第15話 母たちの暴走を二人で撃退
晴れて相思相愛となり、周囲の心ない雑音もリアム様の牽制によって蹴散らされた。
だが、私とリアム様の前に、最大にして最強の壁が立ちはだかった。
お母様――メラニアと、ハミルトン侯爵夫人カサンドラ様は、目の前に広げた結婚式の計画書を囲みながら、恐ろしいほどの熱量で盛り上がっていた。
もはや『結婚式の相談』というよりも、我が子二人を主役にした一大国家行事の企画会議である。
「そうそう! 何よりクラリッサを一番美しく見せなくてはね!」
お母様が胸を張った。
「うちのクラリッサは、とっても美人なのよ。だって、わたくしとオリバーの子ですもの。それなのにあの子ったら、自分の見た目に無頓着で困るわ。もっと華やかなドレスを着ればいいのに、この子ったら『動きやすいほうがいい』ですって。まったく、誰に似たのかしら!」
「まあ、それはクラリッサちゃんらしいわね」
カサンドラ様は私を見て、嬉しそうに頷いた。
「ええ、ええ。でも、それもクラリッサちゃんの魅力よ。飾らなくても可愛らしくて、控えめで、あんなに素直なんですもの」
「まあ! カサンドラ様、分かってくださるのね!」
「もちろんよ!」
二人は固く手を握り合った。
そして次の瞬間には、話題は当然のようにリアム様へと移っていく。
「それにしても、うちのリアムなんて、あの見た目でしょ?」
「ええ……あの見た目ね」
「何もしなくても整っているから、昔から何を着せても似合ってしまって。母親としては、もっと色々と着飾らせたいのに、本人は『任務に支障がなければ何でもいい』ですって。何もさせてくれなくて、本当につまらないのよ!」
「分かるわぁ!」
メラニアも大きく頷いた。
「うちのクラリッサも、少しでもお化粧をさせようとすると『必要ありません』なんて言うのよ。せっかくの結婚式なのだから、普段とは違う姿を見せてもらわなくては!」
「そうよ! せっかくの晴れ舞台なんですもの!」
二人の目が、キラリと輝いた。
「……そうだわ!」
突然、メラニアが立ち上がった。
「どうしたの、メラニア様?」
「いっそ、二人の恋を象徴するあの恋愛小説――『銀の騎士と月光の姫』の舞台衣装を参考にして、お式を進めたらどうかしら?」
「まあ……!」
カサンドラ様の顔がぱっと輝く。
「素敵ね!」
「でしょう!?」
「銀の騎士と月光の姫ですもの。リアムには銀色の礼装を着せて、クラリッサちゃんには月光を思わせる純白のドレスを……!」
「そうよ! そして二人が大聖堂の大階段を降りてくるところで、月光を模した照明を――」
「まあ、なんて幻想的なの!」
「さらに馬車の周囲には白い羽根を舞わせて――」
「まあ!」
「そして披露宴では物語を再現した演奏を――」
「素晴らしいわ!」
完全に意気投合した二人は、計画書に次々と書き込みを始める。
「そうだわ! 招待客には『銀の騎士と月光の姫』の特別版を配りましょう!」
「いいわね! 表紙は二人の肖像画にしましょう!」
「それなら挿絵も新しく描き直させましょう。クラリッサちゃんの髪色に合わせて――」
「待って、それならリアム様の騎士服も完全再現いたしましょう!」
「まあ! では、式の途中でリアムに剣を抜かせる演出も――」
「素敵!」
「さらに大聖堂から迎賓館までの道を花で埋め尽くして――」
「まあ、夢のようだわ!」
机の上に並んでいた計画書が、みるみるうちに増えていく。
一枚。五枚。十枚……。気がつけば、最初は数枚だったはずの結婚式の計画書が、山のように積み上がっていた。
「これなら間違いなく、令嬢たちの憧れの結婚式になるわね!」
「ええ! そして何より――」
二人の母親は、同時に顔を見合わせた。
「「我が子が一番美しく輝く!!」」
がっちりと手を握り合う。
その目には、すでに一片の迷いもなかった。
――新郎新婦本人たちの意見など、完全に置き去りである。
そしてサロンの片隅には、いつの間にか『結婚式の計画書・第三十七案』と書かれた新しい紙が置かれていた。
娘と息子の晴れ舞台に夢中になった母親二人の暴走は、まだ始まったばかりだった。
(に……二十メートルのベール!? 三日三晩の宴!? そんなのお金と時間の無駄遣いだし、何より私の胃と体力が数時間で消滅するわーっ!!)
かつての私なら、お母様の暴走圧力に押されて青ざめ、胃を押さえて撃沈していたところだ。幼いあの日のように、お父様に助けを求めて駆け出していたことだろう。
しかし、今の私は一人ではない。
「――お待ちください、母上、メラニア様」
サロンの扉がスッと開いた。
「リアム様……!」
第一騎士団副団長としての威厳をまとったリアム様は、まっすぐ私のもとへ歩み寄り、そのまま私の隣に立った。
どうやら私が一人で母親たちの暴走を止めようとしていることを知り、迎えに来てくれたらしい。
リアム様は私の手を取ると、そのまましっかりと握り締めた。
「僕も話に加わらせていただきます」
「まあ、リアム? どうしたの、あなた。わざわざクラリッサちゃんのところまで来るなんて……ふふっ、そんなに婚約者と一緒にいたいのね」
「……母上、そういう話ではありません」
ハミルトン侯爵夫人は「あらあら」と楽しそうに笑った。その隣では、お母様も「まあ!」と嬉しそうに目を輝かせている。
「母上。メラニア様。その挙式の計画は、すべて却下させていただきます」
リアム様がはっきり言い放った。ハミルトン侯爵夫人が「なんですって!?」と目を見開き声をあげる。
「ハミルトン家とパレス家、両家の誇りをかけた最高のお式にするべきでしょう!?」
「いいえ、お母様方」
今度は私が前に一歩踏み出した。かつてのように萎縮するのではなく、リアム様の隣で胸を張って、まっすぐに母親二人を見つめる。
「結婚式は、見せ物ではありません。何より大切なのは、私とリアム様が静かに誓いを交わし、お世話になった大切な方々に感謝を伝えることです。二十メートルのベールも、三日三晩の宴も、私たちの望む式ではありませんわ」
「ク、クラリッサ……!? あなた、あんなに控えめだったのに……!」
「僕はクラリッサの希望を第一に考えます」
リアム様が私の肩を抱き寄せ、異論を許さぬ冷たい笑みを浮かべた。
「必要以上に豪華な式より、クラリッサが笑顔でいられる温かくて洗練された式にします。予算、会場、招待客の選定……結婚式と披露宴に関することは、すべて僕たち二人で決めます。これ以上のことは、僕たち二人で決めます。クラリッサが望まないことを、僕が無理にさせるつもりはありません」
「「な……っ!!?」」
かつては、お母様の猛烈なゴリ押しによって結ばれた私たちの婚約も、今では私たち二人が息を合わせて、母親たちをすっかり黙らせていた。
言葉を失った二人の母親は、もはや引き下がるしかなかった。
その時、サロンの扉の向こうから気配がした。
サロンの外では、父・オリバーが開いた扉越しに、聞こえてくる会話に静かに耳を傾けていた。
娘と、その隣に立つ男の声を聞きながら、満足そうに美しい顔をほころばせる。
(……やれやれ。あんなに気弱で胃薬ばかり飲んでいた娘が、あの魅惑の副団長と肩を並べている。成長したね、クラリッサ)
そんな父の感慨など知る由もなく、サロンでは二人の会話が続いていた。
「クラリッサ、大丈夫だったかい? 胃は痛まないか?」
「ふふ、大丈夫ですわリアム様。……二人なら、何があっても平気です」
顔を見合わせて微笑み合う私たち。
かつての『母親の暴走から始まった婚約』は今、二人の絆で最高の未来へと歩き出していた。
「面白かった」と思っていただけましたら、
・ブックマーク
・作品ページ下部の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」欄にて
ポチッとクリックしていただけますと、とても励みになります。




