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胃薬令嬢とモテ男の副団長 ~放置されていると思っていたハイスペ婚約者が、実は私を一途に愛しすぎていた件~  作者: 恋せよ恋


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第5話 肘鉄を喰らった麗しの騎士と、諦めない母たち

 翌日のハミルトン侯爵家のサロンで、リアムとチャールズは、クラリッサについて話をしていた。向かい合った二人の前には、湯気の立つ紅茶が置かれていた。


「チャールズ……昨日、クラリッサに肘鉄を食らった」


「……は?」


 チャールズは思わず聞き返した。


 整った顔を本気で曇らせ、疲れた声音で語るリアムに、チャールズは呆れたような顔を向けた。


 周囲からは『麗しき誘惑の騎士』と憧れられ、その視線を浴びただけで妊娠する、とまで噂される男が、婚約者の肘鉄一発でこの有様なのだからお笑い草だ。


「嫌われているのだろうか。やはり、いきなり距離を詰めすぎたか……?」


「お前なぁ……あいつはただ、お前の顔と圧に緊張して慌てただけだろ。少しは自分の魅力に自覚を持て」


 

 そこへ勢いよく飛び込んできたのは、リアムの母であるハミルトン侯爵夫人カサンドラと、クラリッサの母メラニアだった。


「リアム! 結婚は一年後だなんて気取っている場合じゃないわ! 早く式を挙げて孫の顔を見せなさい!」


「そうよリアム様! ウエディングドレスの手配ならもう済ませてありますわ! さあ、今すぐ王宮からあの子を連れ戻してちょうだい!」


 怒涛の勢いで詰め寄る二人の母親。しかし、リアムは至って冷静に、表情を変えず言葉を返した。



「お言葉ですが、母上、メラニア様。現在の王宮における女官の人手不足、およびクラリッサが担当している業務を鑑みるに、今すぐの退職は不可能です。仮に強引に辞職させれば、女官長からハミルトン家およびパレス家へ厳重な抗議が入るでしょう」


「うっ……そ、それは……」


「さらに、クラリッサの友人であり従姉でもあるイザベル公爵令嬢と、サミュエル第二王子殿下との婚姻日程との兼ね合いもございます。王家の祝典より先に我が家の挙式を強行することは、王室への不敬にあたり、社交界での我が家の体面にも関わります。……それに何より」


 リアムはそこで言葉を切り、紫の瞳にすっと冷たい光を宿した。


「女官として自身の力を試したいというのは、クラリッサ本人の強い希望です。彼女の意志を無視して強引に連れ戻すような真似をすれば、母上たちは彼女に一生嫌われることになる。……それでも構いませんか?」


「「……」」


「よって、挙式は予定通り一年後。これが最善であり、絶対の決定事項です」


「うぐっ……理詰めで返さないでちょうだい。誰に似たのかしら、もう!」


「ハミルトン侯爵夫人、ここは一度引き上げましょう……今のリアム様に何を言っても無駄ですわ……」


 すごすごと部屋を去っていく母親たち。それを見送ったチャールズは、呆れたように息を吐いた。



「お前……あそこまで冷静に母親たちを撃退できるなら、少しはクラリッサとも会話をしろよ」


「……クラリッサ? してるさ」


 大真面目に答えるリアムに、チャールズは「もう勝手にしろ」と匙を投げたのだった。


 ◇


 王宮の女官宿舎の自室で、クラリッサは従姉妹のイザベルから届いたばかりの手紙を手に、ベッドの上でゴロゴロと悶絶していた。


『親愛なるクラリッサへ。昨日、ハミルトン侯爵夫人とメラニア叔母様が、『今すぐ孫を!』『今すぐ結婚式を!』とパレス家のサロンで大騒ぎしたそうよ。職人を不眠不休で働かせてウェディングドレスを作らせようとしていたみたいだけど、リアム様がお二人の要求を突っぱねたらしいわ。ひとまずは安心ね。クラリッサも相変わらず大変ね。この情報源は、その場で一部始終を見ていたチャールズ兄様だから正確よ』


(なっ……! 何やってるのよあの母親たちはーーーッ! 孫!? 結婚式!? 早まりすぎでしょ! 恐ろしすぎるわ!)


 手紙をビリビリに破りながら、クラリッサは枕に顔をうずめて、声を殺して叫んだ。『お母様のバカーーーッ!』と。



 リアム様が、両家の母親二人の希望を叩き潰してくれたことには、素直に感謝したい。もしあの二人の思い通りになっていたら、今週末には強制的に退職させられて、純白のウェディングドレスを着せられ、ハミルトン家に引きずられていくところだった。


 だが、安堵したはずなのに、母親たちの『クラリッサの退職と即時結婚を望む声』に、彼女のみぞおちはキュ〜〜ッと激しい痛みを訴え始めた。


(ひ、胃が……! 胃が痛い……っ! 一年後どころか、いつ外堀を埋められて強引に挙式させられてもおかしくない恐怖……! きっと、お母様たちの執念、絶対に衰えてないわ!)


 クラリッサは震える手でベッド脇のナイトテーブルから硝子瓶を取り出し、白い錠剤を二粒、水なしで喉の奥へと放り込んだ。


(絶対に……絶対にこの王宮から出るものですか……! ここは私の唯一の避難所なのよ! リアム様からの過剰なフェロモンの直撃と、お母様たちの暴走から胃を守るために、私はまずは一年間、何が何でもここで働き抜いてみせるわ……っ!)


 胃薬の苦みを噛み締めながら、クラリッサは涙目になりながら固く心に誓うのだった。


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