水晶球の視線
何の抵抗もなく、歯はいとも簡単に指の肉に食い込み、噛み痕を残した。
「あっ! アンビティ弟は噛みつくことで甘えたいの? さっき突き飛ばした時みたいに、直接防ぐこともできたけど——やっぱり、痕跡っていうのも愛の形ね」
「あんた……」
思わずヴィエルヤをマゾヒストだと罵りそうになったが、チェルシーに噛みつかれた時、自分も無抵抗だったことをふと思い出し、出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。
「あんた? あんたって何よ、アンビティ弟。お姉ちゃんが見抜けないとでも思ってるの? 何日経とうと、身体には薄っすらと噛み痕や傷跡が残ってるわ。いったい誰がつけたのかしら?」
ヴィエルヤが獲物が針をくわえた時のような笑みを浮かべ、不愉快な予感が走った。すでに反逆者として公に発布された宮相の娘、チェルシーに噛まれたと知れれば、必ず言いがかりの種にされる。
「エダだ。もちろんエダだよ。あいつが俺を噛んだんだ」
「あら? 聖教の聖女を魔女と呼んだだけでなく、自分の主君にして帝国の女皇までもを陥れるの? アンビティ弟、このことが外に漏れたら、何回首を斬られても足りないわよ」
チェルシーが私の身体にこれほど多くの噛み痕や傷を残したことなど絶対に言えない。だからエダの仕業だと嘘をついた。隠蔽する意図の他にも、彼女ら二人の関係を少しでも離間できないかという目論見もあったが、こんな拙い嘘はあっさりと見破られてしまったらしい。
「それなら……俺の言葉を信じないくせに、なんで誰がつけたのか聞いてきたんだ。信じないっていうなら、誰の仕業だって言うんだ」
「もうっ。お姉ちゃんはあなたを試したのよ。誰の仕業かなんて、当然わかってるわ。宮相の娘、赤毛のあの娘でしょう? チェルシーだったかしら。アンビティ弟はあの娘のことがそんなに好きなの? ちょっと嫉妬しちゃうわね、あんなに大切にしてるみたいだし。アンビティ弟が感情的に動くタイプだとはずっと知ってたけど、父親を殺して娘を持ち去るなんて、まるで略奪婚の蛮族みたいじゃない。そのせいでエダ妹とも険悪になって……本当に後先考えないんだから」
「なんでそんなこと知ってるんだ……また俺の身体に何か細工でもしてたのか?」
「やっと神力って言葉を受け入れてくれたのね。そうよ、お姉ちゃんは全部見てたわ。小さい頃にあげた水晶球を通してね。詳細まではわからないけれど、アンビティ弟に起きたことなら朧げに感じ取れるのよ。例えば……アンビティ弟、実の妹や実の姉と接吻した気分はどうだった? 以前は女神様に少し感情を書き換えられていたから、接吻しても多少の動揺しかなかったでしょう? でも今は少し解除されたけれど、思い出してみてどんな気分かしら?」
かつてないほどの凄まじい羞恥心が脳天を突き抜けた。自分が姉妹とそんな真似をしていたからというだけでなく、家でくつろいでいるところをずっと盗み見られていたという事実が何よりも耐え難かった。
「あんた……よくもそんな真似ができたな! それでも聖女としての自覚があるのか!」
「あらあら、さっきはお姉ちゃんのことを魔女と罵ってたのに。それに、自分の姉妹と接吻するような人に非難される筋合いあるかしら? お姉ちゃん、このことだけでもアンビティ弟の教籍を剥奪できちゃうのよ」
「信仰する神の愛だって剥奪すればいいだろ!」
そう言い返そうとして、再び口をつぐんだ。さっきあの悪魔が私にした数々の仕打ちを考えれば、そんなもの(神の愛)を認めるわけにはいかなかった。
「ん? アンビティ弟、何て言おうとしたの? 女神様の愛を認めてくれたのかしら?」
「ち、違う! あんた、あんたずっと俺を弄んで……一体何がしたいんだよ!」
「だから言ってるでしょう。お姉ちゃんは、アンビティ弟の愛が欲しいのよ。でもアンビティ弟は普段から他人と接するのに、刀剣や土地の言葉しか使わないから、お姉ちゃんの愛が理解できないのね。……あ、指が乾いちゃった。もう一回噛んでくれない?




