ようこそ、人外適応管理局へ
雷鳴が轟く。
空を覆う墨を流したような雲を見上げ、僕は振り返る。
「雷獣、落ちてきますかね?」
古びた椅子が鈍く軋む。
背もたれに身を預けていた瀬尾局長が、ゆっくりと顔を上げた。
「大丈夫だよ。彼は案外臆病な子だから、今頃は雲に必死にしがみついているころさ」
穏やかな表情には似合わない言葉だった。
その一言に少しだけ肩の力が抜けた。
机に戻り、手元にある資料へ目を落とす。重い雲の隙間から差し込んだ光が、机に小さな陽だまりを作っていた。
この管理局では、人ではない彼らの存在が、当たり前の日常として息づいている。
そんな光景を見慣れた今でも、不思議な気持ちになることがある。
椅子の軋む音が、もう一度だけ小さく鳴る。
瀬尾局長が背を離し、わずかに姿勢を正した。
「良治くん、今日雪女さんが相談に来るから。対応お願いね」
事務所の奥まった場所にある給湯室から、トントン、と小気味よい音が響き、続いてお茶を淹れる心地よい音が聞こえてくる。
この局で事務作業をしてくれている、サトリさんだ。
ほどなくして、湯気を揺らすお盆を手に、サトリさんが穏やかな足取りで現れた。
瀬尾局長の席へ湯気の立った湯呑みをそっと置き、こちらに顔を向ける。
「雪女さんが来られるのは初めてです。まだ仮名もない状態なので一緒に考えてあげてくださいね」
雪女と呼ばれた彼女は、これから新しい人生を歩み始める。
その最初の一歩に寄り添えるのだと思うと、僕の胸には、静かな緊張と使命感が、音もなく広がっていった。
重い腰を上げた瀬尾局長が、何も言わず僕の肩にぽんと手を置いた。激励のようだ。
僕は短く「はい」と答えた。
僕にとっても初めての仕事だ。人間と妖怪の狭間で、どちらにもなれなかった僕に居場所を与えてくれた瀬尾局長のためにも、少しでも力になりたいと思った。




