1 無音令嬢
初投稿です。
気ままに活動します。
【第一楽章】
私の世界からは、いつからか音が消えてしまった。けれどそれは、神様が私にくれた、唯一の優しい罰だったのだと思う
前の人生で、私は音に愛され、そして音に壊された。
指先が完璧な旋律を紡ぐたび、私の心は摩耗し、周囲の期待という名の不協和音に塗り潰されていった。
だから、この新しい世界で『無音の令嬢』として目覚めた時、私は絶望よりも先に、深い安堵に包まれたのだ。
――もう、誰の期待も聞こえない。もう、自分の音に怯えなくていい。
私は、この色彩を失った静寂の中に、永遠に閉じこもっていたかった。
音が聞こえない限り、私は誰とも繋がらず、誰を傷つけることもない。
そう信じて、私は自ら耳を塞ぎ、銀色の繭の中に閉じこもっていた。
けれど――。
***
私、アリア・レゾナンスは異世界転生者だ。
前世はヴァイオリニストの母と指揮者の父という音楽一家に生まれ、幼い頃から音楽に触れてきた。そして、私は音楽一家のなかでも秀でて音楽の才能があった。
なので、昔から「音楽の神童」と呼ばれていた。最初はこの呼び名がとても嬉しかった。
しかし、上手くなればなるほど友達は離れていき、笑顔で近づいてくる大人たちの瞳の奥に、楽譜をなぞる冷たい計算しか見えないようになった。彼らが許したのはいつでも一音の狂いも許されない、完璧な音楽だけだった。
その頃から拍手喝采の中で、私はいつも独りだった。人々が求めたのは私の心ではなく、指先から紡がれる"完成された演奏"だったから。
この世界の魔法とは「音楽」である。魔力を「音」に変換し、紡ぎ、1つの曲にする。そして、それを詠唱として歌い、精霊に捧げる。そうすることで魔法が発動する。
レゾナンス家は多くの魔法使いを世に出してきた歴史ある家だった。私にも過度な期待が掛かっていた。
⋯でも、あの時から私は音が聞こえなくなり、魔法が使えずいつでも無言になってしまった。
人々の楽しげな詠唱が、今の私には届かない。私は、いつしか落ちこぼれの"無音令嬢"と呼ばれ、蔑まれ、馬鹿にされるようになっていた。
***
「うわっ、また"無音令嬢" がいるよ。」
「魔法が使えないんだって。それなら学園に来ないでほしいよね。」
「誇り高きミュゼウム学園になんであんな生徒がいるんだ。」
「レゾナンス家の血もついに枯れたか。」
私が通り過ぎれば、周りは異物をみるような視線をぶつけて、何か言ってくる。でも何を話しているのかは私には分からない。
だけど、ピリピリした魔力を感じられるのできっと悪口だろう。
しばらく歩いていると響きの中庭の回廊に出た。昼休みなのでそこには多くの生徒がいた。
楽しげな笑い声の代わりに、不規則な空気の震えが絶え間なく肌を叩く。それが私には、ひどく騒がしく感じられた。
床から伝わる無数の足音と、空気を震わせる魔力の残響。その暴力的なまでの"熱量"に、私は吐き気を覚えた。
周囲の喧騒は、私にとって肌を刺す冷たい風と同じだった。どれほど華やかに見えても、それは私の静寂を侵すノイズでしかない。
私は静かに息を吐いた。空も、建物も、廊下を行く人々の顔も、すべてが同じ鉛色に溶け合っている。自分だけがその色に染まれず、浮いているような気がしてならなかった。
視界の端から、網膜に焼き付くような、容赦のない黄金の魔力が溢れ出してくる。
クラリス・レゾナンス。私のお姉様だ。
彼女が歩くたびに、地面からは心臓を圧迫するような重低音の震えが伝わり、周囲の生徒たちの「音」を粉々に砕いていく。
私にとって、それはもはや音楽ではない。
自分の正しさを証明するために、周囲のすべてを否定し、跪かせるための「暴力的で完璧なノイズ」だった。
「……あら、今日も一音も鳴らせない"置物"が、図書室へ逃げ込むのかしら?」
唇が動くと同時にクラリスから放たれた、無理やり甲高い音を出したピッコロのような魔力の残響が、私の鼓膜を直接針で刺すような鋭いエコーとなって響く。
物理的な声は聞こえなくても、その魔力の揺らぎには、明確な「嫌悪」と「嘲笑」が乗っていた。唇の動きから紡がれる言葉が、直接呪いのように脳に突き刺さる。
逃げ場の無い箱の中に閉じ込められ、四方八方から金切り声を浴びせられているような感覚に、私は呼吸を乱した。
彼女が取り巻きを連れて通り過ぎ、私の銀髪がその魔力の風にわずかに揺れる。
私は何も言い返さず、ただ静かに一礼して、視線を落としたまま歩を進めた。
ピッコロとは⋯フルートより1オクターブ高い音域を持つ小型の木管楽器
ドラゴンボールのピッコロではないです。




