瀕死
気付けば、ハヤトは魔の谷に入っていた。
生命2/40
この危険な場所で、瀕死だ。
腐ったようなぐずぐずの黒い木の影に、小さく、うずくまり隠れ、体力が回復するのをじっと待つ。
足が、ガクガク震える。
この臆病な足は、まるで言う事を効かない。自分の足なのに、震えを止める。そんな簡単な事が出来無い。がしっと強く手で抱え込み抑えつけ震えを小さくしている。
辺一面は、毒沼。腐敗沼。比較的乾いた部分に座っているが、震える足が、乾ききっていない地面をパチャパチャと叩き、時折、小さな音を立てる。
魔物を音で呼び寄せるのが、怖い。
昨日までは、無敵だった。命を賭けた事はあったが、それは他人の命だった。
少女7人と自分の命、どちらが重いかと問われるとお人好しの彼は、前者を採るだろう。ただ、それは理性の話だ!本能的な衝動の前に、それは意味を為さない。
この惨めに震える足がそう言っている。
理由は、分からないが、攻撃が通った。この世界のスキルは、穴が多い事は、知っていたが、本当の意味で、覚悟は決まっていなかった。
生命2→11
少し回復した。
魔獣の襲撃は無かった。
((立ちなさい、ハヤト。))
「駄目だ、動けない。」
((そう。))
体操座りで、顔を太ももに埋めて、じっとしている。
停滞する時。
陰鬱でジメジメした有害な空気の中に、
ふと、一筋の清涼感を感じた。
場違いな荘厳な香りがふわりと流れる。
澄み切った甘い脳髄を支配する香り。
その香りに誘われるように、のろのろと顔を上げ、虚ろな目で見上げた先には、
そう!
ローズがいた。
その透き通るほど、白い白磁のような肌はこの周囲一帯を黒く染め上げた禍々しい背景の中に、穢れなく咲く一輪の華。
目が離せない。。
少し困った顔を浮かべた少女は、
毒沼を、底の高いブーツで、気にする事なく、汚れる事なく、穢れる事なく、歩いてくる。
ハヤトは、ローズが歩いてくる中、迷宮スタートで、ローズと会ったあの日も、こんな感じで、情けなく体操座りしていたなと、ふと思い出した。
『立ちなさい、ハヤト』
差し出されたその白く小さな手に導かれ、
立ち上がる。
その手は、震えていた。
『馬鹿っ!』
見下ろすと、ローズが、小さく震えている。
いつも気丈で無敵に見えたその肩が、小さく震えていた。頼りきっていたその身体は、こんなにも小さかった。
もしかして?
あぁ、そうだ。
そうに違いない。オレは馬鹿だ。
ローズは、あの日、助けてくれた。
なら、今度は、助ける番だ。
ギュッと抱きしめた。
「もぅ大丈夫、怖くないよ。」
『ゆ、ゆうしゃコロす』
「分かったから、任せろ。」
不敵に嗤う。
何も出来無い状態で、ずっと斬撃で刻まれるのを見てたんだろ。そりゃ怖かったろう。
我ながら物騒な事を言ったが、ローズを泣かせた落とし前は、キッチリつけてやる。
そう思えば、無敵の勇者は、ちっぽけな存在に見えてきた。
対抗策は、まだ何も無いが。
ボンッ
魔法的な煙を吐き、戻った深紅の単発銃を、しっかりと握り、毒沼を歩きはじめた。
こんなクソみたいな場所に、似つかわしくない荘厳な香りを身に纏った青年は、覇者のように歩をすすめる。
「アジトに寄りたい。機能が生きていれば、ラッキーだ。案内してくれ。」
((ええ、このまま、真っ直ぐ進んで))
アジトに向かいながら、作戦を練る。
「ところで、あの攻撃はなんだったんだ?」
((さぁ?))
「あの徐々に減る痛みは、なぜか覚えがあるんだけどなぁ」
((そう、それよ!2回目か3回目で、1ダメージずつ入っていくの、2ダメージは無いの))
「え?まさか、見えてたの?」
((見えるでしょ?))
とんでも無いハイスペックだな、この銃。格ゲーのフレームなんか普通は見えない。
((だいたいダメージ0なのに、痛み?))
「いや、スキル無効はあるから、お財布とか、馬車とか。」
((それね!))
「それか!」
魔狼の馬車、足の豆、背負い袋の食い込み。これが、ダメージ0スキルの穴だと実証されている。恐らくは、これをマネた攻撃だったのだ。
んー?
攻撃力5も攻撃力20も0にするのが、このスキルだ。
数式で表すと、こんな感じか。
5→0、20→0、30→0。
でも、攻撃力1に満たない馬車はダメージが累積すると入る。
0.01→0.01×200回=2
コレだな!勇者のスキル攻撃は
20.4→0.4×3回=1.2
ダメージ0の穴は、
ダメージ整数カットが、効果だろう。
勇者が本気を出すと、0.99×12回=11
ビュイイン!
12連撃の1回で、11ダメージ入る可能性がある。
((分かったけど、だから?))
「対策が出来無いって事が、分かった」
((でも、不死が切れてて良かったかも))
「なんで?」
((たぶん、ワタシにダメージが入ってる))
「あー、そこまでチートなのか」
((スキルの弱点を突かれるって卑怯っ))
「なら、その弱点を突き返そう!」
((ねぇハヤト、疲れてる?))
「かもな。」
でも、なぜか、疲れて適当に言ったこのアイデアに、反撃の糸口がある予感がした。




