三学年合同魔術講義
昼の休憩時間。
リューリクは同じ講義だったヘンリーを捕まえて食堂へ向かった。
学院での食事は学費に含まれていて、毎食三つの種類が準備されている。
たとえ平民であっても、貧しさゆえに食事ができないことはないという制度だ。
ヘンリーに皿をいくつか渡してから、リューリクは食べ始める。
リューリクにとって、ここの食事の量は少しばかり多いのだ。
食事が終わる頃、フェルナンドが姿を現した。
「やぁ、もう食事は終わってしまった?」
びくりとヘンリーの動きが固まり、どういうことだと視線がリューリクを刺してくる。
「そちらの彼とは、はじめましてだね。フェルナンドだ、よろしく」
「ヘンリーです。フェルナンド様」
差し出された手をヘンリーは固い動きで握り返す。
「リューリクと話したいのだけど、借りてもいいかな?」
「はい!」
高位貴族であるフェルナンドの要求を断る力は、平民のヘンリーにはない。
ヘンリーの返事を聞くとフェルナンドはリューリクの腕を掴んで引いた。
「行くよ」
これ以上、下手に注目を集めてはいけないと、リューリクは大人しくフェルナンドに従った。
食堂から少し離れた空き講義室に入ると、フェルナンドはリューリクの腕を離した。
「昼の休憩は僕と約束してたよね。一緒にいたの、この前とは違う平民だし」
二人きりになって面倒な追及をされないようにと、ヘンリーと一緒にいたことを咎められているらしい。こうして連れ出されてしまっては意味がないなと思いながら、リューリクは言い訳をすることにした。
「だから食堂で待っていただろ。ヘンリーは同室で、よく世話になっているんだ」
フェルナンドはジトっとした目でリューリクを見る。
「今度からは、いつもの菜園で待っていて」
「わかったよ」
頷きながら、リューリクは椅子に座る。
薬の影響か、どうにも立っていることが辛いのだ。
机に肘を置いて、額をその手に緩く預ける。
「午後、上級生と合同の魔術講義があるのは覚えているか」
「あぁ」
「実戦形式の魔術の撃ち合いが行われる。この講義はサボれないだろう」
「そうだな」
上から三学年合同の魔術講義は年に二度行われる、大規模な実戦形式の講義だ。
実戦形式と聞いてはいるが、詳しいことをリューリクは知らない。
「私と組め。班分けがあると聞いている」
リューリクは驚く。
「僕では何の戦力にもならないぞ」
「ならないからいいんだろ」
どういうことだと眉を顰めるリューリクの頬に、フェルナンドは手の甲をそっと添えた。
「薬が効かなかったのか。まだ顔色が悪い」
「構うな」
振り払うのも面倒で、リューリクはそれだけ言って目を伏せた。
フェルナンドはリューリクと少し離れて座り、昼食に持ってきたサンドを取り出す。
それを食べながら、動く様子のないリューリクの周囲の魔力を観察する。
幼い頃、はじめて目にしたような不思議な魔力の動きは、魔術学院で再会したリューリクから見てとることはできない。
―平均的な魔術師より、少ない魔力量の持ち主。
そう、リューリクの周囲の魔力からは判断できる。
おかしなことだ。
はじめてリューリクを見たあの日、今まで見たどんな魔術師よりも豊富な魔力量を持つ者だと、そんなふうに見えたのに。
それに、リューリクが持っていたあの薬。
一般的に売られている回復薬とは違うようだった。
魔力量の少ない者が、そのような回復薬をわざわざ持ち歩く必要はない。
そして、フェルナンドはリューリクが確かに回復薬を飲んだのをこの目で見た。
けれどリューリクの顔色は悪いまま。
立っていることも辛そうで、ああして動かずじっとしている。このような症状の原因として、考えられるのは回復薬の過剰摂取。
ここ数日の魔術学院の講義で、それほど魔力量が必要になるものはなかった。
そもそもリューリクは講義において手を抜くのが常で、誰よりも体力と魔力を使わないでやり過ごしている。そんな彼が、回復薬を過剰摂取するほど魔力を使ったと?
数日前、共に街を歩いたときに購入していた大量のクズ魔石のことも気になる。
クズ魔石の使用方法など限られているし、魔術師にとっては大して利益のあるものではない。それを一度にあれほどたくさん……。
午後の上級生との合同講義は、毎回負傷者も多数出ている。
講師陣からの評価にも大きく響くし、王宮魔術師や軍部も見学に来るため、自らの実力を示す数少ない機会でもある。誰もが本気で、特にフェルナンドたち学年が下の者は上級生に狙われやすい。
―リューリクのような状態で講義に参加すれば、怪我ではすまないかもしれない。
兄たちからこの講義について聞きかじって知っているフェルナンドは、午後の講義でどう立ち回るか思案にふけった。
三学年の生徒たちは魔術学院の中央広場に集められ、講師たちがこれから行う講義について説明していた。
中央広場は魔術学院で最も広い屋外の魔術使用が許可された場所で、大人数の実践魔術の講義の際によく利用される。
リューリクはそれをぼんやりと聞きながら、「あぁ、シュターリエに怒られてしまう」と手元からなくなった魔力回復薬について考えていた。
昨日、今日で飲んでしまった二つでシュターリエから受け取っていたエルフの魔力回復薬は全部だった。
飲み過ぎてはいけないからと、シュターリエは一度に二本しか持たせてくれないのだ。
前回、薬はフェルナンドと街へ行った数日前にもらったばかり。
月に一度、その二つを消費する頻度でも渋い顔をしてお小言を頂戴するのに、この数日で使い切ってしまったなどと言えば大目玉に決まっている。
かといって、手元に魔力回復薬がない状態は心もとない。
あの強い飢餓感を味わうのは、なかなかに辛い。避けるための保険がないというのはどうにも落ち着かないものだ。無意識のうちにローブの回復薬を入れていたあたりを探ってしまい、リューリクは軽く息を吐いた。
中央広場には円形状の高さのある舞台があり、そこから出た者は失格とされるらしい。
午後の講義の要点は三つ。
一つ、二人以上の班を作ること。
二つ、相手を気絶、降伏、あるいは舞台からの場外にさせたら得点が加算される。
加算した得点は班のもので、最終的に人数で分配された点が個人の得点になるらしい。
つまり、班の人数が多いほど各自に分配される得点は減るということだ。
三つ、得た得点の数、生き残った班の人数、最後まで場内に残った者。それらをもとに評価はされる。
要は、複数人での戦闘を確認する、軽い試験のようなものだろう。
殺しをした場合は即退学という決まりもあるので、それほど危険はないとリューリクは考えた。
そして、戦力にならない自分とわざわざ同じ班になろうと言ったフェルナンドに首を傾げる。
「リューリク」
班決めのために取られた時間、フェルナンドはすぐにリューリクへと声をかけた。
「本気?」
広場の隅で気配を消していたリューリクは、自分を見つけたフェルナンドに内心驚きながら、それを隠し聞き返した。
「本気だとも」
フェルナンドは貴族らしい笑みを浮かべて頷いた。
フェルナンドは講師のもとに班員の登録をしに行き、戻ってくると小型の魔術具をリューリクに手渡した。
持ち込み自由のこの講義に向け、制作していたものらしい。
「これは投げると爆風を起こす魔術具。こっちは光って相手の目くらましをする。それからこの魔術具は、粘性のある物質をまき散らして相手の動きを止める」
「へ、へぇ……」
随分と念の入った準備だ。
「これらを使い、相手を攪乱させて逃げ続けること。危険を感じたら迷わず場外に降りろ。上級生は特に下級生を狙う。専門分野を学び始めたばかりで魔術の練度がそれほどではない下級生は、絶好の得点源だからな」
つまりフェルナンドは、リューリクに逃げて隠れて、無理はせずに自ら失格となることも許容しているのだ。
「得しかないが?」
「私は優秀過ぎるから、それでいいのだ」
講師から開始の合図が告げられると、学生たちはいっせいに魔術を放ちだした。
リューリクは巻き込まれないよう周囲をよく観察して、魔術の合間を縫うようにするりするりと歩いていく。
フェルナンドはああ言ってはくれたが、いつも便宜を図ってくれている礼にもなるだろうと、リューリクも多少は得点を稼ごうとは思っていた。
講師たちや王宮から来ているという魔術師や軍部の目を引くような派手な動きはできないし、魔力回復薬もない状態だが、フェルナンドが与えてくれた魔術具があればいくらか得点は狙えそうだ。
昼の休憩時間に体を休めることもできたから、今ならばそれなりに動くこともできるだろう。
リューリクはさっそく、魔術で交戦中の舞台の淵、近くにいる者を狙うことにした。
正々堂々と戦うなど馬鹿らしい。
要は最後のとどめを決めた者に最も得点が入るのだ。
魔力を圧縮させた小さな塊をいくつも作ったリューリクは、彼らにそれをぶつけていく。
隙を突かれた形で、数人があっけなく場外に落ちて失格となった。
その調子で舞台の淵をぐるりと歩いて回りながら、ぽつぽつと学生たちを落としていく。
舞台の淵がよく見える位置には、等間隔に舞台をぐるりと囲むような形で軍所属の騎士服を纏った審判役たちが配備されているのが確認できた。学生たちをよく知らない外部の者に審判をさせることで公平性を保っているらしい。
一周する頃になると、舞台の上の学生は半数ほど数を減らしているように見えた。
ふらふらと舞台の淵に立つ無防備なリューリクの姿は新たな対戦相手を探す学生の目に留まったようで、いくつかの魔術が一斉にリューリクへと向けられる。
「ねらわれてるよ」
心配した精霊が一人、そう囁きかけてくる。
「わかっている」
リューリクは躊躇わずにフェルナンドに渡された魔術具を投げつけた。
強い光を放つ魔術具だ。
「わっ!」
「目が見えぬ……!」
動揺する学生たちに跳ね上がって蹴りを喰らわせ、重心を崩したたらを踏んだところを魔力弾で場外へとはじき出す。
彼らの目が慣れてきた頃を見計らい、今度は爆風を起こす魔術具を使って一帯を混乱に巻き込んでいく。
爆風でまた何人か場外に飛び出したのを視界の端に入れ、これくらい得点を稼げば充分かとリューリクは思う。
ふと、少し先で苦戦している様子のヘンリーが見えた。
同室のよしみだと、使いどころに困っていた最後の魔術具をその対戦相手に向かって投げる。
魔術具から何やら飛び出して、ぼとぼとと相手の身体にそれが降り注ぐ。
「なんだこれはっ⁉」
相手の動きは見る間に鈍り、ヘンリーはそれを見逃さずに魔術を放った。
「恐ろしい魔術具を持ち込んでいるな」
相手の気絶を確認したヘンリーはにこにこと笑いながらリューリクに声をかけた。
「非力な私に似合いだろう?」
荒い呼吸でうっすらと笑いながらそう答えたリューリクに、ヘンリーは心配気な顔になる。
「フェルナンド様はどうした」
「なぜ?」
「お前と同じ班だろう。今のリューリクが一人でいるのは危ない」
不思議そうなリューリクに、ヘンリーは言葉を足す。
「わざわざ講義前にお前に話だなんて、同じ班への誘いだったんだろう?」
大きな爆発音に釣られてそちらを見ると、派手に魔術を撃ち合っているフェルナンドの姿が見えた。
「魔術具が尽きたから、私はそろそろ引くとするよ。せっかくだからヘンリーに得点を分けてやろうと思うのだが、どうだ?」
リューリクは自分よりも背の高いヘンリーを見上げながら言った。
ヘンリーは虚を突かれたように目を丸くして、そしてすぐに小さく頷いた。
「優しいな、リューリクは」
再び起こった魔術の撃ち合いは近かった。
その勢いに紛れて、ヘンリーは優しく、けれど必要な強さでリューリクの背を押してくれた。
力に逆らわず、トン、と。
無傷でリューリクは場外に落ちた。
舞台の方を振り向けば、残った学生は最初の四分の一ほどに見えた。
思いのほか自分は残っていたのだなと思いながら、リューリクは敗退者に用意された観覧席へと向かった。
―きたよ。
と精霊の声が聞こえて、リューリクは閉じていた瞼をゆるりと開けた。
「随分と得点を稼いだみたいだね」
ぼうっとする視界の焦点を合わせながら、声をかけてきたのがフェルナンドだとわかって口を開く。
「もらった魔術具が優秀だったからね」
「私の雄姿、見ていてくれた?」
「……」
観覧席の一番後ろで転寝をしていたリューリクは沈黙を返す。
「いいんだ。休んでくれていた方が安心だ。リューリクが粘ってくれたから、思いのほか上位の班に私たちはなったんだ。同室の平民……ヘンリーだっけ?彼の班も健闘してたよ」
「そう」
「負傷した学生のために明日から数日お休みだけど、予定は?」
連続したお休みは貴重だと、一月前にオクタイアを通して外出許可と外泊届を出していたことを思い出す。魔術具を交換する際に提出すると、オクタイアは何も聞かずに通してくれるのだ。リューリクは彼のその点だけは好きだった。
「街に出る」
パッとフェルナンドの顔が華やいだ。
「ちょうどいい!それなら私の屋敷においでよ。腕のいい魔術医がいるんだ」
―魔術医⁉
リューリクはガクッとよろけかけた身体を慌てて起こす。
魔術医は医者の資格を持つ上級魔術師だけがなれる職で、当然ながらその数は少ない。
魔術への深い造詣を持ち、その多くはフェルナンドの魔力が見える目のような、特別な才を持つらしい。
そんな人物に診断されて、うっかりリューリクが女であることや精霊との関りを暴かれてはたまったものではない。
「必要ない」
「必要だよ!君のそれは回復薬の飲み過ぎによる症状だろう。それは魔術医の領分だ。口は堅いし、他の貴族に話が漏れることは絶対にないから安心だよ。魔術契約を結んでもいい」
「眠れば治る」
そう、リューリクは断った。
もの言いたげに離れないフェルナンドと共に寮へ戻ると、何やら浮足立った気配に包まれていた。
「何かあるの?」
「合同魔術講義の後は、毎回食堂で大騒ぎさ」
得点を多く得た班や、活躍を評価された班の武勇伝を面白おかしく朝まで語り合うのが恒例だと、フェルナンドは答える。
それなら今日は食堂に行かないのが安全だと、リューリクはまっすぐ自室へと向かう。
「待って。夕食をもらいに行かないと。遅くなったらなくなっちゃうよ」
今日みたいに食堂が大騒ぎになる日は、自室で食べられる手軽な食事が用意されているとフェルナンドに教えてもらい、受け取りに行く。
食堂の入り口の近くでそれは配布されており、リューリクとフェルナンドは無事に受け取れた。
同じように受け取る学生も見えるが、多くは賑やかな声の聞こえる食堂へと吸いこまれている。
「フェルナンドは参加しないのか。間違いなく単独での得点数が多いのはそなただろう」
「ナサニエル殿下」
フェルナンドが略式の礼を取ったので、リューリクはサッと目線を下に落としフェルナンドと距離を取った。
ナサニエル。
リューリクはその名を知っている。
第6王子殿下で、書類上リューリクの兄になる存在。
魔術学院に唯一在籍する王族で、学院内で間違いなく最も高い身分を持つ。
リューリクは王家の公式の集まりなどに顔は出したことがないため、実際に顔を知る王族はアルタリア王しかいないが、市井に知られている王族の情報は抑えている。
「私との魔術の撃ち合いで加減をしただろ?おかげで私の班が一番になってしまった」
嬉しくなさそうにそう言うナサニエルの手には、持ち帰り用の食事がある。食堂での大騒ぎに参加する気がないのだろう。
「殿下にふさわしい戦績です」
「ねぇ、私が目立ちたくないって知ってるよね?」
アルタリア王の血を引く王子は6人。王女は3人。
王になるのに性別の縛りはなく、現在はっきりと王位を望まないと宣言しているのは3人。残りの6人は水面下で次期王位を争っているそうだ。
ナサニエルは末の王子であるものの、母の生家である後ろ盾が強く有力視されていると聞くが、この様子を見るに本人は目立たず王位争いへの参加も望んではいないようだ。
「合同講義で少々目立ったところで、大人たちは騒ぎません」
ツンと返したフェルナンドは、食堂に向かって声を張り上げた。
「今回一番の得点数を得たナサニエル殿下がいらっしゃるぞ!」
「ナサニエル殿下⁉」
「あの第6王子殿下の?」
ドッと食堂が沸き立ち、幾人もの注目がこちらに向いているのがわかる。
フェルナンドはナサニエルの腕をグイッと引っ張って食堂の中へと彼を放り出した。
「は?ちょっと何を……」
混乱しているナサニエルは、そうして食堂の騒ぎの中へと消えていった。
「あんなことして大丈夫?」
少し心配になってリューリクが尋ねると、フェルナンドは澄ました顔で答えた。
「殿下は目立つことがお好きなのだ」
絶対嘘だろとは思ったが、面倒そうな気配がしたのでリューリクはそれ以上聞くのはやめた。
高位貴族や王族の人間関係など知りたくない。




