降伏勧告
私の小説を読んで下さり、ありがとうございます
「な……何を」
トキは呟いた。
千年の時を経てようやく目覚めたというのに、また囚われたいと言うのか。
他の者達も、突然発せられた魔王の奇妙な言葉にしばし動きを止めた。
「……ふむ?」
魔王は首を傾げた。
「違うな……少し幼すぎるか……お前は」
そう言いながら、一歩前へ踏み出す。トキは動けなかった。真紅の瞳から目が逸らせない。
「っ……魔導士隊、魔王を拘束しなさい!」
クロウが叫んだ。
すぐさま魔導士達が機械杖に魔力を注ぎ、杖の先から青い光を放つ。光はまるで投げ縄のように魔王の手足に巻き付いた。
「拘束を強めなさい」
さらにクロウが命じた。ヒィィィ……と音を立てて青い光が強まり、魔力の縄がきつく締まる。
「そうか―――そうだ、余は―――――――……」
締め付けられてギシギシと軋む自分の体を気に留める様子もなく、魔王は呟いた。真紅の瞳がどこか遠くを見るように漂う。
魔力の縄によって手足が今にも引きちぎられそうなほどに強く引かれ、細い体が傾ぐ。それにも関わらず、魔王は悲鳴一つ上げない。乱れた黒髪の隙間からのぞく表情からは、苦痛など見受けられない。
(何なんだこいつは)
トキは寒気を覚えた。得体の知れない気味の悪さを感じる。酷く歪な怪物に人の皮を被せているようだ。
「トキ様」
クロウがトキに寄り添ってきた。
「魔王はもう動けません。さあ、前へ」
「あ……ああ」
トキはうなずいた。
まだすくむ足を無理矢理に前へ出す。足が震える。
(何がこんなにも恐ろしいというのだ)
トキは自分の臆病に苛ついた。その苛ついた気持ちのまま、両手両足を拘束された魔王の前に立つ。
「お前は一度、我が先祖に倒された。一切の抵抗は無駄であると知れ」
努めて堂々とした態度をとり、魔王を睨み付ける。魔王はそんなトキの様子を、真紅の瞳を見開いて眺めた。
「お前はもはや我らに逆らうことも出来ない。再び眠りに就きたくなければ、その力、我が王国の為に振るえ」
「眠り……退屈だが、それも良いか」
魔王は真顔で答えた。
(俺の大馬鹿者!)
トキは自分の頭を数百発ほど殴りたくなる衝動に襲われた。
(ついさっき、こいつに『その剣をこの胸に突き刺せ』などと言われたばかりではないか!あらかじめこのように言おうと決めていたからと言って、何という失言をしたのだ、俺は!)
トキが思わずうめき声を上げるのを、魔王はじろじろと観察しているようだった。その間にも魔法の縄が首や胴にまで巻き付き、締め付けてくるのだが、魔王は顔色ひとつ変えない。
ただ、首を傾げて何やら思案し――――はたと何かに気付いたような顔をした。
「そこの子供」
今度は魔王からトキに声をかけてきた。トキは背筋を伸ばして「何だ」と言った。
「お前は先程、『我が王国』と申したな」
「……ああ。確かに言った」
魔王の口角が上がる。嘘のように美しい顔に浮かぶ微笑みに、トキはぞわりと寒気が這い寄るのを感じた。
(何のつもりだ……)
トキは拳を握りしめた。
「お前達の望みは、余の力をその王国とやらの為に用いることなのだな?」
念を押すように魔王が尋ねる。
「先程からそう言っている。お前は我が国の兵器となり、我が国に尽くせ。これはネム王国国王である私、トキの命令である」
「ほう」
魔王の顔に満面の笑みが浮かぶ。トキの身体中に再び鳥肌が立った。
「魔王、お前は何を……」
「良いだろう」
楽しそうに魔王が言った。
「この力をその国とやらの為に使ってやろう。兵器が欲しいと申すならば、兵器として戦場にも立ってやろう。ただし条件がある」
その時、周囲からどよめきが上がった。ハッとしたトキがあたりを見回すと、魔王を拘束する魔法の縄が、黒い影のようなものにまとわりつかれている。影は魔王の身体から流れ出ているように見えた。
「動くなっ、魔王―――…………」
トキが叫んだ瞬間、黒い影は刃のように鋭く尖り、魔法の縄を切り裂いた。
魔法が地面に崩れ落ちて消える。もはや声も出せないトキのすぐ目の前に、自由の身となった魔王が立っていた。
トキの喉に、魔王の細く長い指がかかる。爪の先がほんの少しだけ皮膚に食い込む。
「条件は一つ。お前の国を寄越せ」
真紅の瞳をきらめかせ、嬉しくて堪らないというように魔王が言った。
……チートな上に言動が意味不明で人間味がないとか、最悪ですねこの魔王様。
しかし作者はこれに関する文句を受け付けません。こんなキャラなのです……。