第7話 無自覚な独占欲の覚醒
リアム副団長の親衛隊の令嬢たちと謎の絆を深めたあの日から数日。
私は王宮の女官として、相変わらず多忙だが充実した日々を送っていた。
「クラリッサさん、先日の式典の備品リスト、見やすく整理されていて助かったよ! さすがだね」
「まあ、アルフレッド様。お役に立てて光栄ですわ。リストの追加部分は、また後ほどお届けしますね」
「ありがとう。君が来てくれてから、こちらの事務処理も本当に助かっているよ」
王宮の廊下で声をかけてくれたのは、年上の王宮事務官・アルフレッド様だ。
物腰が柔らかく仕事も丁寧な方で、新人の私にもいつも親切に接してくれる。自分の仕事を褒めてもらえた私は、自然と笑みをこぼしながら和やかに言葉を交わしていた。
その時だった――。突如として、廊下の空気が凍りついた。強烈な圧迫感と冷気が背後から押し寄せてくる。
(えっ……なにこの殺気……!? 刺客……!?)
思わず首をすくめ振り向いた私とアルフレッド様の視線の先に立っていたのは――警備報告のために王宮を訪れていた、騎士団の正装姿のリアム様だった。
透き通るような銀髪に、息を呑むほど美しい顔立ち。
だが、その紫の瞳は恐ろしいほど冷たく澄み渡り、まっすぐにアルフレッド様を射抜いていた。
(……な、なに? リアム様……? 胸を押さえて、なんでそんなに険しいお顔を……?)
当のリアムは、生まれて初めて覚える胸の内に渦巻く『奇妙な不快感』に戸惑っていた。
クラリッサが自分以外の男に向けている柔らかい笑顔。楽しげに弾む声。
それらを目にした瞬間、胸元のあたりが焼けるように熱くなり、不快な苛立ちが胸いっぱいに広がったのだ。
(なんだ、この胸のつかえは……? なぜこんなにも不愉快なんだ……?)
それが『嫉妬』という名の恋心であることに、恋愛経験のないリアムは気づいていなかった。
思考をフル回転させた結果、彼が出した結論はただ一つ。
(……そうか。あの男、ハミルトン侯爵家の嫡男である僕の婚約者、クラリッサに対し、、あまりに不躾で軽薄な態度を取っている。我が家の誇りと彼女の尊厳を脅かす無礼者には、指導が必要だな)
完全なる勘違いと、無自覚すぎる独占欲が全開である。
「副団長……様……?」
リアム様は、感情の消えた美しい顔のまま、アルフレッド様へ静かに歩み寄っていく。
一歩。
また一歩。
その紫の瞳から放たれる圧に、アルフレッド様の顔がみるみる青ざめていった。
社交界で『目が合っただけで妊娠させる』と噂される男の本気の威圧を至近距離で浴びせられたのだ。
「ひっ……! ぐ……あ……っ!」
アルフレッド様の顔面からみるみる血の気が引き、ガクガクと膝が震え出す。
リアム様の冷徹な視線が彼を貫いた瞬間、生存の危機を感じ取ったアルフレッド様の額ら、だらだらと汗が流れ出す。
「ご、ごめんなさいいぃぃっ! 無礼を働くつもりは決してぇぇぇっ!!」
アルフレッド様はついに耐えきれず、脱兎のごとく廊下の奥へと走り去っていった。
「あ、アルフレッド様!?」
目の前で起きた謎の事態に私が茫然としていると、すっと私の前に大きな影が落ちた。
「クラリッサ。怪我はないかい?」
「は……? い、はい……? 何もされていませんけれど……」
リアム様は至極真面目な顔で、私の手首をそっと引き寄せると、まるで危険から守るように私を背後に庇った。
「あの男は不躾すぎた。君に気安く触れようとするなど、僕の婚約者に対する敬意が足りない。今後は不用意に近付かないよう、事務方にも通達を出しておこう」
(……ええぇぇぇ!? アルフレッド様は、ただ書類の話をしてくださっていただけなんですけど!? 物理的に追い払うほどの無礼なんて何もされていませんけどーッ!?)
凛々しい顔で『君を守った』と言わんばかりのリアム様。
その圧倒的なフェロモンと、あまりに理不尽で鋭すぎる独占欲の圧を至近距離で浴びせられ、私の胃は瞬時に警報を鳴らし始めた。
「クラリッサ? 顔色が悪いようだが……」
「な、なんでもございませんわ! ちょっと胃が……いえ、胸がいっぱいでっ!」
冷や汗をだらだらと流しながら、私はポケットの中の胃薬の瓶を力任せに握りしめるのだった。
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