い付くような白く滑らかな「極上の少女のウエスト」そのもの。
* 胸元(上半身):コルセットで寄せていない素の状態であるにもかかわらず、ずっしりとした重みとともにむちむちと主張する豊満な膨らみがそのまま維持されている。垂れることすらなく、綺麗なお椀型を描いて主張していた。
* 下半身:下着の上から確認するまでもなく、男としての象徴はすっかり影を潜め、滑らかで可憐なラインに収まりきっている。
(う、嘘でしょ……!? コルセット外しても、ウエストがくびれてて胸が爆発したままじゃないのよぉぉぉ!!??)
パニックになって己の身体を揉みしだく! 柔らかい! どこを触っても「完璧なお嬢様」の極上肉体そのものだ!
(何で太らないの!? 毎日あれだけパンケーキも高級スイーツもドカ食いしてるのに! 食べた栄養と脂肪がウエストを全部素通りして、ピンポイントで胸と尻だけに還元されてるじゃないのよーーーっ!!)
「ふふふ……お気づきになりましたか、ルチア様」
後ろから忍び寄ってきたエレノアが、満足そうに目を細めてうっとりと囁いた。
「連日のコルセット締め上げによって脂肪の記憶形状が完了し、さらにルチア様の体内で溢れ出る女性ホルモンが、摂取したカロリーをすべて『完璧な淑女の肉体』へと変換させているのですわ。もはや補正具など使わずとも、ルチア様は素の状態で『究極の美少女』として完成されております」
「脂肪の記憶形状って何よぉぉぉ!! 科学を凌駕するなーっ!!(涙目)」
補正の下駄すら履いていなかったという絶望的な事実。
素の身体すら完璧なお嬢様へと変質してしまった私に、もう逃げ場など残されていなかったのだった。




