01
「おにいちゃん、だぁれ?」
「おれは…」
「おにいちゃん、私は紅姫って言うの!!暗い顔してどうしたの?」
一人で公園で遊んでいるときにとあるの男の人に出会った。人攫いでもなさそうな男はひどく暗い顔をしていた。幼いながらに放っておくことができず、小さかった私は話しかけた。それはきっと私がつらくて誰かに話を聞いてほしいという願いがあったからだと思う。
「あのね、紅姫もね、つらくて苦しいことがあったんだぁ…。お兄ちゃんもすごくつらくて苦しそう。紅姫と一緒だね。つらくて苦しいときはね、お母さまがいつもこうしてくれたの!!だから、お兄ちゃんにもしてあげるね!!」
そう、思い出して涙をこらえるように笑った私は座っていた男の人に手を伸ばして、その頭を撫でた。硬質そうに見えて実はすごく柔らかかった髪をそっと左手で優しく。
「つらいこと、苦しいこといっぱい我慢したね。でもいつか苦しいこともつらいことも終わるよ、ずっと続くわけじゃない。だから、どうしても我慢できないときは泣いたっていいんだよ。泣いたら次はきっと笑えるから」
生意気にもしゃべり倒した私をその男の人は怒るでもなく、ただただ小さな声で、でも私をしっかりと見て確かに「ありがとう」と言ってくれた。その目にわずかに涙を浮かべて。
懐かしい記憶を思い出した。あれはまだ、私が幸せだったころの記憶を大事に持っていた時の思い出。もう男の人の顔は思い出せないけれど、綺麗な黒髪だったことだけは覚えている。私にとってその人は顔も思い出せないのに初恋の人だった。だって私を邪険に扱わなかった、優しい人だったから。
「巫紅姫です。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
痛む体に鞭を打って深く頭を下げる。今日はこの現代日本において珍しいと言える政略結婚の決まったお見合いとは名ばかりの顔合わせの日だった。自由恋愛やお見合いと言っても敷居の高くない、自由なお見合いも多い中、私は政略結婚を命じられた。よっぽどのことがない限り、断られることはない結婚することが決まっているお見合い。私に自由なんてない、これから先もずっと。そう、思っていた。
「ああ、日下部雅人だ。よろしく頼む」
淡く微笑んでくれた日下部さんは私を息苦しい顔合わせの場所から連れ出して、外の庭園へと連れてきてくれた。穏やかな日差しが優しく私たちを照らし、少し寒さを感じていた私にとってはありがたかった。
「すまない、寒かったんだな」
寒かったことに気付いたのか、ジャケットを肩に着せてくれた日下部さん。そんな優しさには久しく触れていない私は少し涙が出そうになる。今の家に引き取られてから、優しくされたことなど一度もなかったから。
「すみません」
「謝ることはない、あそこに座ろう」
庭園を一周した後、置いてあるベンチに座り少しだけ話をする。そこでは普段、日下部さんがしている会社のことや、日下部さん自身の話を聞いた。私には話すことがなくてほとんど黙りこくってしまったのは言うまでもない。
「君は、あの巫家の子なんだね」
「……っ。知っていらっしゃったのですね」
「それはね、その世界では有名だからね」
この世界にはある一定数、特殊な力を持った人間が存在している。近年ではその数を減らし今ではもうほとんど存在してはいないが、まだまれに存在はしている。そうして息をひそめるようにして生活をしている能力者たちは生まれやすい家などがあって、その家は能力者の家系として確立する。私の生家、巫家もその一つで、巫家は能力者家系の中でもさらに特殊で、様々な能力を持った種類を問わない子どもが生まれることで有名だった。家系として確立した家では家系ごとに系統があって同じような能力の子どもが生まれるのが常識。だけど巫家だけは違う。巫家はその縛りがないのだ。そこで生まれた私は、残念なことに巫家最後の一人である。
「何の能力があるか、聞いてもいいかい?答えづらければ答えなくてもいいんだ」
「私は…」
巫家の中でも異質な血液を操る能力、通称血液操作能力を持っている私はどこへ行っても爪弾きにあった。みんなとは違う珍しい紅い瞳、ひとたび血が流れ出れば触れた物質を腐食させてしまう恐ろしい力。腐食させる力は自分の意思で制御ができるけれど、能力に詳しくない人からすれば気持ちが悪いのだそうだ。
能力によって体にもその証が現れる能力者は見ればすぐにわかる。風を操る能力ならば灰色っぽい銀色にも見える瞳を持っていたり、植物を操るのであれば緑色の瞳だったりする。
「この目のように異質な、血液を操る力です」
自然に関する能力や千里眼や未来視などの力が一般的なのに対して、私は巫家でも見たことのない血液操作の力。巫家の誰もが困惑はした。それでも優しく包むように育ててくれた。
「俺は、その目の色はとても綺麗だと思うけれどね」
「あ、ありがとうございます」
気味が悪いと言われるのが嫌で、いつの間にか目の色が見えないように顔を伏せて生活するようになった。それだけこの目の色は気味が悪いと思われる色なんだと思い知らされるような日々。だから、引き取られてから初めて綺麗だと言われた。